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56  懐かしき再会(3)

05 05 *2010 | 未分類

「面白いものだ」
ザカ中将と語らうのは久しぶりのことだった。
フェルディナントとハインリヒが帰ってから、ザカ中将を自宅に招いて、共にグラスを傾けた。ザカ中将ははじめ、私の部屋で積み上がっている本を見て、読み終えたものは処分しろ――と苦々しく言っていたが、どうやら少し酒が入るとそれは気にならなくなったらしい。

「フェルディナントとハインリヒですか?」
「元帥閣下がどういう教育を施したのか気になる。二人揃って英才教育か」
「そういう訳でも無いようですよ。ハインリヒは幼い頃から武術を教えてもらったようですが、勉強はいつもフェルディナントに教えてもらっていたと聞いたことがあります」
「ということは、フェルディナントの方は子供の頃から頭脳明晰ということか」
「最近、ハインリヒから聞いた話ですが……。グリューン高校という名門校があるでしょう? あの高校で常に首席だったそうです。勿論、帝国大学も首席卒業」
「……確か高校からしか学校に通っていないのだったな。それでよく首席になれたものだ」
「別格といったところでしょう。それに彼は、諸外国との関連資料の殆どを頭にいれていますよ」
ザカ中将はグラスのなかのワインを飲みかけてその動きを止めた。どういう意味だ――と問い返される。
「そのままの意味です。関連資料全てを読んで、頭に入れているんです。彼と仕事をしているとよく解りますが、まるで歩く辞書ですよ」
「……それでは外務省の長官も気が気ではないだろうな」
「そうだと思います」
今後が楽しみだ――とザカ中将は呟いた。確かに私も二人が省にやってきてから、今後に希望を抱いていた。もしかしたらこの二人が帝国を変えるかもしれない――と。


「……ジャン。身辺には気を付けろよ」
ザカ中将は突然、そんなことを言った。ヴェネツィアで何かあったのかと思い、尋ねると、お前のことを心配しているんだ――とザカ中将は返した。
「ジャン・ヴァロワ中将が、ロートリンゲン家の子息に近付いているという噂が立っている。そしてその背後に、元帥閣下の影がある――とな」
頷ける節はある。
尤も利益を求めてのことではないが――。
「あながち間違った情報でもありませんし……」
「彼等は誤解しているんだ。お前が昇進を狙って動き出した――と。私は元帥閣下の人となりも、それにお前のこともよく知っているし、大佐達と親しいのもあの二人を見れば納得出来るからそのような誤解はしないが……。心中、穏やかではない将官達も多いことは肝に銘じておけ」
「出世に興味はありませんよ。今のままで充分です」
「人はそうは思わん。特にお前は士官学校の時から優秀だと名高かったし、功績もある。功績が大将級に匹敵すると言われたことは無いか?」
「……買いかぶりすぎですよ」
元帥閣下とアントン中将に言われたことがある。もっと上手く人付き合いをしろと苦言を漏らしながらだが――。
「お前の昇進を常に阻んでいるのはフォン・シェリング大将だ。解っているだろう」
「私は本部よりも支部配属となりたいですよ。転属願いでも出そうかと毎年考えています」
「お前は本部に居ろ。……それにお前のことだ。あの二人が来てからは、本部も悪くは無いと考えているのだろう」
言い当てられて返答に窮していると、ザカ中将は笑った。
「……それに支部も安穏としている訳でもない。軍内部だけでなく、市長との兼ね合いもあるからな。上手く立ち回るためには、相応の政治力が必要となる。お前のような男は却って本部に居た方が気楽だぞ」

ザカ中将はグラスを持ち上げてそれを傾ける。支部長も楽ではない――と以前にも聞いていたが、私が考える以上に難儀な任務のようだった。アントン中将を見ていると、気儘に支部長を務めていたかのように見えたのだが――。

