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26  暗殺未遂事件簿~フランツ回想(2)

03 12 *2010 | 未分類

「フェルディナント。怪我は無いか」
邸に侵入した暴漢を全て取り押さえてから、フェルディナントに問い掛けた。フェルディナントは頷いて、大丈夫です、と応える。
「父上こそ御怪我は」
「掠り傷ひとつ負っておらん。……ああ、漸く警官が来たな」

轟くような爆破音が聞こえたと思ったら、塀が壊されていた。ユリアとリビングルームで寛いでいた時のことで、すぐにユリアを避難させ、部屋に置いてあった二本の剣のうち、一本を取り、窓を開けた。その時、二階に居たフェルディナントが降りて来た。
『父上』
『お前はユリアと共に地下へ避難しろ』
外へ出ようとしたところへ、銃弾が数発降り注ぐ。身を伏せて、鞘から剣を抜いたその時、フェルディナントが外へ飛び出してきた。
『フェルディナント!』
『前方の7人を倒します。残り4人をお願いします』
言うが早いか、フェルディナントは剣を抜いて、男達に飛びかかる。拳銃を薙ぎ払い、弾丸を巧みに避けながら一人一人を倒していく。

見事な戦いぶりだった。
フェルディナントに襲いかかろうとする一人を斬りつけ、残り三人を相手に立ち回っている間に、フェルディナントは7人を完全に制圧する。

惜しいものだった。これだけの腕を持つ者はそうそうに居ない。身体さえ丈夫ならば――いつも思うその言葉を、また今日も思わずにいられない。

「くそ……っ。出掛けたのは兄の方だったのか」
警官に捕縛されていた一人が此方を睨み付けて言った。どういうことかと判じかねたが、どうやらフェルディナントとハインリヒを間違えているらしい。それを聞きつけた警官が無礼な、と男をきつく締め上げる。
「ロイに連絡をいれます。もしかしたらロイの方にも……」
フェルディナントはポケットから携帯電話を取り出し、ハインリヒに連絡をいれた。しかし連絡がつかないようだった。フェルディナントは心配そうな顔をして、外を見回ってくる旨を告げる。その時、警官の一人がやって来て、私とフェルディナントの前で敬礼した。
「元帥閣下、そして大佐。到着が遅れまして申し訳御座いません」
大佐?それはハインリヒへの敬称ではないか。

ああ、そうか――。
暴漢達を取り押さえたから、警官達もフェルディナントが軍に所属するハインリヒだと間違えているのか。

「軍に所属しているのは弟の方だ。弟は今、留守にしている」
「で……では、兄君……の方でらっしゃいますか?」
警官は意味が解らぬといった風で、フェルディナントを見つめた。私はフェルディナント・ルディ・ロートリンゲンだ、とフェルディナントは彼に向かって言った。
「フェルディナントは外交官だ。軍とは関係無い」
「そ、そうでありましたか。失礼致しました」
私が言い添えると、警官は再度敬礼して非礼を詫びる。フェルディナントが状況を説明し終えた時、フェルディナントの携帯電話が鳴った。ハインリヒからか。
「ロイ。無事か」
フェルディナントは電話をしながらほっとしたような表情を浮かべた。すぐに電話を切って、私に向き直る。
「邸を出てからずっと後をつけられていたそうです。襲われたようですが、捕縛したと」
「そうか。無事なら良い」

10分と経たず、ハインリヒが邸に戻ってくる。ハインリヒは5人の男に襲われたのだと言った。
「やれやれ……。何年かに一度はこういうことがあるな」
先に部屋に入っているぞ――二人にそう告げて、剣を鞘に収めて部屋へと向かう。リビングルームではユリアが待っていた。
「もう若くは無いからあれだけ動くと身体に堪える」
苦笑して告げると、ユリアは笑みを浮かべて言った。
「ルディの勇姿は若い頃の貴方にそっくりです」
「……まさか避難せずに見ていたのか?」
「はい。ずっと此方に」
「こういう事態には避難するよう常に言っているではないか」
ユリアはすみません、と肩を少し持ち上げた。
「ルディが外に飛び出していったので気になって……。でも私が心配する必要も無かったようですね」
「惜しいが、仕方が無い。……いや、私は諦めがついていないのだろうな。フェルディナントを見ると惜しい惜しいと思ってしまう」

