「ヴァロワ長官! 今回の事件についてお話を……!」

   会議場を出ると、マスコミが待ち受けていた。惨状と化した会議場は封鎖したままだから、マスコミは其処に入ることが出来ず、外で待ちうけていたようだった。
   この時になって傍と我に返った。随分、危険なことをしでかしたものだ――失敗したら大変な事態となっていた。
   カサル准将は私の隣でマスコミを阻みながら、トニトゥルス隊の隊員達がマスコミを牽制する。ターナー中将が待ち受けていた。後ほど、広報部から会見を――と彼に告げると、ターナー中将は了解して、マスコミ達に向けて会見を行う旨を伝えた。
「ヴァロワ卿!」
   参謀本部に戻ると、ハインリヒやヘルダーリン卿が安堵した様子で待っていた。お疲れ様です――と労いの言葉をかけながら、椅子を勧めてくれる。状況報告を済ませると、今日は帰宅するよう促した。
「ありがとう。しかしまだやらなければならないことがある」
「報告書なら此方で纏めておきます」
   カーティス大将はそう言ってくれたが、それ以外にやらねばならないことがあった。
「長官室に居ます。報告書が出来上がったら、提出をお願いします」
   カーティス大将に告げて、立ち上がる。カサル准将が長官室まで護衛してくれようとしたが、それを断って一人で長官室に戻った。終わったと一息吐いたのは歩きながらのことだった。
   長官室に入ると、皆、立ち上がり労いの言葉をかけてくれた。彼等にも礼を述べ、奥の執務室へと入る。
   そして、胸元から携帯電話を取り出した。
「フィリーネ」
   自宅に電話をかけると、三回のコール音の後、フィリーネの声が聞こえた。ジャン――と酷く心配した声で呼び掛けてくる。
「心配をかけて済まなかった」
   まずは詫びた。心配させてしまったに違いない。フィリーネは声にならない様子で、声を詰まらせながら、良かった――と繰り返した。
「其方は何とも無いか?」
「大丈夫――大丈夫よ。ジャンこそ、怪我は無い……?」
「ああ。何処も何とも無い。事後処理を終えたら帰るよ」
「解ったわ。……気をつけてね」
   会議場に入る前までは、根拠の無い自信があった。落ち着いて行動すれば失敗することは無い。そう考えていた。
   だが、全てを終えて会議場の惨状を目の当たりにした時、はじめて恐怖感を覚えた。もしかしたら、ひとつ間違えば、私はこの場で命を落としていたのではないか。フィリーネや子供達を残して――。そう考えると、背筋に冷たい物が流れ落ちた。
   だから今、フィリーネの声を聞いて、安心した。漸く地に足がついた心地がした。
   そして――。
   私はあとひとつやるべきことがあった。

   今回の事件の責任を取らなければならない。会議場を占拠され、将官の家族を死なせてしまった。それらは休暇中の今日、税制会議が開催されることを知りながらも安全対策に万全を期していなかった私の責任だ。
   机の引き出しのなかから、辞任届の書類を取り出す。それに署名してから席を立った。
「人事委員会に行って来る」
   執務室を出て、将官達に一声かけてから長官室を後にする。
   事後処理のためだろう。廊下は将官達が忙しく行き交っていた。それに、一階のロビーにはマスコミがまだ山のように詰めかけていた。
   三階の人事委員会の委員長室に行くと、委員長が立ち上がって労いの言葉をかけてくれた。
「ヴァロワ長官。無事で何よりです」
「委員長、多大なご迷惑をおかけしました」
「貴方が謝罪なさることは無いでしょう。旧帝国の将官達が行ったことだ」
「此方の警備体制が甘かったことも事実です。クリスマス休暇とはいえ、税制会議は開催されるのですから通常体制で構えておくべきでした」
「警備体制については元より貴方から指摘されていたことです。……が、軍務省全体が超過勤務状態でしたので、休暇を取るよう促しました。そのことが原因だとしたら、責任を取るべきは私達なのです」
   ですからそれは提出されても受け取りません――と、委員長は私の手元を見て言った。辞任届だと解ったのだろう。
「ですが、今回の事件の責任を明確にしない訳にはいかないでしょう」
「実はつい今し方、ヘルダーリン長官とロートリンゲン大将が此方に報告に来たのです。話し合った結果、ロートリンゲン大将への減俸処分ということで、話が纏まりました」
   ハインリヒへの減俸処分――?
「ヘルダーリン長官とロートリンゲン大将は辞任届を持ってきたのです。今回の一件で処分を行わないことを伝えると、将官への管理不行き届きは免れないとロートリンゲン大将が申し出まして……。話し合った末、減俸処分という形を取らせていただくことになりました」
「そうでしたか……。ならば尚更、私はこれを提出しなければなりません」
「ヴァロワ長官。今回の事件の功労者は貴方なのですよ。貴方が犯人の要求を受け入れて内部に潜入し、そこから情報を発信してくれたからこそ、解決出来たことです。マスコミ達もそう言って賞賛しています。ですから、貴方を処分することは出来ないのです」
   結局――、辞任届を受け取ってもらえないまま、退室することになった。

   これで良いのだろうか――釈然としないまま、とりあえず長官室に戻ると、其処ではハインリヒが待ち受けていた。
「私と行き違えてしまったようですね。人事委員会に行った帰りに此方に立ち寄ったのですが不在でしたので」
「何故、私ではなくお前が処分を受ける? まさか、委員長に私の代わりに処分を受けると申し出たのではないだろうな」
「違いますよ。委員長は、今回の一件は帝国軍の旧軍人が引き起こしたことであり、現政府が何ら責任を負うことではないと考えていたようです。私が処分を申し出たのは、私の部下に対する監督が行き届かず、死者を出してしまったからです。そのことについて処分を受けるのは当然だと思っています」
   ハインリヒは真剣な眼差しでそう言ってから、表情を緩めた。
「ヴァロワ卿。今日はクリスマスですよ。お子さん達のためにも早く帰ってあげてください」
   それだけ言うと、ハインリヒは退室した。
   長官室の面々も私の帰宅を促した。彼等の言葉に甘えて、このまま帰宅することにした。


[2014.5.17]
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