「……ヴェネツィアはなかなか厄介な土地柄だ。今の市長がフォン・シェリング大将と懇意になってから余計に、な」
「……成程」

ザカ中将も苦労しているのだろう。支部勤務の方が本部より気楽かと思ったが、どうやらそうでもなさそうだった。
ロートリンゲン元帥が退官してからは、フォン・シェリング大将の力が強くなりすぎて、誰も抑えられない。長官でさえ、彼の言いなりになっているのだからどうしようもない。
「ところで……、奥さんや息子さんはお元気ですか」
話題を転じると、ザカ中将は穏やかな表情で頷いた。
「ああ。ヴィリーも三歳になった。悪戯盛りだ」
「元気が一番ですよ」
「ジャン、お前は? 独身を貫くつもりでなければ、そろそろ考えた方が良いぞ。いつまでもこんな本に埋もれた生活では潤いもあるまい」
「充分に潤ってますよ」
「変人と言われる所以だな」
暫く歓談した後、ザカ中将は時計を見遣って、宿舎に戻る旨を告げた。もう日付が変わる五分前だった。
「しかし荷物は全部宿舎に置いてきたからな」
「早めに出掛けて宿舎で着替えれば良いではないですか。私も明日は少し早く出勤しますし」
「そうだったのか? こんなに遅くまで済まなかったな」
「いいえ。いつもこの時間に帰宅していますから。それにザカ中将とも話をしたかったですし……」


この日、ザカ中将は泊まっていった。独り身にしては贅沢な家だと言っていたが、宿舎よりも快適に過ごしてもらえたようだった。ザカ中将は本部での仕事を恙無く終えて、ヴェネツィアへと戻っていった。


ザカ中将の言葉ではないが、私は確かに現状に満足していた。フェルディナントやハインリヒがいずれ軍を――、この国を少しでも変えてくれるのではないかと考えていた。

20:48

55  懐かしき再会(2)

05 05 *2010 | 未分類

ヴァロワ卿によれば、ザカ中将は一年に2、3回、本部に顔を出すとのことだった。また会いたい旨を告げたところ、再会から三ヶ月が経ったある日、ヴァロワ卿はザカ中将を食事に誘ってくれた。ロイを含めて四人で食事をしながら語らった。

ザカ中将もヴァロワ卿と同じような考え方の持ち主で、非常に共感が持てた。ヴェネツィアの様子を聞くことも楽しかった。

「ジャンは士官学校時代から優秀な癖に、上下関係の下手な人間だったからな」
「私は思ったことは口にしないと済まない性格なんです。ザカ中将のように笑って流すことが出来ないのでね」
「もう少し世渡りが上手ければ、苦労をすることも無いだろうに。大佐はよく知っているだろう。本部で会議が一緒になることもあるだろうし」
話を向けられて、ロイは苦笑した。軍での会議でヴァロワ卿とその上官が言い合いになったという話も、私もロイから何度も聞いている。話の内容を聞いて、ヴァロワ卿らしい――と思ったものだった。

「元帥閣下がいらっしゃる頃は、上官達の身勝手な発言を抑えてもらったものだ。元帥閣下は公正な方だったからね」
ザカ中将もヴァロワ卿も父をそう評す。私やロイは知らなかったが、父は軍のなかで慕われていたようだった。私にはそのことが意外に思えるが――。
「私達にとっては怖い父親でしたよ。叱られっぱなしでしたから」
なあ、とロイが私を見て同意を求める。頷き返すと、ザカ中将が言った。
「私も何度怒鳴られたか解らないよ。元帥閣下の部隊が厳しいことは入隊前から聞いていたことで、覚悟はしていたが、本当に厳しくて……。翌年にジャンが入隊したんだが、ジャンがアントン中将の部隊に入ったと聞いた時は酷く羨ましかったよ」
「アントン中将?」
思わず聞き返した時、ロイと言葉が重なった。知っている名前が突然発せられて、驚いた。
「元帥閣下とも親しかったから、もしかして知っているか? ああ、そうか。アントン中将は最近は士官学校で教鞭も執っていたから、ハインリヒは知っているのか」
「ええ。用兵学の先生でした。でもそれより以前に、アントン中将が家にいらしたことがあって……」
「元帥閣下は入隊当初、アントン中将の部隊に配属されていたと聞いている。その後、閣下が軍務局特務派所属となった時にアントン中将を自分の部隊に招いたと……。あのお二人は仲が宜しかった」
「お二人とも厳しかったがな。ザカ中将はアントン中将の部隊で羨ましいなどと言っていたが、アントン中将はそれはそれは厳しい方でな。怒鳴られた回数は多分、ザカ中将と引けを取らん」
アントン中将は穏やかな初老の人物という印象だったが、成程、厳しい方だったのか――。
ザカ中将は、こと厳しさに関しては二大巨頭のような存在だったからな――と言って笑ってから、此方を見て言った。
「厳しかったが、公正な眼で物事を御覧になっていたことは確かだ。きっと君達も後になったら解る」
「後になったら……?」
「全ての事象を結果と考え合わせて突き詰めると、元帥閣下の公正さが解る。君達にとっては、今は厳しい父親としか映っていないかもしれないが、いずれそのことに気付くだろう」
ザカ中将とヴァロワ卿とは、軍のあり方なども語り合った。対外的に危機的状況にあるということもないのに、年々軍務省は予算を増加させている。上層部が取引している武器業者に資金が流れているんだ――と二人は言っていた。

