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53  恋人発覚(3)

04 30 *2010 | 未分類

週末、久々にユリアと二人きりで出掛けた。博物館を見終わった後は、予約をいれておいた眺望の良いレストランで食事を楽しんだ。
「大掛かりな展示だったわね」
「ああ。見応えがあった」
最近になって、ユリアと二人きりで出掛ける機会が増えた。子供達も大きくなり、フェルディナントの身体の心配もなくなってきたから、二人きりで楽しむ余裕が出来てきた。

食後の珈琲を飲みながら、不意に窓の外に眼を遣る。若い男女が歩いていた。フェルディナントよりも少し若いぐらいの年齢だろうか。
ユリアはフェルディナントの恋人のことを知っているのだろうか――?

「ユリア」
「何か?」
「フェルディナントに……恋人が居るようだが、知っていたか?」
ユリアは驚きもせず笑みを浮かべて、ええ、と頷いた。
「知っていたのか!?」
「ルディから聞いています。……といっても、私が聞き出したのですが」
「その相手の女性というのは、金色の癖のある髪の……」
「容姿のことは知りませんが、ティアナという名のルディと同じゼミの学生さんだそうです」
同じゼミの学生ではないか――というハインリヒの返答は、嘘では無かったということか。尤もハインリヒもその女性が恋人だということは、知っていたのだろうが。
「お前は会ったことはあるのか?」
「いいえ。ルディから話を聞いていただけです。恋人は居ないの、とルディに尋ねた時に、ルディが教えてくれました。今年になって付き合い始めたそうですよ」
ユリアはロイに聞いたのですか――と、逆に尋ねて来た。
「いや……。実は先日、支部からの帰りに偶然、フェルディナントの姿を見かけたのだ。今回の展示会の初日だったから、それを観に行ったのだろうとは思ったが、そのフェルディナントの隣に女性が居て……」
するとユリアは笑って言った。
「それはティアナに間違いないわね。ペアチケットだからティアナと行くと言っていましたもの」
「そうだったのか……。流石に私も驚いたぞ」
「ルディも年頃ですよ。ロイはまだ恋人が居ないようだけど……」
「意外だった。あのフェルディナントに恋人が出来るとは……」
ユリアは笑って、初めての恋人のようですよ――と教えてくれた。
「素敵な女性みたいよ。ルディの話を聞いていると、それがよく伝わってきます」
「……気が早いが、結婚にまで進展しそうなのか?」
「そうねえ……。私もアガタもそうなってくれると良いとよく話しているけど……」
「アガタも知っていたのか?……もしかして知らなかったのは私だけなのか?」

皆が知っていたとなると、一人だけ疎外されたような――そんな気分になる。フェルディナントは私に一線を画しているようだから、そうだとしても仕方が無いかもしれないが――。

「いいえ、フリッツやパトリックも知りませんよ。……折を見て、貴方にはお話しようと思っていましたが、まだ付き合って一年ですし……」
ただルディから話を聞いていると、もしかして、と思うのですよ――とユリアは言った。
「もしかして、とは?」
「ルディと相性が合っているようですし、もしかしたら卒業と同時に……という可能性も無い訳ではないか、と」
「……そうなるとその準備も進めなくてはならないではないか」
真面目に告げると、ユリアは噴き出すように笑い出した。
「フランツ、まだ気が早いわ。ルディがきちんと貴方に、相手の女性を紹介してからでも遅くないでしょう」
「だが、お前も解っているように、旧領主家の結婚となると当人同士の了承だけでは済まないことも多々ある。それにロートリンゲン家はハインリヒに継いでもらうとはいえ、フェルディナントに屋敷のひとつでも建ててやらねばなるまい」
「それはそうだけど……。でもフランツはあの二人の会話の内容を知らないから早とちりしているのよ」
「どういうことだ?」
「相性は良いみたいだけど、恋人達の甘い会話ではなくて、政治や経済の話ばかりなの。アガタなんて、あれが恋人同士の会話ですかって呆れていたわ」

それは――。
フェルディナントらしいというか。そしてフェルディナントの選ぶ女性は、やはりそうしたことに関心のある女性だということか。

「兎に角、結婚に進展しそうな雰囲気になったら先に教えてくれ。ハインリヒに関してもだ」
「解りました。……でもロイはまだまだ……といったところではないかしら? 士官学校は男子学生ばかりみたいだし……」
「……入隊して本部に所属となれば、他省の官吏も居るからな。女性の多い部署もある。軍人は大体、そうして結婚する者が多い」
「二人ともどんな女性を選ぶかしらね」
「当座はフェルディナントだ。……結婚するなら早めにそうなってほしいと思うが……、フェルディナントはどうも仕事を選びそうだ」
私がそう呟くと、ユリアはそうねと言いながらまた笑った。


そして結局、私の予想通り、フェルディナントは仕事を選んでその女性と別れた。公使となった年のことだった。甲斐性が無いというか、フェルディナントらしいというか、何と言うか――。