フェルディナントとハインリヒはまだ外で何やら話していた。この二人が揃えば、この家を守ることぐらい容易いようにも思える。それほど心強い。

私も年を取る筈だ。あの二人があんなにも成長していたのだから――。

ソファに腰を下ろすと、ユリアも隣に腰を下ろした。ユリアは眩しげな眼差しで、外で話をする二人の姿を見つめていた。

20:19

25  暗殺未遂事件簿~フランツ回想(1)

03 11 *2010 | 未分類

終わった――。
敷地内に入り込んだ賊が全員倒れたのを見届けて、窓辺に腰を下ろす。窓枠に背を預けていなければ、身体を起こし続けていられない。

銃弾を三発浴びた。失態だ。動くのが遅かった。思い返してみれば、反省点が多い――。

「フリッツ、すぐに医師を!それから何か布を!」
パトリックがフリッツに呼び掛けながら、ソファにかけてあった薄掛を引っ張ってきて肩の傷口に押し当てる。傷口を押さえられると苦しくて、顔を歪めた。
「すぐに医師が参ります。どうか横になって下さい」
パトリックに支えられながら、ゆっくりと身体を倒す。ほんの少し動いただけなのに、肩と足が痛みを発した。
「……パトリック。軍本部に連絡を取って伝えてくれ。あれは……、国家転覆を企てた過激派の一派だ」
声を発するたび、脈打つような痛みを感じる。だが痛みを感じるということは、生きているという証拠だ。
「フランツ……!」
ユリアの声が聞こえた。顔を動かしたいが、動かせない。目線だけ動かすと、駆け寄るユリアの姿が見えた。
「……私は大丈夫だ。心配するな」
フリッツがいつのまにか私の側にやって来て、パトリックの代わりにタオルで傷口を押さえる。一方、パトリックは弾の通過した足の傷を強く押さえていた。
「怪我は無いな……。良かった……」
ユリアは頭の傷にタオルを押し当ててから、フリッツと共に肩の傷口を押さえた。ハインリヒもフェルディナントも無事です――とユリアは泣きそうな声で言った。
「何故……、何故、避難しなかったのですか……!貴方だって逃げられた筈です……!」
「家のなかに逃げたら追って来る……。家の中まで侵入されたら、どんな手段を使われるか解らん……っ」
ずくんずくんと傷が痛んで歯を食い縛って耐える。少し痛みが治まってから、ゆっくりと息を吸い込むと、何かに咽せて咳き込んだ。生温かいものが喉元にこみ上げてきて、堪らずそれを吐き出す。
「フランツ……!」
ユリアが動揺した声をあげる。血だった。血を吐いたということは、肺を傷付けているのだろう。
「ユリア、大丈夫だ」
「そのような状態で何が大丈夫ですか!」
「これだけ意識もある。お前の美しい顔もはっきり見えるからな」
そう応えると、ユリアは怒った顔でそんなことを言っている場合ではないでしょう、と怒鳴った。普段は穏やかなユリアが、こんなに怒ることも珍しい。本当に大丈夫だ――と笑って応えていたところ、医師がやって来た。

一発の銃弾は、手榴弾の爆発によって傷付けられた右肩に入り込んでいた。それが肺を傷付けているようだと医師は言った。頭の傷は出血が多いが掠り傷のようなもので、銃弾が掠めて通っていっただけだった。右足は弾丸が貫通し、右肩と同様、夥しい血を流していた。

