此処に来る前に事故の状況は聞いておいた。だが状況だけ聞いても、不審な点は多かった。
葬儀の参列者のなかにはアントン中将も居た。他にも多くの軍人達が弔問に訪れていた。人当たりが良く、面倒見の良いザカ中将の人柄が窺えた。
アントン中将は此方に気付き、近付いて来る。フェルディナントとハインリヒは彼に挨拶をした。アントン中将は二人に挨拶を返してから、私に小声で、ヴァロワ中将の姿が見えないのです――と言った。
「ハインリヒ。ヴァロワ中将は昨日一足先に出たと言っていたな?」
「え? あ、はい」
おそらく一人で調べているのだろう。たとえ真相が知れたとて、すぐに命を奪われることは無いだろうが――。
「父上。ヴァロワ中将を探してきます。ヴェネツィアには入っていると思うので……」
「お前達未熟者二人が彷徨いたところで事態は変わらん。此処に居なさい」
そう告げると、二人は顔を見合わせた。今はこの二人を不用意に動かせない方が良い。そうでないと事態は悪化しかねない。
それにしても、昨日のうちにヴァロワ中将に一言告げておくべきだったか。
ザカ夫人は喪服に身を包ませ、眼に涙を溜めていたが、気丈に振る舞っていた。その足下にはまだあどけなさの残る年頃の子供が居た。パパは何処――と尋ねる姿は、あまりに胸に痛かった。
しめやかに進行する葬儀の中程になって、ヴァロワ中将が姿を現した。その姿を見て、少し安堵した。ヴァロワ中将のことなら大丈夫だと思ってはいたが、やはり気にかかるものだった。
ヴァロワ中将はザカ中将の棺に花を手向けてから、此方に歩み寄った。葬儀に遅刻するとは何事か――と、アントン中将が小さな声で叱りつける。申し訳ありません、とヴァロワ中将は謝った。
ザカ中将の棺が墓に運び込まれる時、軍人全員が敬礼した。そして、ザカ中将の棺は土の中に埋められた。
葬儀が終わり、ザカ中将の墓前で祈りを捧げてから、夫人に困ったことがあったら連絡するよう名刺を渡してその場を離れた。アントン中将と私が並んで歩いている後ろで、ハインリヒがヴァロワ中将に何処に行っていたのかを尋ねていた。ヴァロワ中将は言葉を濁した。
「ヴァロワ中将、君には少し話がある。時間を割いて貰えるか」
「解りました」
ケスラーの運転する車で、少し離れたホテルに向かった。其処の特別室を既に予約してあった。此処ならば誰にも気兼ねなく話が出来る。
「フェルディナント、ハインリヒ。お前達は隣の部屋で待っていなさい」
フェルディナントとハインリヒは納得がいかないような顔をしていた。父上、と言いかけたハインリヒをフェルディナントが制止する。解りました――とフェルディナントが応えた。
アントン中将とヴァロワ中将、そして私が奥の特別室へと入る。座を勧めてから、ソファに腰を下ろす。私の向かい側にアントン中将とヴァロワ中将が座った。
「単刀直入に言おう。ヴァロワ中将、今回の一件は忘れなさい」
「……ザカ中将の乗っていた車の下に、爆薬の反応が出ました。突き詰めれば、それは誰が仕掛け、誰の命令によって為されたのか判明します」
やはり調べていたのだろう。葬儀の前にヴェネツィア支部に行ったに違いない。
「……今回の事件の黒幕はフォン・シェリング大将とフォン・ビューロー大将だ。ザカ中将が車で向かったシラクーザ支部、あそこの支部長はフォン・シェリング大将の子飼いの中将で、フォン・ビューロー家とも多少の縁がある。おそらく、彼に呼び出され、ザカ中将は其方に赴いたのだろう」
「元帥閣下、其処まで判明しているのならば、何故忘れろと仰るのです……!?」
「君のことを考えて元帥閣下は仰っているんだ、ジャン」
アントン中将が言葉を添える。ヴァロワ中将は首を横に振って、出来ません、と応えた。
「ザカ中将の暗殺を黙って見過ごすことなど出来ません……!」
「気持は解るが、君は行動を起こすな」
「しかし閣下……!」
「今、君が動けば次は君が潰される。君は陸軍部のなかで頭角を出しつつあるからな。フォン・シェリング大将は常に君の行動を監視している筈だ。君の失態と隙を狙うためにな」
「たとえどのような危険な眼に遭おうと、覚悟は出来ています。閣下、私はフォン・シェリング大将達を……」
「君が動いたところで何も変わらんのだ、ヴァロワ中将。証拠があったとして、それを提示しても、君と共に闇に葬られるだけだ。……ザカ中将もそれは望んでいない筈だ」
ヴァロワ中将は拳をぐっと握り締める。その手は震えていた。
「ザカ中将の本部転属を求めたのはこの私だ。ヴェネツィア支部は、既にフォン・シェリング大将の掌中に落ちつつある。現ヴェネツィア市長はフォン・シェリング家の援助で市長となった人物だ。そうした事情があったことと、あと彼にはそろそろ本部に戻ってもらい、軍務局で昇級してほしかった。それで本部転属を人事部に求めた。……今回の事件はそれが仇となってしまった」
「そのことは……、ザカ中将も私も気付いておりました。私達の昇進には必ず元帥閣下とアントン中将の影がある――と。ザカ中将はヴェネツィア支部にフォン・シェリング大将の息がかかるようになってきて遣りづらくなっていたところだからと、本部転属を喜んでいました。私もザカ中将が戻られることを喜んでいたのです……」
「私の見通しが甘かった。おそらくフォン・シェリング大将達は元からザカ中将に眼をつけていたのだろう。海軍部長官の有力候補としてな。……彼の身辺にもっと気を配っておくべきだった。私のミスだ」
「閣下に過ちはありません。過ちはフォン・シェリング大将の方です。これ以上、彼の横暴を見過ごすことは私には出来ません……!」
「落ち着け、ジャン」
アントン中将が窘める。ヴァロワ中将は拳を強く握り締めていた。
「失った命を取り戻すことは出来ん。……だがこうしたことを二度と繰り返さないためにも、ヴァロワ中将、君は今回の事件のことは忘れなさい」
「元帥閣下……!」
「ザカ中将の敵を討ちたいと思うなら、このまま軍務局に残り、フォン・シェリング大将と対等の立場になってからにしなさい。帝国軍にとって、君は必要な存在だ。君と同じように、ザカ中将にも期待をかけていた。その期待を君が背負いなさい」
「閣下。私は昇進よりも、今すぐにでもフォン・シェリング大将を……」
「それはむざと命を落とすのと同じことだ。ザカ中将の一件は私に任せなさい。残された夫人や幼い子息にも悪い風にはしない。フォン・シェリング家にも釘を挿しておく。……ザカ中将もそれを望んでいる筈だ」
ヴァロワ中将は傍と思い当たったように黙り込んだ。肩を震わせ、涙を堪えていた。その肩をアントン中将がぽんと叩いた。
「君が頑張れば、ザカ中将の死も無駄にはならん。ザカ中将も君に期待している筈だ」