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2  成績事情(2)

02 14 *2010 | 未分類

午後2時半になって、母は学校へと出掛けていった。心臓がばくばくと大きく鳴っていた。
落第したらどうしよう――。落第どころか、学校側からもう学校に来なくて良いと言われたらどうしよう――。あまりにも欠席日数が多いから、それも充分に考えられる。
午後3時に母が担当教員と面談をする。その場で成績が渡されて、注意や進路について話がある。大学に進学したくとも、落第したら一巻の終わりとなる。
どうしよう、本当にどうしよう――。

「失礼します。フェルディナント様、ハーブティーをお持ちしました」
ミクラス夫人が私の前にカップを置く。良い香りが漂っていたが、それを楽しむだけの余裕が無かった。
「少し落ち着いて下さいませ。むしろ、奥様が良い知らせを持ってらっしゃるかもしれませんよ」
「良い知らせ……?」
「学年主席とか。フェルディナント様のテストの点数は素晴らしい点ばかりでしたもの」
「そんなことは絶対にない。体育と化学は満点を取れなかったし、私より良い点数を取った人も多い筈だし……」
「テストを返される時に、平均点の通知は無かったのですか?」
「試験の点数について先生方は何も仰らない。きっと皆満点で、私だけが間違えて……」
「そんな筈はありませんよ、絶対に。満点なんてそうそう取れるものではありません」
「それは無いよ、ミクラス夫人。テストは簡単な問題だったんだ。私の間違えた問題も全て初歩的なミスで……。自分が情けなくて……」
こうして考えれば考えるほど、落第するのではないかと不安になる。母は大丈夫だと言っていたが、私はきっと落第者の2割に入っている。
ちらりと時計を見ると、午後3時を10分過ぎていた。もう母は成績を見て、担当教員と話をしているところだろう。
「私は奥様が良い報せを持ち帰られると思います」
「……今頃きっと、母上も呆れてるよ……」
「あと30分もすれば奥様が帰ってらっしゃいます。それまでは待ちましょう」


それから一時間が経過した。
 30分程でお戻りになるでしょうとミクラス夫人は言っていたが、一時間が経ってもまだ帰って来なかった。もしかして、学校に求められて、もう退学手続きをしているのだろうか。
私はやはり落第点を取ったのだろうか――。


「フェルディナント様。奥様のお帰りですよ」
ミクラス夫人が階段の下から声をかけてくる。今となったら、部屋を出るのが怖かった。でも結果を聞いておかなければ――。
部屋を出ると、階下から母がフェルディナント、と名を呼んだ。お帰りなさい――そう告げる私の声は震えていた。
それを見て、母は微笑んで言った。
「安心なさい。充分に点数はあったわよ」
「……本当に!?」
「ええ。落第どころか、学年首席ですって」
「……え……?」
「欠席については多少考慮して下さったみたいよ。でも何よりも筆記試験が抜群だったんですって。学年平均点を遙かに上回っているし、次席の生徒さんと20点も差があったらしいわ。欠席が多かったのにこんなに点数が良いということで、先生が驚いてらしたわよ」
「首席……。本当に……?本当に私が……?」
「21科目あって、2科目以外全て満点なんて、学校はじまって以来ですって。このまま頑張れば帝国大学への進学も難しくないって仰ってたわ」
安心した――。
良かった。落第にならずに済んで良かった――。
「ルディ!?」
安心したらふっと力が抜けて、その場にへたり込んだ。腰が抜けてしまった。ミクラス夫人が抱き起こそうとしたところ、フリッツが慌てて駆け寄って来て、身体を支えてくれた。
「安心して少し休みなさいな」
眠れないほど気になっていたんでしょう、と母は優しく言った。母の指摘通り、昨晩も一昨日の晩も殆ど眠れなかった。落第を免れて、安心するとどっと疲れが押し寄せてきた。
最高評価のついた成績表を見てから、部屋に戻って一眠りした。このまま頑張れば帝国大学に進学できる――安堵と共に嬉しかった。

10:00

1  成績事情(1)

02 13 *2010 | 未分類

朝から落ち着かない。
高校に入学して初めての成績表が、今日、開示される。
今日は学校の慣例に従い休日となったが、落ち着かなかった。両親のどちらかが担当教員と面談のうえ、成績表を受け取ることになっている。母が午後3時に学校に赴く。まだ午前9時で、父が出勤したばかりだった。