ハインリヒも一度は恋人が居たようだが、結婚にも至らず別れたようだった。

まあ――。
二人が選んだ女性ならば誰でも構わないが――。
良き伴侶を見つけてほしいものだった。

20:45

52  恋人発覚(2)

04 29 *2010 | 未分類

翌日の夕方、ハインリヒが帰宅した。久々に家族四人で夕食を共にし、その後暫くリビングルームで語り合った。
ハインリヒはあと一年で士官学校を卒業する。そのため、最近では演習訓練がたびたび行われているようだった。顔つきが少し変わったように見えるのも、そうした訓練に鍛えられてのことだろう。
今度の演習は三ヶ月の間、海上で訓練を行うもので、これまで以上に厳しい訓練のひとつだった。

「先に休みます」
午後九時を過ぎた時、フェルディナントはソファから立ち上がった。早いじゃないか――と、ハインリヒが引き止める。少し頭痛がするんだ――とフェルディナントは返した。そういえば、顔色が僅かに蒼いか。
「一杯ぐらい一緒にと思ったのに……」
「ごめん。また今度」
フェルディナントが部屋を去っていくと、ユリアが立ち上がる。フェルディナントのところか、と問うと、ええ、と返事が返って来た。
「今日は午後の授業をひとつ休んで帰って来たの。ロイが帰ってくるまでは寝ていたから、大分良くなったみたいだけど……。少し様子を見てきます」
ユリアが退室して程なくすると、アガタがワインとグラス、それに数種類のつまみを持って来てくれた。

フェルディナントはあまり酒を飲めないが、ハインリヒは私に似たのか、何杯飲んでも顔色一つ変えずけろりとしている。私にはちょうど良い相手だった。
「旦那様、あまりお酒をお過ごしにならないで下さいね」
「最近は控えているぞ、アガタ」
「以前に比べたら、ですよ。もともと沢山お召し上がりになるのですから。ハインリヒ様もあまり沢山召し上がらないように」
「俺も学校では飲めないから、家で飲むぐらい……」
「酒量は弁えて下さいませ。旦那様に似て、何杯でもお飲みになるのですから……。末恐ろしいです」
アガタの言葉に笑うと、ハインリヒは肩を竦めた。アガタは私とハインリヒのグラスにワインを注ぎ、それから部屋を出て行く。ユリアはまだ戻って来ないから、フェルディナントに付き添っているのだろう。
「父上の海上訓練の時はどうだったの?」
ハインリヒは酒を一口飲んでから尋ねて来た。海上指揮訓練から遭難訓練まで一通りの訓練を受けたことを告げると、大変そうだ――とハインリヒは苦々しげに呟いた。
「しかし、海軍部に配属されたら必要なことばかりだ」
「まだどうなるか解らないけどね。所属先の決定は卒業間際って聞いてるし……」
「そうだな。……私も入隊以来ずっと陸軍部だったし、私の父――お前の祖父も陸軍部だった。まあ、あまり関係無いだろうが……」
「帝都に居られる方が良いよ。海軍部だと本部配属となっても各地を飛びまわるって聞いたし……」
「陸軍部も同じだ。どちらもそう大差無い。中将となるまでは本部所属となっても各地を飛びまわることになる」
「……再来年には大佐となって入隊してるんだよね。……何だか実感が湧かないな」
ハインリヒではないが、私も実感が無い。未だ落ち着きのないハインリヒに大佐の任務が務まるのだろうか――。考えると不安になる。
「如何に幼年コース出身者といえども、卒業試験に合格しなければ、大佐からのスタートとはならんぞ」
「解ってる。心配しなくてもきちんと勉強しているよ」
「それならば安心した」

実際、学業に関しては、それほど心配していない。ハインリヒは茫としているように見えても、優秀な成績を修めている。尤も未だにフェルディナントから勉強を教わっているようだが――。
「ルディも来年なんだよね。ルディの場合は軽々と合格してしまいそうだけど」
「さあどうなることか……。外交官試験は難関中の難関だからな」

こう言いつつも、フェルディナントのこともそう心配はしていない。ハインリヒではないが、難無く合格するようなそんな気がする。

グラスのなかのワインを開けると、ハインリヒが注いでくれる。こうして親子で語らいながら飲むのも良いものだった。
「ルディの頭の出来は違うよ。子供の頃から頭が良いなとは思ってたけれど、最近は本当にそれを感じるよ。あれだけの知識を溜め込んでおけるなんて、普通の人間では無理だよ」
ハインリヒは指先でチーズを摘み上げる。ハインリヒはフェルディナントと度々連絡を取っている。親から見ても仲の良い兄弟だった。子供の頃には些細な事で喧嘩をすることもあったが、今はそうしたことは一切無い。