「フォン・シェリング家が深く関わっている事業は、誰も見て見ぬ振りをする。一石を投じたくとも、証拠は瞬く前に消されてしまう。次期長官に目されているとはいえ、あんな人物が長官となったら大戦が起こりかねないと思いますよ」
ヴァロワ卿の言葉に耳を傾けていると、ザカ中将が頷いて、海軍部よりも陸軍部の方が切実だな――と言った。
「海軍部はフォン・ビューロー大将が牛耳っているが、大佐が海軍部所属となったことで、少し事情が変わってきた。ロートリンゲン家に比べれば、フォン・ビューロー家は振興の領主家。家格の違い云々というやつだろう」
「ザカ中将。私はまだ大佐です。フォン・ビューロー大将がそのように考えているとは……」
「士官学校を首席で卒業し、入隊した今も切れ者と評判のロートリンゲン家の子息だ。長官候補だとは皆が目している。……まあ、あまりこういう話を漏らすべきではないのだろうが……。君の配属先を決める際に、上層部が揉めたという話があってね。陸軍部ではフォン・シェリング大将が嫌がったとか――。彼の一存で君が海軍部所属となったと聞いている」
「……支部所属でよく其処まで御存知ですね」
「いつも言っているだろう、ジャン。情報を得るために努力を惜しんではならない、と。お前は人を選り好みしている時点で、努力を欠いているんだ」
「頭が下がります」

二人が話をする傍らで、ロイは驚いた表情をしていた。その話によれば、フォン・シェリング大将はロイを遠ざけようとしたのだろう。
確かに、フォン・シェリング家とロートリンゲン家は軍内部では二大勢力となる。ロイが順調に昇進を果たせば、父が在籍していた頃と同じように大きな派閥となると考えているのだろう。

「それに、長男の噂も最近良く耳にする。数カ国語を自在に操り、他国の政治や経済のみならず文化までも詳しいとんでもなく博識の人材が入って来た――と」
ザカ中将が此方を見て言う。私はそんな評判を聞いたことが無いですよ――と返すと、それは私の耳にも入っているんだ、とヴァロワ卿が言った。
「いずれ外務省の長官となるだろう――とね。確かに最有力候補だと私も思う。しかしそうなると、フォン・シェリング大将は余計に焦るのだろうな」
「そんなことはありませんよ。それに外務省の内部も軍務省と同様、結構ごたついていますから……」
外務省と軍務省は共に仕事をする機会が多く、そのため、軍との繋がりが深い。フォン・シェリング大将に肩入れする人物も多く、今の長官もその派閥に属しているから、強い保守の傾向がある。