その場で止血の応急処置を受け、病院へ直行した。その間、ユリアは怒り出しそうな、泣き出すような表情で、確りと私の手を握っていた。大丈夫だ――と私は何度ユリアに告げただろう。弾丸を取り出す手術を受け、当分の間は絶対安静を告げられたが、出血多量だ重傷だと周囲が騒ぐ割には、私は平然としていた。

「閣下のご指摘通りでした。あの後すぐに彼等のアジトに突入したら、宮殿への爆破計画を示唆するメモが見つかりまして……」
手術を受けた当日だけ入院し、翌日には邸に戻ってきて、身体を休めていた。見舞いに来た少将の報告によれば、この家を襲った一団は明日、宮殿も襲うつもりだったらしい。派を同じくする他の一団がいるかもしれないと思い、すぐに軍本部に連絡を取ったのは幸いだった。首謀者は捕らえられ、別の実行部隊も全て逮捕されるに至った。
「そうか……。大事に至らず幸いだった」
「陛下も長官もご心配なさってらっしゃいました。……私もまさか閣下が大怪我を負われたとは思わず……」
「何、来週には復職する。また改めて報告に伺うつもりだが、陛下と長官にはご心配をおかけしましたと伝えてくれ」
「伝言は確りと承ります。ですが、どうかごゆっくり休んで下さい。此方の御屋敷にも暫く軍を配備して警備させますので」
「……そうだな。済まないが、警備は頼む。まあそう立て続けに襲ってくることはあるまいが……。万一の事態が生じても、この身体では満足に動けない」
まだベッドから動けない状態だった。不便でならないが、少しでも早く傷を塞がなければならないから、医師の指示通り、暫くは安静に努めることにした。
「手榴弾については何か報告はあがったか?何処から仕入れたものか解ったか?」
「まだ断定は出来ませんが、手製ではないかとの推測が立っております。……その場に御子様もいらっしゃったと伺いました。ショックを受けられたことでしょう」

少将は気遣わしげに言った。私はそれを一笑に付した。
「立ち直れないほどのショックを受けたとしたら、私が性根を叩き直すまでだ。このロートリンゲン家に生まれた以上、危険と隣り合わせとなることはいつも言い聞かせている」
「閣下……」
「ショックどころか、二人ともけろりとしている。今頃二階で遊んでいるのではないか」


ロートリンゲン家に生まれるとはそういうことだと、私自身、父から言い聞かされ育ってきた。自分の身は自分で守れ――という家訓のもと、幼い頃から武術を教え込まれ、鍛えられた。私自身、護衛が居ても、誘拐されかけたこともある。

人より恵まれている分、仕方が無い。自分の運命のようなものだ――私はそう考えていた。フェルディナントやハインリヒも、この家に生を受けた以上、そうした意識を持ってもらわなくては困る。

「フランツ。傷の具合はどう?」
少将が帰って暫くするとユリアがやって来た。ベッド脇に歩み寄って、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だ。立ち上がろうと思えば、今でも立ち上がれる」
「馬鹿なことを言わないで下さいな。あのときもどれだけ心配したか……」
「お前達を危険に晒す訳にはいかなかったのでな。フェルディナントとハインリヒは?」
「二階で暢気に遊んでいます。ロイは外に出ようとするものだから、止めたところよ」

立派にロートリンゲンの血を引いているではないか――。
そう考えると面白くて笑ってしまった。しかし、笑うと右肩の傷が痛む。

「親子揃って困ったものです」
私の身体を横にさせながら、ユリアは憤慨していた。
しかし、将来ロートリンゲンを担う立場であることを考えれば、それぐらいの元気があって良いのだろうと私は思う。

21:43

24  暗殺未遂事件簿~ロイ回想(3)