「……ハインリヒ。フェルディナントは恋人が居るのか?」
だから何気なく問い掛けた。ハインリヒは驚いた様子で眼を見開いた。食べたチーズを流し込むようにワインを飲む。
「何で……?ルディが言っていたの?」
これは知っているな――とすぐに解った。ハインリヒは隠そうとしているのだろうが。
「先日、街を歩いているのを見かけてな。少し癖のある金色の髪をした女性と楽しそうに語らっているのを見かけたから……」
ハインリヒの眼が泳ぐ。これはおそらく間違いない。彼女はフェルディナントの恋人なのだろう。
だからといってどうする訳でもないが――。
「ゼミの友人じゃないのかな」
「そうか」
必死に誤魔化そうとするハインリヒに内心で苦笑しながら、それ以上尋ねるのを止めた。しかし私もそれを知ってどうするのだか――。

13:57

51  恋人発覚(1)

04 27 *2010 | 未分類

「平日だというのに、今日は結構混み合っていますね」
今日は午後から支部で会議があり、四時になって漸く終了し、帝都に戻るところだった。車を運転中の少将が街を見遣りながら声を掛けてきた。
確かに人通りが多い。南の方から歩いてくる人々が多いような気がする。
「……ああ、そうか。今日は帝国博物館で催事があると……」
招待状が届いていた。ブリテン王国が所有している宝物が今日から公開されていて、初日の今日は大広場で催事を行うと書かれてあった。平日だから行くことが出来ず、フェルディナントに招待状を渡したのだった。
フェルディナントは見に行ったのだろうか。どうだったか、感想を聞いてみるとするか――。
「閣下も御覧になられるのですか?」
「この週末にな。流石に平日は動けない」
「週末も人が多いでしょうね。こうして見ると、比較的若者が多いように思えます」
「帝国大学が近いからな。学生達が揃って観に行っているのだろう」
成程、と少将は頷いて信号機の表示に従い車を停止させる。
何気なく通りを見ていると、フェルディナントの後ろ姿が見えた。見間違いかと一瞬思ったが、そうではない。あの背格好はフェルディナントだ。展覧会を観に行った帰りなのだろうか。それにしては帰宅までの道程とは逆方向だが……。

人並みに紛れて見えづらいが、誰かと語り合っているような。それも楽しそうに。
友人だろうか。珍しい。
――否。
フェルディナントの隣に、フェルディナントと顔を見合わせて笑っているのは女性ではないか。
もしかして――。
もしかして、恋人なのか。あのフェルディナントが。

「閣下。どうかなさいましたか?」
「あ、いや……。何でも無い」
フェルディナントに恋人が居る?
そんな話は聞いたこともない。居るようにも見えなかった。
考えてみれば最近、休日になると出掛ける回数が増えた。
恋人が出来ていたのか――。

「お帰りなさいませ」
帰宅するとユリアはいつも通り、私を出迎えてくれる。フェルディナントは――と尋ねると、もう帰宅していますよ、と微笑みながら言った。
「ロイから連絡があって、明日、此方に戻るとのことでした」
「……もう休暇だったか……?」
「演習前の休暇と言っていましたよ。一週間家で過ごした後は、三ヶ月間海上で訓練を行うと言っていましたから……」
「ああ、そうか。そういえば、次は演習だと言っていたな」
ダイニングルームではフェルディナントが待ち受けていた。お帰りなさい――フェルディナントは私を見てそう言った。返事を返し、席に着くと食事が運ばれてくる。
「父上、今日は帝国博物館に行って来ました。ブリテン王国の名品展、ここ数年に無いぐらい展示品が多くて、来館者も入場口で列を為す程で……」
フェルディナントは楽しそうに展示の様子を報告する。悪びれた様子も無いというか、いつもと変わらないというか――。

フェルディナントももう21歳だ。恋人の一人ぐらい居ても不思議ではない。おまけにユリアに似ているのだから、女性からももてはやされているだろうし――。

しかし何だろう。この複雑な気持ちは。

「父上……?」
「あ、いや。私達も週末に行って来る。そのような名品揃いなら楽しみだ」
子供に恋人が出来るとこういう気持になるものだろうか。容認する気持と不安な気持、それらが合わさったような。

フェルディナントに恋人が居る――。
このことをユリアは知っているのだろうか。
「どうかしました?」
寝室で茫と考えていると、ユリアが声を掛けてくる。
「ユリア……」
ユリアに尋ねてもし知らなかったとしたら、ユリアは驚いてしまうのではないか。否、子供のことだ。あまり親が干渉することでも無い――。
「フランツ?」
「いや……。何でも無い」
「今日はお帰りになってからずっと何かを考えているようだけど……。何か悩みでも?」
何でも無いよ――と返してから、開きっぱなしになっていた本を閉じる。ユリアは不思議そうな顔をしていたが、やがて鏡台の前で髪を解かし、ベッドに入った。

子供のことにあまり干渉すまい――と思っていても、気になってしまう。フェルディナントとあの女性は本当に付き合っているのか。フェルディナントは結婚を考えているのだろうか。

しかし、まだ21歳だ。結婚には少し早いか――。それにフェルディナントは官吏になると言っているのだから。

否――。
考えようによっては早めに結婚させて官吏の道を諦めさせるということも――。

駄目だ。そのようなことは私が決めるべきではない。

悶々と考えながら、この日はすぐには寝付けなかった。

22:22