「ヴァロワ卿が引き渡し要求に応じると……!?」
  私の許にもたらされた情報に驚いて立ち上がった。ヴァロワ卿がそれを選択したいうことは、それ以外に手段が無かったのだろう。議員達の身を考えて、自分が犠牲になることに決めたのだろう。
  彼等の要求に応じることがどれだけ危険なことなのかは、ヴァロワ卿もよく知っている筈だ。彼等がヴァロワ卿を生かしておく筈が無い。
  すぐに席を立って、ヴァロワ卿の許に行った。陸軍長官室の扉を叩こうとしたところ、ちょうどヴァロワ卿が姿を現した。
「ヴァロワ卿。いけません」
  開口一番、そう言った。ヴァロワ卿は私を見つめ、最善の策だと応えた。
「ヴァロワ卿が行けば、確かに議員達は解放されるでしょう。しかし、彼等は絶対にヴァロワ卿を行かしておきません。この取引に応じることは……」
「ハインリヒ。私は取引に応じるつもりはない」
  ヴァロワ卿はそう言って歩き出す。その隣を歩くと、ヴァロワ卿は静かに言った。
「私とて命を無駄にはしたくない。私の突入と同時にトニトゥルス隊には待機を命じてある」
  陸軍参謀本部に到着する。入室すると、其処にはカーティス大将やカサル准将をはじめとするトニトゥルス隊の面々、それにヘルダーリン卿も待ち構えていた。
「ヴァロワ卿。本当に引き渡しに応じるおつもりですか?」
  ヘルダーリン卿も私と同じようにヴァロワ卿に詰め寄った。ヴァロワ卿は私に言ったことと同じことを繰り返した。

  この人はこういう人だ――危険を承知しながらも、事態解決に向けて最善を尽くす。そして一度決断したら、何を言っても聞き入れない。頑固で――。
  だが、今回はこれまでの危機をさらに上回る危機だ。クライビッヒ中将が如何にヴァロワ卿を疎んでいたことか。帝国が崩壊してからこれまでの間、憎しみを募らせてきたのだろう。そのクライビッヒ中将一派が乗っ取った会議場に一人で踏み込むのは、あまりに危険だ。

「……ヴァロワ卿。私も同行します」
  せめて二人ならば、まだ事態を解決させる確率も高くなる。それに――。
「駄目だ。それに複数となるとあちらの条件に逆らうことにもなる」
「私ならば、彼等も同行を許すでしょう。しかもどちらも彼等の恨みを買う人間なのですから……」
「クライビッヒ中将がお前の力量を知っている。知っていればこそ、それを認めはしない。この参謀本部で待機を頼む」
  私に向けてそう言ってから、ヴァロワ卿は全員に向き直った。
「用意が整い次第、私は会議場に入室する。危険だが、議員達を解放し、犯人全員を確保出来る機会でもある。カーティス大将やカサル准将とも話し合った。会議場の外でトニトゥルス隊は待機、私は通信機で彼等と交信し、中の状況を伝える。議員達の安全が確認でき次第、突入を命じる」
  ヴァロワ卿はそれだけ告げると、カサル准将を促した。カサル准将が手にしていた通信機を受け取り、時計型のそれを腕に装着する。通信テストを行い、問題の無いことを確認して、今度は自分の拳銃をカサル准将へと渡す。
「閣下。準備が整いました」
  トニトゥルス隊の隊員がカサル准将の許に寄って告げる。
「では行こう」
  まるで通常の任務に就く時のように、ヴァロワ卿は事も無げに告げる。ヘルダーリン卿は危険が及んだ時にはすぐにトニトゥルス隊に突入をと念を押した。それを聞いてから、ヴァロワ卿は部屋を後にした。
「長官。少々中座します。すぐに戻ります」
  どうしても一言伝えておきたかった。
  無論、私以上に現状を理解しているだろう。何が起ころうと平常心を保つ人だ。冷静に事態を読んでいるに違いない。
  だから――。
  だから、私が忠告することでもないが――。


「ヴァロワ卿!」
  廊下を歩くヴァロワ卿に呼び掛ける。ヴァロワ卿は立ち止まり、振り返った。
「ハインリヒ。同行は必要ないと言った筈だ」
「同行出来たら、どれほど良いかとは今でも思っています。ですが、ヴァロワ卿がそれを拒むことも同時に解っています。……私は参謀本部で待機しますが、ヴァロワ卿、これだけは言わせてください。奥方もウィリーもミリィも帰りを待っています。だから絶対に……」
  絶対に命を落とさないでほしい。
  最後の言葉は口に出さずに飲み込んだ。不吉な言葉で、口にしたくもなかった。
「当然だ。私とて死ぬ気は無い」
  ヴァロワ卿は笑みを浮かべ、さらりと言って退ける。
  命を粗末にする人ではないことはよく知っている。長年の付き合いだからこそ、今回の策も必ず成功させるだろうことも解っている。
  それでも――、不安は尽きない。
「参謀本部で待っていてくれ」
  そう言って、ヴァロワ卿は背を向けた。再び歩き出す。
  その姿が見えなくなるまで、見送った。


[2014.5.6]
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