妙に落ち着いていた。
  クライビッヒ中将を頭目とした旧帝国軍の将官達が会議場を乗っ取った。議員達は彼等によって捕らわれ、現政府は対応に右往左往している。
  これだけの事態が生じ、そして私は自分が議員達の身代わりとして会議場に向かっているにも関わらず、妙に落ち着いていた。むしろ、ハインリヒやヘルダーリン卿の方が慌てていた。

  現状は膠着していた。今、何が出来るのか。何をどうすべきか――それを考えた時、彼等が求めていた条件のうち、私が彼等の許に出向くことが最善の方法に思えた。会議場の様子さえ解らない。ならば、私が中に入った時にそれを伝えれば良い。
  先程、腕時計型の通信装置のテストも終了した。何も問題は無かった。

「閣下」
  会議場の前に到着した時、私を此処まで案内してくれたトニトゥルス隊の隊員が呼び掛けた。準備は万全だった。この場にはマスコミが集まっていて、何度もフラッシュが瞬いた。このマスコミのなかにはカサル准将も潜んでいる。彼だけではなく、十人の隊員達が大勢のマスコミに扮している。私が彼等に情報を提供し、合図さえ出せば、すぐに駆け付けてくれる。
「御武運を」
  此処まで案内してくれた隊員が、そっと囁いた。軽く頷いて、それから扉の前に立つ。其処には旧帝国軍の軍人二人が銃を構えて立ちはだかっていた。

「伝えた通り、第3の要求を受け入れる。その代わり、議員達の解放を求める」
  入れ――と一人の軍人が言った。彼が扉を開ける。其処に一歩足を踏み入れると、部屋の奥の一角に議員達の姿があった。一ヶ所に集められ、その周囲を帝国軍の軍服を着た軍人が取り囲んでいた。そして帝国軍の軍服を着た軍人達のなかには、見知った顔も居た。無論、クライビッヒ中将の姿もあった。
  歩きながら不自然でない程度に腕時計に手を遣る。文字盤の上を指で軽く叩く。
  事前に議員達の居る場所に検討をつけておいた。そして文字盤の位置と軽く叩く回数とによって、その位置と犯人の数を知らせることになっていた。文字盤の左上を四回叩く――これで、カサル准将達には議員達の居場所が伝わった。あとは此処に居る軍人達の数と所持している武器だ。一度文字盤をなぞる。

「西欧連邦陸軍部長官、ジャン・ヴァロワ大将だ。お前達の要求に従い、此処に来た。その代わり、議員方を解放してもらおう」
「久しいな。ヴァロワ大将」
  旧帝国軍の将官が一人――クライビッヒ中将が前に進み出る。変わっていなかった。中肉中背の姿、頭には少し白い物が増えたか。しかし、人を見下すような視線は変わっていない。
「クライビッヒ中将。このように議会を占領しても、貴方がたの求める帝国の復活はもうありえません。どうか速やかに投降なさって下さい」
「裏切り者が何を言う。お前が裏切らなければ、あの戦いにも帝国は勝利出来た!」
「いいえ。敗北――大敗していたでしょう。戦場での犠牲を、卿は過小評価している。それに帝国が戦争に負けた理由は明らかだ。他国間との協調を取らずに、自国の利益を優先させたことで、各国から敵視されることになった。その状況すら見ていなかったのですか」
  見ていなかった――否、見えていなかったのだろう。
  この人にとって、帝国が全てだった。旧領主家の殆どがそうであったように。帝国内部で自分が他者よりも優位な立場にあること、それに自己満足し、変革を嫌ってきた。
「黙れ! この国は帝国あってこそ繁栄したのだ。議会? 長年の歴史が議会を否定してきた。それはこの大国には見合わぬ制度だからだ」
「……嘗て宰相が言っていました。議会で物事を決めるには時間がかかる。しかし、時間をかけることで相反する意見も妥協点を見出すことが出来る、結果的に双方にとって禍根を残さない結果が得られる――と」
「あの男らしい世迷い言だ。陛下があの男を宰相に任命しなければ、このような事態には至っていまい。全てはあの時から始まったのだ……! 元帥が影で糸を引き、軍の人事に口を出しながらな!」
  元帥――成程、クライビッヒ中将は元帥とも諍いがあったのだろう。怒りに満ち溢れた眼で、元帥を罵る。

  この人は――、何も解っていない。解ろうともしないのだろう。自己の利益のみ追求して、国のあり方について真剣に考えたことがないのだろう。

「元帥は腐敗した軍の刷新を求めて動いてらした。自己の利益で動く方ではなかった。あの当時においても、他国との協調を重んじ、諍いの起こるたびに何度も調停に動いてらした。軍内部の人事に意見したのは、昇級に絡む賄賂の横行とそれによる軍人の能力低下を憂いてのことだ」
「流石は元帥を心酔しているだけのことはあるな。ヴァロワ大将。卿の昇級を取り計らっていたのは元帥――それだけの恩があるということか」
「当時の本部所属の上官達のなかで、元帥ほど現状をよく理解していた方はいらっしゃらなかった。私はそのことに対して敬意を表していたに過ぎない」
「無駄話は終わりだ」
  クライビッヒ中将の持つ拳銃が私に向けられる。止せ――と議員達のなかから声が上がった。
「クライビッヒ中将。議員達を解放しろと言った筈だ」
「それは貴様の命を奪ってからにしよう。私はお前だけは許せない。帝国を滅亡に導いておきながら、のうのうと新政府に席を構えているお前が……!」
  拳銃の引き金が引かれる一瞬前のことだった。
  扉が開いた瞬間に、クライビッヒ中将の手から拳銃が弾き飛ばされた。議員達に向けられていた銃口が一斉に扉に向けられる。大きく弾けるような音を発しながら、銃弾が飛び交う。
  閣下――、と私の側に駆け寄ったカサル准将が私に拳銃を差し出した。
「この……!」
  刹那、一人の男が私に銃口を向ける。カサル准将がその男を撃った。
  クライビッヒ中将は撃たれた手を押さえながら、私を睨み付ける。そして――。
  一瞬のうちに拳銃を拾い上げると、私に向けて発砲した。照準を合わせていないそれは、私に当たる筈もなく、壁を打ち抜く。
  否、最早それは単なる抵抗だったのだろう。弾が尽きるまで、闇雲に打ち放った。そのいずれも誰にも当たることはなかった。
「捕縛しろ!」
  カサル准将が命じると、トニトゥルス隊の隊員達がクライビッヒ中将を取り囲む。クライビッヒ中将は尚も抵抗を続けた。武器が無くなろうと、手足をばたつかせながら捕らわれまいとする。
「クライビッヒ中将! 卿の為したことは卿が責任を取ることだ」
「黙れ! 黙れぇ……ッ!」
  一瞬の隙をつかれて両手両足を捕らえられたクライビッヒ中将はまるで呪詛のように私への恨み辛みを吐きながら、この会議場から連行されていった。
  トニトゥルス隊は銃撃戦の最中に議員達をこの場から避難させていたから、この場には隊員達と私以外には誰も居なかった。確認したところ、議員達に目立った怪我は無いと言う。
「そうか。ご苦労だった」
「閣下はお怪我はありませんか?」
「ああ。隊員達にも負傷の有無を確認してくれ」
「解りました」
  カサル准将は側に居た大佐にそれを命じる間、この会議場を見渡した。今回のテロに加わった将官が倒れ、あちらこちらに血の海を作っていた。その将官達の生死を隊員達が確認していく。十三人の死亡が確認された。


[2014.5.15]
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