「そういえば、先日、意見を棄却されたと言っていたな」
ヴァロワ卿の言葉に苦笑して頷くと、ザカ中将が興味津々の態で何を意見したんだ――と問い掛けた。
「関税について意見を求められて、帝国は他国に比べて高関税であることを指摘したんです。高関税が自由貿易を阻んで、活発な取引を制限しています。国内品を保護するという名目にしては、旧領主家の支援企業には低関税となっているので、その低関税を全てに適用すべきだと言ったら、瞬く間に意見を退けられました」
「旧領主家の特権のひとつだな。低関税の恩恵を得るために、旧領主家に株を譲渡して支援を謀る企業も多い」
「私達も特権を得ている身ですから、偉そうなことは言えませんが……。ですが、そうした特権は排除すべきだと私は考えています」
私がそう告げると、ヴァロワ卿とザカ中将は眼を見張り、そしてほぼ同時に笑みを浮かべた。
「興味深い意見だが、旧領主家がそれに従うとも思えんぞ」
「ええ。……ですがいずれはこの暗黙の身分差を排除しなくては、帝国は内側から瓦解してしまいます」
発言してから、軍務省の目上の将官を前にしては控えるべき発言だということに気付いた。失礼しました――と謝ると、ザカ中将は首を横に振って言った。
「私も同感だ。もう200年以上前の征服地と被征服地で税率の差があること事態が異常な事態だ。実際、そうした地域で度々反乱が起こっている」
「フェルディナント、それは元帥閣下が仰っていたことなのか?」
「自分の分を弁えずすみません。父はそうした話は私の前ではまったくしませんから……」
「君のような人物が、早く出世して長官となってくれることを祈るよ。そうすれば、帝国も変わる。……もう変わらなければならない時期に来ているのだろう」
ザカ中将は穏やかな表情を浮かべて言った。一方、ヴァロワ卿は何か考えているようだった。
「強い指導者が必要な時代は終わったのだと私は思っている。帝国は巨大化している軍事費を切り詰めて、社会政策に資金を回すべきだと私は考えるが、軍の内部でこのようなことを言っては首を切られるからね」
「ザカ中将……」
「君達の将来が楽しみだ」
その後、ロイと私は一足先に失礼した。帰路に、ロイは意気揚々とした表情で言った。
「ヴァロワ卿とザカ中将、あの二人が上官だったら……、いや、長官となってくれたら良いよな」
「そうだな」

旧領主家の子息だからといって特別扱いするでもなく、普通に接してくれるヴァロワ卿とザカ中将に私達は好感を抱いていた。まるで二人の頼もしい兄を得たかのような――。

20:04

54  懐かしき再会(1)

05 05 *2010 | 未分類

「その時には此方の資料を提示しましょう。ブリテン王国にとっても不可欠な案件です」
ヴァロワ卿と二人で担当することになった仕事は、難解なものではあったが、やり甲斐のある仕事だった。ヴァロワ卿の空いた時間を見つけては、陸軍部軍務局に行って、打ち合わせを行う。来週末にブリテン王国に交渉に向かうことが決まっていた。それまでにもう少し話を詰めておかなければならない。

一人で担当を任されたことも嬉しかったが、担当となった相手がヴァロワ卿であることも安堵した。ヴァロワ卿ならば、私を対等に扱ってくれるし、的確な助言を与えてくれる。ヴァロワ卿は時折メモを取り、資料を見返しながら頷いた。

「解った。ところで……」
ヴァロワ卿が資料のページを捲りながら、話しかけようとしたところへ、扉をノックする音が聞こえてきた。ちょうどこの時、軍務局は全員が出払っていて、ヴァロワ卿と私しか居なかった。ヴァロワ卿は返事をして入室を促す。

「失礼します」
ヴァロワ卿と同じぐらいの年齢の将官が立っていた。階級章は中将で、海軍部の章を付けている。
しかしこの人物、何処かで見たことがあるような――。


「ザカ中将!」
ヴァロワ卿は嬉しそうな声でそう呼んだ。
ザカ中将――。
ザカ――。あ――。
子供の頃、マルセイユで世話になった時の――。


「御無沙汰しております。本部にお越しなら知らせてくれれば良かったのに……」
「昨日、本部から命令を受けて急遽此方にな。しかし上官が不在だったから、先に此方に寄らせてもらった。久しぶりだな、ジャン」
あの頃は陸軍部のトニトゥルス隊に所属していた筈だが、海軍部に転属となったのか。そしてヴァロワ卿の話しぶりから察するに、ヴァロワ卿とは親しいのだろう。

