「解りました。それではそのように準備をしましょう」
   家の壊れた窓や扉を変えるのに立ち合ってから、病院に行った。其処で医師に義足にしたい旨を告げると、医師は快く頷いてくれた。
   その場で義足を決め、サイズを測る。脱着の必要のない種類のものを選んだ。神経を義足の回路と繋ぐことで、義足となった部分にも多少の感覚が生じるらしい。つまりは、今の右足には何の感覚も無いが、義足とすることで義足に感覚が蘇るとのことだった。医師から受けたその話に驚いていると、今後はもっと性能の良いものが出るでしょう――と言った。
「先天性虚弱の患者のなかには、四肢が不自由になる患者も居ます。最近は特にその事例が多いので、義足や義手の開発は日々進んでいるのです」
「そうでしたか……。では運動機能はまったく元通りに?」
   何度も聞いてきたことではあるが、確認のためにもう一度尋ねると、医師は頷いて、戻りますよ――と言ってくれた。
「閣下の場合、足の付け根から10cmまでは感覚がありますので、その部分からの切断になります。手術時間は神経と回路の接続に少し時間を要しますので、5時間強と考えて下さい。それから入院については……」
   医師の説明を受け、詳細な手術の日程が判明したら、連絡をいれてもらうことにして、この日は病院を去った。出来るだけ早く――と要望したところ、遅くとも今月中には手術を行うことが出来ると医師は言った。

   フェルディナントの車を借りてきたので、再びそれに乗ってロートリンゲン家に戻る。フラウ・ルブランが待っていた。フェルディナントと話をしていたようだった。
「閣下。如何でした?」
   何も異常は無い旨を告げると、彼女は安心したように笑む。
   フラウ・ルブランには足を切断するという話はしないように、フェルディナントに言っておいた。彼女を心配させたくなかったので、手術が終わって自宅に戻ってから、彼女の許を訪ねようと考えていた。そして其処で、彼女に結婚を申し込もうと――。
「家の方も窓や扉の修理を済ませて貰った。それからフラウ・ルブラン、君のマンションを護衛してもらえるよう軍に頼んでおいた」
「もうお帰りになるのですか? ヴァロワ卿」
「いつまでも厄介になる訳にはいかない。そろそろ失礼するよ」

   フェルディナントに礼を述べ、ケスラーに送ってもらって帰途についた。まずはフラウ・ルブランをマンションまで送っていく。カサル大佐には彼女を護衛してもらうことにした。
   それから自宅に戻ったところ、電話の着信があった。受話器を取る。ヴァロワ大将ですか――と告げる声は、アンドリオティス長官の声だった。
「アンドリオティス長官。私もお伝えしたいことがあったのです」
   そう告げて、明日の午後、彼とフェイ次官の訪問を受けることとなった。

   家の中は静まりかえっていた。つい一昨日のことが思い返される。歯痒い思いをした。動きたいのに身体が動かない――。
   そっと足を摩る。この足とももうじき別れることになる。
   一抹の寂しさと不安もあるが、新たな出立を遂げるためには必要なことだった。



「では……、復職なさって頂けるのですね?」
   アンドリオティス長官が安堵の笑みを浮かべる。二人を出迎えて、決意したことを伝えた。
「陸軍のウールマン長官にはその意向を昨日伝えてあります。私のような者で良ければもう一度、力を尽くさせていただきたい、と」
「では……、国際会議の常備軍の件は……」
「受諾する方向で話を進めるつもりです。この件はウールマン長官には伝えていますが、外務省にはまだ伝えていないので……」
「ヴァロワ大将の御決断に感謝します」
   アンドリオティス長官は丁寧に礼を述べる。人望の厚い人間だと聞いているが、確かにその通りなのだろう。
「停職が2月10日で明けます。ですが、これは私からの願いなのですが、4月から復職ということにして頂きたいのです」
「4月から……? 此方はすぐにでも復職していただきたいところですが……」
「それまでの間にやっておきたいことがあるのです。此方の勝手な願いで申し訳無いが……」
   しかし、アンドリオティス長官もフェイ次官もその要望を飲んでくれた。後は宰相だけですね――とフェイ次官が肩を竦める。
「ロートリンゲン大将が復職して下さり、このたびヴァロワ大将も御決断下さった。宰相もそうなって下さるとありがたいのですが……」
   フェルディナントはまだ決めかねているようだが、あの様子ではきっと受諾するだろう。だがそのことはまだ秘めておくことにした。

   アンドリオティス長官とフェイ次官は1時間程の滞在で帰っていった。私の復職は4月1日からということになった。
   そしてその直後、病院からも連絡が入った。
   手術の日程が決まったという。再来週に手術を受けることになり、その二日前に入院することが決まった。




「用事でお留守に?」
   入院する三日前、フラウ・ルブランに暫く留守にすることを伝えた。ひと月後に帰ってくると告げると、彼女は驚いて、そんなに長い間ですか――と返した。
「ああ。……用があってね。君のことはカサル大佐に確り頼んでおくから……。もし何かあったら彼にすぐに伝えてくれ」
「私のことよりも……。閣下、もしかしてお身体の具合でも……?」
「いや。少し家を空けるだけなんだ」
「そうですか……。でもひと月とは長いですね」
   入院すると勘繰られる訳にはいかず、用事としか告げられなかった。如何に快復のための手術とは言え、彼女を心配させる訳にはいかないし、私としても足を治した姿で彼女の前に立ちたかった。
「……閣下。私……」
   フラウ・ルブランが不意に呼び掛ける。何か話そうとして言葉を止めた。
「どうした?」
「……閣下がお帰りになったらお話します。あ、デザートを作ったので、持って来ますね」
   フラウ・ルブランは表情をまた変えて、席を立つ。
   何を言おうとしたのだろう――。
   気にはなったが、彼女はそれ以上話そうとしなかった。他愛の無い会話を交わし、この日も彼女を送り届けて一日が終わった。


[2010.7.15]
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