カサル准将に車で送ってもらい帰宅した時には、時計は午後九時を示していた。自宅周辺は未だ警察官達が警戒を続けていたが、マスコミが集っていないことは幸いだった。カサル准将によれば、やはりマスコミは此方にも駆け付けたらしい。警備上に支障が出るため、早期の段階で、彼等を解散させたとのことだった。
「そうか。ありがとう」
「警官は明日の朝まで警戒を続けます。それ以後、暫くはトニトゥルス隊が警備を担当します。これはカーティス大将閣下からの命令です」
   警備は必要ないと一蹴されることを悟ってか、カサル准将が一気にそう告げる。解った――と苦笑すると、カサル准将はお疲れ様でした――と労いの言葉をかけてくれた。
「ありがとう。カサル准将もゆっくり休んでくれ」
   車から降り、門を開く。
   門がキィと音を立てる。
   帰ってきた――。

   もう九時を過ぎているとなると、子供達は眠っているかもしれない。なるべく音を立てないように気を付けながら扉を開く。すると、お帰りなさいと元気な声が私を出迎えてくれた。
「今日、お仕事で帰ってきてくれないのかと思ってたんだ!」
「ちゃんと帰って来てくれるって約束したよね!」
   ウィリーとミリィが飛びついてくる。無邪気な言葉を元気よく投げかける。
   鞄を置いて、二人の背を抱き締めると、心から安堵した。帰るべき場所に帰ってきた――そう実感した。
   無邪気な子供達の背後では、フィリーネが今にも泣き出しそうな顔で立っていた。きっと子供達が居るから必死に堪えているのだろう。そんなフィリーネに微笑して見せる。
「さあ、ウィリー。ミリィ。もうベッドに入らないとサンタクロースさんがやってこないわよ」
   リビングへと通じる扉から顔を出した義母が二人に声を掛ける。二人は傍と顔を見合わせ、私から手を放した。お休みなさい――そう告げて、私の頬に口付ける。お休みと二人の頬に交互に口付けると、二人は元気よく階段に向けて走っていった。
   その二つの背が部屋に入るのを見届けてから、フィリーネを抱き締める。
「ジャン……」
「ただいま。心配をかけて済まなかった」



   義父母もアントン中将夫人も今回の一件について深く尋ねようとはしなかった。フィリーネもいつも通り振る舞っていた。
   フィリーネは遅い夕食を摂る私に付き合ったあとで、子供達の様子を見に行った。その間に入浴を済ませようと思っていたのだが、何となくそのままリビングに移動した。疲労感より安堵感が勝ったのかもしれない。フィリーネを待って、話をしてから休むことにしよう。
「肝を冷やしたぞ」
   そうしてソファで一息吐いていたところ、義父が向かい側に腰を下ろして言った。
「すみません。御心配をおかけしました」
「しかし、君なら必ず帰ってくるだろうとも思っていた」
   義父の言葉に苦笑する。
   少なくとも要求を飲んだ時点では、私は今日も帰宅できることを信じて疑わなかった。まったく我ながら呆れてしまう――。
「必ず帰るものだと疑ってもいませんでした」
「危険だとは思わなかったのか?」
「それは認識していました。しかしどうやら私は自分の悪運の強さを過信しているようです」
   私がそう告げると、義父は笑った。その時、子供達を寝かしつけていたフィリーネが部屋に戻ってくる。義父はソファから立ち上がって、先に休むよ――と告げた。どうやら気を遣ってくれたらしい。


   フィリーネは私の隣に腰を下ろした。そして徐に肩に寄りかかる。
「……犯人の要求を飲んで会議場に入ったとき、どうしてそんな危険なことをしたのってずっと責めていたのよ」
「済まない。事態が膠着して、そうするより他に方法が無かった」
「ジャンの身柄引き渡しを求めてるって聞いた時から怖かった。人質が居るとなると、ジャンは絶対に応じると解っていたから……。きっと何か考えがあってのことで、それに……強いことは解っているけれどどうしても怖くて……」
   フィリーネの身体を抱き締める。
   こうして今、此処に居ることが出来て――此処に戻ってくることが本当に出来て良かった――心の奥からそう思った。

   嘗てのように独り身ならば此処までの感慨を覚えることはなかっただろう。
   だが、今は家族が居る。こうして帰りを待ってくれる家族が――。

   涙ぐんだままのフィリーネに口付ける。その眼が未だ不安そうに私を見つめていた。

「何があろうと私は必ず戻ってくる。お前の許にな」

   この言葉は――。
   フィリーネへの約束であると同時に、私自身への誓いでもあった。


【End】



[2014.6.13]
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