ああ――、そうか――。
考えてみたら当時24歳だったのだから、ヴァロワ卿と年齢が近い筈だ。ひとつ違い――ではないだろうか。
私のことは、憶えているだろうか――。

「フェルディナント、少し待っていてもらえるか?」
「ええ。あの……」
「フェルディナント?」
ザカ中将に挨拶をしようと立ち上がった時、ザカ中将が名を確かめるように呟いて、此方を食い入るように見つめた。
「ロートリンゲン元帥の御子息です。今、ちょうど同じ仕事を担当していまして……」
ヴァロワ卿が手短に伝えると、ザカ中将は眼を細めて、成程――と言った。
「御無沙汰しております。ザカ中将閣下。その節はお世話になりました」
此方から挨拶をすると、ザカ中将はそんなに丁寧なことをなさらないで下さい――と言った。
「それに閣下という敬称も小官には不要です。……それにしても、外交官になってらっしゃったとは。あの頃とまったく変わってらしたので気付きませんでした」
「知り合い……ですか? ザカ中将」
「入隊してすぐ、私は陸軍部所属となって元帥閣下の部隊に配属されただろう。その時、マルセイユに滞在中のフェルディナント様を護衛するという任務に携わったことがあってな」
「ザカ中将閣下、フェルディナントとお呼び下さい。私は一外交官に過ぎませんから、私の方が格下です」
「しかし……」
「どうかお気がね無きように」
ザカ中将は戸惑ったようだが、その横合いから、彼は言い出したら頑固ですよ――とヴァロワ卿が言い添えた。
「……君達も随分親しいように見えるが……」
「半年前に知り合ったのです。その際、彼には世話になりまして。はじめは元帥閣下の御子息だとは思わなかったのですが」
ヴァロワ卿とザカ中将はどういう関係なのだろう――そんなことを考えていると、ヴァロワ卿が私の疑問を慮ってか、教えてくれた。
「ザカ中将は私のひとつ上の先輩だ。士官学校時代からのな。私こそ意外だった。まさか二人が知り合いだったとは」
「療養のためにマルセイユに滞在していたのですが、その時、よく散歩に連れて行ってもらいました」
「完治したという話は元帥閣下から伺っていた。しかしまさか、外交官となっていたとは……。弟君が海軍部に入ったという話は耳にしていたが」
「彼とはもう会いましたか?」
ヴァロワ卿が問い掛けると、ザカ中将はいや、と短く応えて言った。
「先程本部に顔を出した時に会えるかと思ったのだが、不在で」
「今、上官と共に支部に出かけているところです。じきに戻って来ますよ」
「その様子だと弟君とも顔見知りのようだな」
「彼とも少々縁がありまして」
ヴァロワ卿がそう応えると、ザカ中将はお前にしては意外だな――とヴァロワ卿を見遣って言った。意外とはどういう意味で意外なのだろう。
「二人とも心持ちの良い人物ですよ」
ザカ中将は私を見、君のことはよく憶えているんだ――と言った。
「利発そうな御子息で、話をしても大人と同じ反応が返ってきて……。弟君の方は、元帥閣下と一緒にマルセイユから帝都に戻る日に、泣きながら元帥に連れていかれたことを憶えている」
その時のことをハインリヒに聞いてみたいものだ――と、ヴァロワ卿は此方を見て笑いながら言った。
「仲の良い兄弟だった。散歩をしていても二人で楽しそうに……」

ちょうどその時、扉を叩く音が聞こえた。ヴァロワ卿が応える。失礼します――と声が聞こえた。
ロイの声だった。ロイは扉を開き、ヴァロワ卿に呼び掛けた。

「ヴァロワ中将閣下。すみません、少々お話したいことがあったのですが……」
「どうぞ。ちょうどハインリヒのことを話していたところだ」
「……私のことを?」
ロイは私をちらと見遣り、それからザカ中将に敬礼した。ザカ中将がそれに対して敬礼で応える。
「海軍部軍務局所属、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲン大佐です。中将閣下」
「同じく海軍部所属ヴェネツィア支部長、ノーマン・ザカ中将。……もう私のことは忘れてしまっているかな?」
ロイはザカ中将を見つめ、少し考え込んだ。子供の頃、マルセイユで世話になった方だ――と告げると、傍と気付いたようにロイは顔を上げた。
「失礼しました。……陸軍部から海軍部に移られたのですか?」
「ああ。君が海軍部所属と知った時には驚いた。元帥閣下が陸軍部だったから、てっきり陸軍部だと……。同時にあの時の少年に会えるかもしれないと期待していた」

和やかな空気が流れる。懐かしいような、それでいて新しい出会いのような、不思議な気持だった。

ザカ中将は時計を見、上官の許に行ってくると告げ、部屋を出て行く。ロイは私を見、後の方が良いかな、と言った。
「先にどうぞ。ヴァロワ卿、あとでまたお邪魔します」
「あ、待て、ルディ。10分ぐらいで終わるから」
「少し此処で待っていてくれ。私もこの仕事は先に終わらせたいから」

ロイとヴァロワ卿に言われて、この場に残る。ロイは陸軍と海軍合同での演習についてヴァロワ卿と打ち合わせ始める。

ザカ中将か――。
懐かしい人物に会ったものだ。

16:24