落第したらどうしよう――。
不安ばかりが付きまとう。テストの評価は悪くないが、休みすぎた。欠席日数が三分の一以上ある。先日の試験も体調を崩して受けられなかった科目がある。その後の追試で満点を取ったが、それはどのくらいの評価になるのだろう。本試験よりは評価が劣る筈だ。それに体育の授業に至っては、半分以上も休んでいる。

私の通う学校は、成績評価がかなり厳しい学校だと聞いている。毎年2割は落第するとも聞いている。高校に行きたいと父に頼んだら、父がこの高校を勧めてくれたが、私にはレベルが高すぎたのではないか――。
如何に試験の結果が良くとも、出席が足りなければどうしようもない。欠席することも考えて、高校を選べば良かった――。

落第したらどうなるのだろう。
父はそれみたことかと呆れるに決まっている。私には学校生活は無理だったのだと。ロイが学校のテストで悪い点を採った時も随分叱られていた。私の場合、叱られるだけで済むのだろうか。学校を辞めろと言われるのではないか――。


「フェルディナント様。顔色が悪いようですが、具合でも……?」
いつのまにか側に居たミクラス夫人が、私の額に手を遣りながら問い掛けた。熱は無いようですね――と言って、私を見つめる。
「どうしよう。落第するかもしれない」
「は?」
「学校の成績表を今日渡されるんだけど、2割は落第するって聞いてる。……私も自信が無い」
ミクラス夫人は噴き出すようにして笑った。どうして笑うのだろう――、ミクラス夫人を見つめると、夫人は笑いを収めて言った。
「フェルディナント様のテストの点で落第していたら、全員落第してしまいますよ」
「でも出席日数が少なくて……」
「お身体のこともありますし、その点は学校側も御考慮いただけるでしょう。そのようにお顔を真っ青にして悩まれることではありませんよ」
「……でもどの授業も出席が足りないんだ。体育に至っては半分以上も欠席してる……。落第したら父上に学校を辞めろと言われるのかな……」
「まさか!大丈夫ですよ、フェルディナント様」
「せめて体育の筆記試験では満点を取ろうと思っていたのに、2問も間違えたし……。体育は実技と筆記が半々に配点されてるんだ。計算してみたんだけど筆記の96点を半分にすると48点で、実技は多く見積もっても20点しかなくて……。70点以下は落第なのに、どうしても点数が足りないんだ……」
「大丈夫ですって。さあさあ、少し気晴らしにお庭でも散歩してらして下さい。考え込むのはお身体に良くないですよ」
ミクラス夫人は頻りに大丈夫だと私に言う。どうして大丈夫だと解るのかと問うと、筆記試験の点数があれだけ良いのですからと言う。筆記試験だけで評価が決まる訳ではないのに――。

半ばミクラス夫人に追い出される形で部屋から外に出る。何処に居ても、成績のことを考えてしまう。庭をうろうろ歩きながら、筆記試験の点数を思い出し、出席点とあわせて計算してみた。そうするとどう考えても、点数が足りない。


「具合でも悪いの?フェルディナント」
正午になり、ダイニングルームで母と共に昼食を摂ろうとしたとき、母は私の顔を見て心配そうに言った。首を横に振ると、ミクラス夫人が落第を案じてらっしゃるみたいですよ――と横から口を差し挟む。
「落第?」
「ええ、フェルディナント様に限って落第することはありませんと言っているのに、出席が足りないことを気にしてらっしゃるようで」
母はああ、と思い当たった様子で頷いた。そして苦笑して、大丈夫よ、とミクラス夫人と同じようなことを言う。
「筆記試験は全て9割以上の点数を取っていたでしょう。欠席が多いから、多少点数は引かれるでしょうけれど、それが7割以下に落ちることはないわよ」
「……本当に?」
「ええ。安心なさい」
「でも……、点数が悪くて父上から学校を辞めろと言われないかな……」
「貴方が学校を辞めたいと、途中で投げ出したら怒るでしょうけど、お父様から辞めろと言われることは無いから大丈夫よ」
「本当に……?」
母は頷き応える。
だがそうは言われても――、やはり気になってしまう。同じクラスの皆は、私ほど欠席していない。それを考えると、やはり2割の落第者に入るのは私ではないかと不安になる。
結局、昼食も喉を通らず、殆どを残してしまった。

16:02