03 10 *2010 | 未分類

「父上!ルディ!」
急いで邸に戻ると、警官達があちらこちらに立っていた。裏庭に父とルディの姿が見えて、すぐにその場に駆け寄った。
「ハインリヒ。怪我は無いか」
ルディが俺の状況を説明してくれたのだろう。父は俺を見て尋ねた。
「大丈夫。この邸を出てすぐ5人に後をつけられたけど、全員の身柄を確保したから……」
「同じ仲間なのだろうな。警報機が作動した直後に塀を破壊され、11人が一斉に侵入してきた。大した武器を持っていなかったのが幸いだったが……」
ルディが事件の概要を教えてくれた。父は困ったものだと呟いてから、壊された塀を凝と見つめていた。

父の手には剣が握られていた。ルディも剣を持っていたから、二人で戦ったのだろう。

その後、警官も去り、邸の中は落ち着きを取り戻した。父は部屋に戻っていったが、父やルディがどんな風に応戦したのか興味が沸いて、俺はその場でルディから詳細を語ってもらうことにした。
警報機が鳴り、剣を持ってすぐに外に飛び出したのは父だったらしい。ルディも後を追って外に出て、11人のうち7人を倒したとのことだった。

「1人で7人か。軍人の立つ瀬が無いな」
「お前なら11人全員倒しただろう。私は頑張っても7人だ。……こういう実戦ではじめて父の戦う姿を目の当たりにしたが、剣の一振り一振りが強くて、確実に敵を仕留めていた。あの勇姿を見ると、まだまだ父上は現役だと思うぞ」
ルディは父の勇猛をそう讃えた。
俺も父の勇姿を一目見たかったものだった。子供の頃は避難させられるばかりで、そうした父の姿を一度も見たことが無い。

「……なあ、ルディ。俺が子供の頃も似たようなことがあっただろう」
「ああ。父上が大怪我をした時のことか」
「こうして俺達も大人になって振り返ってみると、父上は本当に強かったんだなと思ってな。今回はルディと二人だったが、あの時は一人で応戦しただろう」
「そうだな。だからこそ、特務派の司令官を務められたのだろう」

陸軍特務派は相当の技量が無ければ務まらないと聞いている。
俺自身も特務派に所属しているが、海軍だから事情が少し異なる。
特殊部隊を傘下におく特務派の司令官は文武共に秀でた人物が任命され、特務派の司令官を経験した者は陸軍長官となるのが慣例だった。

しかし父は最後まで陸軍長官とはならなかった。それが何故なのか、俺もルディも知らない。
父は特務派司令官を7年勤めた後、参謀本部の参謀次長となった。特務派司令官を勤めた後は陸軍長官というのが慣例であり、これは格下げの人事だった。それは父が特務派の部隊を、長官の許可を得ず勝手に動かしたことに原因がある。
ルディが誘拐された時、父はすぐに直属の部隊を動かした。ルディの身体のことを考えれば、長丁場は避けたかったのだろう。

降格となったとはいえ、2年後には参謀長ととなり、その次こそ陸軍長官となると囁かれていたが、父はその後退官するまでの16年間、参謀本部参謀長の職に留まっていた。
陸軍長官の座に一番近いと言われていた父が、何故か、その座に就くことはなかった。


「フェルディナント様、ハインリヒ様。旦那様がお呼びですよ」
二階のルディの部屋で語り合っていたところ、ミクラス夫人が、父が呼んでいることを伝えに来る。階下に降りて、父の待つリビングルームへと行くと、其処では父が涼しげな顔で、母と共にカタログのようなものを見ていた。
「二人とも来たか。塀が壊されたから、この際、全部の塀を壊して作り直そうかと思ってな」

過激派に塀を壊され侵入されたにも関わらず、父はまったく気にしていない様子で母に話しかけながらデザインを選んでいた。先程、壁を見つめていたのも作り替えを考えていたからかもしれない。
剛胆な人というのだろうか。しかしロートリンゲン家の当主となるなら、これぐらいの度量は必要なのか。

「お前達の意見を聞きたいが、どんなデザインが良い? フェルディナント、ハインリヒ」
ルディと共に父と母の向かい側に腰を下ろして、俺は窓から見える壊れた塀を暫し眺めていた。

22:13