「速報です。政府がテロ組織に対して、第3の要求を飲む意向のようです」
先程からニュースが会議場を占拠したテロ組織について報じていた。どの局も一様に本庁の庁舎を映しだしている。
娘婿は、三時間前に軍本部へと向かった。迎えが来て、軍人達に警備されながらのことで、これには娘も驚いていた。普段はこのような警備体制が取られることはないのだという。しかも、この家の周囲も軍人達が警備していた。
何か重大なことが生じたことは明らかだった。しかもそれは、おそらく娘婿に直接関わることなのだろう――そう予感していた。
会議場を占拠した犯人は、元帝国陸軍の将官達らしい。彼等は3つの要求を突きつけた。1つめに皇帝の身柄引き渡し、2つめに専用機と燃料の確保、3つめにジャン・ヴァロワ陸軍長官の身柄引き渡し――。これが報じられた時、娘は愕然としていた。側に居た私達も耳を疑った。
そして今、速報で3つめの要求を政府が受け入れることが伝えられた。
娘は――フィリーネは画面を見つめたまま立ち尽くし、全身を震わせていた。
「大丈夫ですよ。ジャンに考えあってのことでしょう」
エレーヌがフィリーネの身体を抱き寄せながら、不安を立ち去らせようとする。
フィリーネは相当なショックを受けていた。今にもこの場に崩れ落ちそうな様子で立ち尽くしている。
だが――、身柄引き渡しの条件を知った時から、こうなる予感はあった。責任感の強い男だ。自分ただ一人が安穏とした場所に逃げる男ではない。
「どうしたの? お母さん」
隣の部屋で遊んでいたウィリーとミリィが部屋に戻ってくる。フィリーネの只ならぬ様子に気付いて、その側に駆け寄る。フィリーネは声さえも出せない様子で立ち尽くしていた。
「しっかりしなさい」
自分の夫が重職にあるのなら、お前にも覚悟は必要だぞ――と、結婚前にフィリーネに言ったことがある。その時フィリーネは笑いながら大丈夫よ――と答えたものだが、このような事態が生じることを予想もしていなかったのだろう。
「無事を信じて待つことがお前の役目だ」
潤んだ目で私を見、声を詰まらせる。アレットは子供達を促して、この部屋を出て行った。エレーヌはフィリーネを支えながら、ソファへと座らせる。
「ジャンも上層部の方々も無謀なことはなさらないわ。フィリー、落ち着いて状況を見届けましょう」
エレーヌの言う通りだ。無謀なことはしないだろう。
だが――。
彼の性格を考えると不安もよぎる。
もう七年も前になる。フィリーネが陸軍長官と付き合っていると、エレーヌから聞かされた時には驚いた。当初は結婚に反対するつもりだった。親子ほどの年齢差がある。それに長官となるような男の妻にフィリーネが相応しいとも思えなかった。どう考えても釣り合いが取れない。いずれフィリーネが苦労して泣くことになる――だから反対だった。
しかし、エレーヌは強く二人の結婚を勧めた。そんなエレーヌに反感を抱いた程だ。
ところが、二人が私達の許に挨拶に来ることになった時のことだった。私の仕事の部下と娘の話になり、私は彼に娘と陸軍長官の交際のことを話した。その部下は偶然にも彼を知っていた。幼馴染みで、仲が良かったのだと言う。
陸軍長官がリヨン出身とはエレーヌから聞いていたが、まさかこんなに身近に知り合いが居るとは思わなかった。その部下――クロードによると、彼は工場経営者の一人息子だという。帝国大学に進学する予定だったが政府の方針で狂い、士官学校に進んだらしい。どのような男なのか聞いてみれば、一途で裏表の無い良い男だと彼は答えた。父親は学生時代に亡くなっており、その後母親が亡くなってから、リヨンの所有地を売り払ったとのことだった。そうした話はエレーヌから聞いた話とも一致していた。
『飄々としていますが良い奴ですよ』
彼から話を聞いて、少しは安堵したのも一因だろう。しかし何よりも、私は初めて会った時、考えを改めざるを得なかった。
フィリーネに語りかける時の優しげな様子――ニュースで観る時のような厳然とした態度と違う寛容さが窺えた。フィリーネも決して背伸びをして付き合っている訳ではなかった。無理をすることなく自然体で彼と接している。不釣り合いだ――そう思っていたのに、二人を見ていたら、それが吹き飛んでしまった。
むしろ、二つの歯車がぴたりと合っているようで――。
フィリーネが心を寄せた理由もすぐに解った。フィリーネの全てを包み込んでくれるような大らかで、しかしひとつ芯の通った男だった。年齢差があってもこの男となら大丈夫か――そう思えた。
だから、私達は結婚を反対しなかった。彼と会ってからは、フィリーネにとって良い出会いだったのではないか――そう思うようになった。
そしてそれは間違ってはいなかったと思う。フィリーネはいつも幸せそうだった。それに、二人の子供にも恵まれた。仕事が忙しくとも、家庭を顧みてくれるのだとフィリーネは言っていた。それを示すかのように、子供達は父親を好いている。
夫として、父親としての役割をきちんと果たす男だ。
ジャン・ヴァロワはフィリーネと子供達を不幸にするような男ではない。正義心の強い男ではあるが、無闇に命を擲つ男でもない。
だが――。
職責と秤にかけて、どちらを優先するか――。
否――。大丈夫だ。
テレビ画面に娘婿の姿が映し出される。
会議場に向かう途中のようだった。彼の前後に同じ軍服を纏った軍人達が居る。表情を窺ったが、いつもと変わらぬ様子だった。
会議場に到着すると、周囲の男達は敬礼して離れていく。彼一人だけが、扉の前に立つ。
「ジャン……!」
フィリーネは涙を流してがたがたと震えだした。