フラウ・ルブランと食事に出掛ける時には、帝都中心部のレストランに行く。フラウ・ルブランはいつもは動きやすい格好をしているが、こういう時は感じの良いワンピースやスカートを身につける。今日も歩くとふわりと広がるスカートを身につけていた。
   フラウ・ルブランはいつも通り、表情を様々に変える。だが、今日は少し違うような気がする。食事と会話を楽しみながらも、何処か悲しげで――。
「……フラウ・ルブラン。何かあったのか?」
「え? いいえ」
   フラウ・ルブランはにっこりと笑って応える。そうした表情を見せるということは、やはり何かあったのだろう。
「少し鬱ぎ込んで見えるが……。もしかして、何か用があったのではないか?」
「いいえ! 違います。私、閣下とのお食事を楽しみにしていたので……」
   言ってから、傍と彼女は頬を赤らめる。つられて此方まで赤面してしまう。ひとつ咳払いしてから、何でも無いなら良いが――と返した。


   午後八時過ぎに食事を終えて、車に乗り込んだ。右足が不自由になってからは、車はいつも自動運転に任せていた。行き先をフラウ・ルブランのアパートにセットしようとした時――。
「……閣下。少しだけ……ドライブしたいのですが……」
   フラウ・ルブランは此方を見て気遣わしげに言った。
「ドライブ? それは構わないが……、何処に行きたい?」
   彼女は安堵した様子で微笑んだ。何処でも良いです――と彼女は返す。
「何処でも良いか……。そうだな、では……丘にでも」
   山に向けて方向転換する。ちらと彼女を見ると、彼女は少し眼を伏せていた。
「フラウ・ルブラン……?」
   彼女はぱっと顔を上げ、笑みを浮かべる。
「……そう気を遣わないでくれ。どうしたんだ?」
「……嫌な顔してごめんなさい……。実は……」
   フラウ・ルブランの眼から大粒の涙が零れ落ちる。驚いて、どう慰めて良いか考えていると、彼女はそれを拭い、ごめんなさい、ともう一度言った。
「今月で会社を……、解雇されるんです……」
「解雇……!?」
「昨日、突然言われて……。理由を尋ねても教えてもらえなくて……。自分のしたことに心当たりがあるだろうって言われるだけで……」
「何かの……、間違いではないのか……?」
「上司に何度も尋ねたんです。だけど解雇は解雇だって……。上の命令だから逆らうことは出来ないって……。私、自分が何をしたのか解らなくて……」
   突然解雇された――?
   帝国は今、内政が混乱状態にあるから会社が将来を見越して、人員整理を行ったとも考えられる。だが、それにしてもそうした理由も言い渡されないとは。それに月末ということもあまりに急な話だ。週明けからクリスマス休暇に入るから、あと数日で彼女は解雇されるということになる。

   フラウ・ルブランが仕事上の大きな失敗をしでかしたとしたら、彼女にも憶えがあるだろう。だが、彼女の様子から察してそうしたことも無さそうだ。それに彼女のことだから、勤務態度も真面目だろう。彼女の上司が上の命令だと言ったということは、もしかしたら経営者側からの要請か。
「本当に何も……、心当たりが無いんです……。仕事で失敗したのか、同僚に何度も尋ねたのですがそうした事情も無くて……。それに遅刻もしたことが無いし、来年の春には大きな仕事を担当することが決まっていたのに……」
「フラウ・ルブラン……」
「両親に話したら、心配するし、すぐに帰って来いって言うだろうから誰にも話せなくて……。それに何故解雇されるのか考えても考えても解らなくて……」
「経営者側の身勝手な事情ということもある。君が悩むことは無い。……君の会社の名前を聞いても良いかな」
「ベーレンス建築です。そのデザイン部に所属しています」

   ベーレンス建築――。
   世情に疎い私も聞いたことがあるほどの大きな会社だ。確か宮殿の近くにある公園を整備した会社ではなかったか――。

   まさか――とは思うが、フォン・シェリング家と関係のある会社ではないだろうな。もしそうであるなら、彼女が解雇された理由は私と多少の関係があるからということになる。
   だが、まさか――。

「ごめんなさい。こんな話を……」
「いや……。しかし本当に君が気に病む必要は無い」
「……私まだ帝都に居たいんです……。だから、再就職先を探そうと思っています」
「……今時期では大変だろう。……こうして私と過ごす時間も惜しかっただろうに済まない」
   フラウ・ルブランはそれまで手許を見つめていた視線を上げ、私を見上げた。
「閣下のお側に居たいんです……」
   頬を赤らめ、すぐに視線を落とす。

   今の言葉の意味は――。
   意味は――。
   私の聞き違いでなければ、それが意味することはただひとつで――。

「閣下にご迷惑はおかけしません。だからこれまで通りにさせてください」
「フラウ・ルブラン……」
「それとも……、ご迷惑ですか?」
   そんなことを考えたこともなかった。フラウ・ルブランの存在は、私に幸せをもたらすような存在で――。
「私は君からみれば、父親であってもおかしくないくらい年が離れている。無論、君のことは素敵な女性だと思っている。だが、こうして足が不自由になり、身体の自由が利かない私よりももっと良い男性が現れる筈だ」

   そうだ――。
   私よりもっと良い男と巡り会える筈だ。こんな素敵な女性なのだから――。

   彼女をアパートまで送り、困ったことがあったらすぐに連絡するように告げてから、彼女と別れた。
   私の返事にフラウ・ルブランは納得していない様子だった。
   だが――。
   私には彼女を幸せに出来ない。彼女が私に与えるのと同じ幸せを、与えてやることは出来ない。

   それに――。
   彼女の突然の解雇には、どうも私が絡んでいるように思えてならなかった。


[2010.6.25]
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