「御自宅周辺はトニトゥルス隊のトーニ大佐達に警備させています」
「そうか。ありがとう。よりにもよってこの時期に議会占拠とはな」
「犯人はこの時を狙っていたようです。閣下の身柄の引き渡しを要求するということは守旧派の残党なのでしょうから……」
   警備が緩む時を見計らっていたのだろう。迂闊だった。最近は彼等に目立った動きは無いとはいえ、休暇を挟む時には細心の注意を払わねばならなかったのに。

   本部に到着すると、将官達が慌ただしく省内を行き来していた。長官室には副官以下、全員が集っている。状況を問うと、副官が説明してくれた。
   今より一時間前、会議場が襲撃を受けた。衛兵達が交替した一瞬の隙を突いたらしい。会議場内には議員が11名、内務省の速記官が2名居た。全員が捕らわれているが、死傷者は居ないとのことだった。
「首相の安否は?」
「現在、首相は公邸に控えてらっしゃいます。トニトゥルス隊のマイヤ中佐が護衛の任務に当たっています」
「……そうだな。カサル准将、君も公邸に行ってもらえるか? 守旧派が狙うのは私ばかりではあるまい。首相の身も危険だ」
「閣下。私はカーティス大将閣下からの命令を受けて、閣下を護衛しております。守旧派残党による犯行ならば、第一に危険であるのは、当時、陸軍の指揮を執ってらした閣下、第二に皇帝の身柄を確保したロートリンゲン大将閣下、カーティス大将閣下はそう仰っていました」
「カーティス大将が?」
「はい。カーティス大将閣下が首相とお話になったうえで、私が閣下の護衛に就いた次第です」
「そうか……。ではロートリンゲン大将は? 参謀本部に居るのか?」
「いいえ。それが先程漸く連絡が取れたところです。すぐ本部にいらっしゃるとのことでしたが、奥方の御実家にいらっしゃるとのことで少し時間がかかるとのことでした」
   クリスマス休暇には夫人の実家に行くということを私も聞いていた。今年はハインリヒの許に長男が誕生したから、長男を連れて奥方の実家で過ごすと言っていた。奥方の実家は帝都にあるとはいえ、かなり奥まった所に位置しているから、到着にはまだ時間がかかるだろう。
「ロートリンゲン大将閣下の許にもトニトゥルス隊のカール中佐が向かっております。途中でロートリンゲン大将閣下と合流することになっております」
「解った。報告ありがとう」
   カサル准将は敬礼で応える。先に聞いた状況報告によると、人的被害はまだ出ていないということになる。あとは現場での交渉次第か。
「参謀本部に行く。何かあれば其方に連絡を」
   副官のターナー中将に告げて、カサル准将と共に参謀本部に向かう。
   ひとつ下の階にある参謀本部にはカーティス大将以下、将官が全員揃っていた。
「閣下」
   将官達が此方に気付いて敬礼する。敬礼を返して、カーティス大将の許に歩み寄ると、彼の許には既に何枚もの資料が集められていた。
「長官。御無事で何よりです。ちょうど今、犯人側の詳細な資料を入手しましたので、長官室に伺おうと思っていたところでした」
   カーティス大将は私より三つ年上で、軍務局司令官のアルベルト大将の推薦を受けて、参謀本部長となった人物だった。ウールマン大将の退官後の人事だった。当時はまだ中将ではあったが、戦略・戦術に長けた人物だと、軍務局司令官に就任したアルベルト大将が私に推薦してきた。功績を確認すれば、確かにこれまで眼を留めなかったことに疑問を呈した程だった。そして、参謀本部長となってからも此方が期待していた以上に、万事において迅速に対応してくれる。
「相変わらず素早い」
   そう称賛すると、カーティス大将は事件が勃発した時、ちょうど参謀本部に居たのですよ――と言った。
「休暇前にやり残した仕事がどうも気にかかって。まさかこの事態となるとは思いませんでしたが」
   此方の資料を、とカーティス大将が書類を差し出す。それを見て言葉を失った。カーティス大将がカサル准将に私の護衛を命じた理由も解った。
「首謀者はクライビッヒ中将ということでしたか……」
「今はクライビッヒ大将のようですよ。いつ大将に昇級したか、私も知りませんが……」
   旧帝国軍の大将の章を身につけています、とカーティス大将は拡大した写真を提示した。そのクライビッヒ大将は少し老けたように見えたが、当時と変わらず悪辣そうな顔をしていた。
「長官の身柄を要求している通り、彼等の狙いは皇帝の奪還もありますが、長官の命も同時に奪うつもりです。ですから、解決するまでは長官室でカサル准将と共に待機なさっていてください」
   確かにクライビッヒ中将は私の命を狙うだろう。しかしクライビッヒ中将は収監されていた筈――。
   否――。
「そうか……。刑期が明けたのですね」
「はい。ちょうど半月前に。その頃から、今回の件を準備していたのでしょう」
   迂闊だった。刑期に注意を払っていなかった。
   今回の一件、考えれば考えるほど、私の不注意が重なったものだ――。
「長官……?」
「カーティス大将。作戦案は立てていますか?」
「二案上がっています。会議を招集しましょうか?」
「お願いします。参謀本部将官、軍務局将官……」
   失礼します――と背後から声が聞こえた。扉の向こう側に控えていたカサル准将だった。
「ロートリンゲン大将閣下が襲撃を受けたとのこと。現在、カール中佐と合流して此方に向かっています」

   ハインリヒが襲撃を受けた――。
   私よりもハインリヒの方に危険が及んだのか。
「無事なのだな?」
「はい。御車での移動中に銃によって襲撃されたとのことです。窓の破裂による裂傷を負った模様ですが、重傷ではないとのことでした」
   その報告から十分が経った頃、ロートリンゲン大将閣下が到着なさいました――と報告があった。
「ロートリンゲン大将からも事の詳細を聞きたい。此方に呼んでもらえるか?」
   カサル准将に告げると、一礼して退室する。しかしその扉が再び開いた。
「失礼します」
   ハインリヒだった。私服姿だから、邸に戻らず此方に来たのだろう。
「私服で申し訳ありません。邸に寄らず、此方に来た方が良いと判断しましたので」
「構わんよ。怪我は大丈夫か?」
「ええ。手を少し切っただけです」
   ハインリヒの右手にはハンカチが巻かれてあった。フロントガラスの破片で傷付けたのだという。
「何処から情報が漏れたのか解りませんが、妻の実家を出て十分ほど走行したところで、両脇から襲撃を受けました」
   状況を聞くと、ハインリヒでなければ危険を回避出来なかったのではないかと思えてくる。身を守るだけでも大変だっただろうに、ハインリヒは車のナンバーも憶えていた。カーティス大将はそれを記録する。
「車の所有者を調べましょう。此方が現在までに把握していることです。……それにしてもロートリンゲン大将、御無事で何よりでした」
   カーティス大将もハインリヒの単独での応戦には驚いたようだった。
   ハインリヒが到着したことで、主な将官は全員揃った。これから作戦を練らなければならないが――。
   危険は回避出来ないだろう――そう思う。


[2012.12.28]
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