事態は膠着した。
  司法省は犯人グループの要求には応じないと言っている。だが、海軍部で起きたファルツ准将の妻子が殺害された件を鑑みても、彼等は人質にとった議員達に危害を加えないとは断言出来ない。
  事件が発生して、八時間が経過していた。そろそろ彼等も業を煮やしてくる頃だろう。そして要求を拒否されたとなれば、人質の命を奪いかねない。
  会議場内の様子も解らない。設置してある監視カメラは襲撃を受けた時に破壊されたという。解っているのは人質に取られた議員数だけだ。敵の数さえ、推測でしかない。
  何か策は無いか――考えていたところへ、電話が鳴った。受信するとそれは議会本部からの連絡で、犯人側から要求の督促があったのだと言う。詳細な話を聞くために、其方に行く旨を告げて電話を切った。
「議会本部に行って来る」
  執務室を出て、長官室の将官達にそう告げると副官のターナー中将がお供しますと言って立ち上がる。一人でも構わないと言いかけて止めた。このような事態だ。本部内に犯人が潜んでいないとも言い切れない。
  ターナー中将と共に議会本部に行くと、其処には議員の面々と司法省長官が揃っていた。入室すると、皆、一様に此方を見る。議長は慎重な面持ちで私を見て言った。
「ヴァロワ長官……。実は犯人側から連絡があり、第3の要求を受け入れれば議員達を解放すると言ってきた」
「第3の要求……つまり、私の身柄と議員達の身柄を交換ということですね」
「議長! まさかそのような要求を受け入れるおつもりではありませんな!?」
「ターナー中将。控えろ」
「閣下!」
「ターナー中将。私達は犯人の要求を受け入れるつもりはない。安心したまえ」
  議長がそう告げると、ターナー中将は口を噤んだ。議長は此方を見て、意見を聞きたいと言った。
「犯人側はどう動くと思われる? ヴァロワ長官の見解を聞きたい」
「犯人グループは旧帝国陸軍クライビッヒ中将が首謀です。先程も報告しましたが、現在海軍部に所属する彼の元部下がクライビッヒ中将に高官に関する情報を流しました。その折に、元部下の家族が殺害されています。こうしたことから、彼等は要求を拒まれれば人質を殺害する可能性が高いと考えています」
  私の身柄引き渡しを拒んだとなれば、見せしめに議員達を殺害するだろう。被害はより拡大する。
「では……、会議場への突撃を早めた方が良いのか」
「中の状況が解らないままでは、議員達に被害が及びます。……議長、第3の要求を飲むと犯人グループに伝えて下さい」
「閣下……!?」
  周囲がざわめく。先程から考えていたが、議員達の命を守るには、これが最善策に思えた。
「私が会議場に入れば、状況が把握出来ます。その後、トニトゥルス隊と連絡を取り合い、突入を」
「危険すぎる! ヴァロワ長官、議員達の代わりに君の命を差し出すなどあってはならぬことだ」
「成功すれば、議員達の安全は確保出来ます」
「いや、駄目だ。もっと危険の少ない方法を考えよう」
  司法省長官達も私の提案は無謀だと言って却下した。暫く対策を語り合ってから部屋を去ったが、何一つ事態は解決しなかった。
「ターナー中将。カーティス大将とカサル准将を私の部屋に呼んでくれ」
  執務室に戻る途中、ターナー中将に告げると、ターナー中将は私の意図を読んだようで、要求に応じてはいけませんと返した。
「だがもう八時間を経過した。要求を飲まなければ、議員達の命を奪っていくのは明白だ。……カーティス大将とカサル准将を呼んでくれ。作戦を立てる」
「閣下……」
  執務室に戻り、会議場の図をスクリーンに映し出す。入室してすぐに銃撃されることはないだろう。そうだとしたら、議員達のうち数人は残しておく筈だ。皇帝の身柄と退路も彼等にとって必要なのだから、まだ人質は必要となる。
  それに、クライビッヒ中将のことだ。私を甚振って殺害するに違いない。そうなると、入室してからの数分が勝敗を分けることになる。身体が自由に動くうちにトニトゥルス隊と連絡を取り合い、会議場に突入する。それしか方法は無い。

  扉がノックされる。応えると、ターナー中将がカーティス大将とカサル准将の到来を告げた。二人を執務室に招き入れる。
「長官。ターナー中将より聞いたことですが、私も反対です。危険すぎます」
  開口一番にカーティス大将は言った。
「危険ではあるが、成功すれば被害を最小限に抑えられます。八時間が経過し、クライビッヒ中将もこのまま黙っている筈がありません」
「……閣下。お尋ね致します。私共とどのように連絡を取り合うおつもりなのですか?」
「私が盗聴器を持っていく。入室して、彼等とのやり取りのなかで、人数と武器数を告げる。その後、カーティス大将指揮の下で突入を頼む」
「……クライビッヒ中将の長官に対する怨嗟を考えると、入室後、すぐに銃殺される危険性があります。やはりその方法は……」
「その可能性は低いと考えています。クライビッヒ中将は残忍な一面があります。嘗て、南部でのテロ相当作戦時に捕らえた捕虜達を、腕を切り落としながらじわじわと惨殺した方です。私への恨みを考えれば、瞬時に銃殺することはないでしょう。もっと残忍な方法を考えつくかと」
「……勝算はおありなのですか?」
「九割の確率で作戦が遂行出来ると考えています。それにもし状況的に厳しいようなら、即時の突入を求めます」
「……では人数と武器数の予測といくつかの作戦案を立てます。長官が会議場に入室後、すぐにでも突入出来るよう、トニトゥルス隊には事前配備を」
  それから、カーティス大将はカサル准将に向かって言った。
「会議場付近に敵側と交渉している事務課の者達と、マスコミが居る。彼等に協力を仰ぎ、隊員のうち十人を配置。呉々も此方の動向を探られないように頼む」
「はっ」
  すぐに対応してくれるとは、流石はカーティス大将というべきだろう。確かに、今のうちから隊員を配置しておけば、万一の際にも対応出来る。
「時に大胆な行動に出ると聞いたことがありますが、本当に大胆な行動力がおありですな、長官」
「……カーティス大将。もしやその言葉は……」
「勿論、今は亡きザカ中将ですよ。綿密な計画を練るタイプなのに、時として酷く大胆な行動に出ると言っておりました。アントン中将からも同じようなことを聞いたことがあります」
  カーティス大将は嘗て私の親友だったザカ中将の先輩にあたる人物であり、アントン中将が支部長を務めたナポリ支部に在籍していたこともある。私のことはかなり前から噂には聞いていた――と、以前にも話をしたことがある。その時に、懐かしい名前が飛び出して驚いたものだった。
「長官。危険を感じたら、すぐに突入を命じて下さい」
  カーティス大将は真剣な眼差しで言った。解りました――そう応えると、彼は敬礼して、カサル准将と共に長官室を去っていった。

[2013.3.10]
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