今年は子供が産まれたから、クリスマスは義父も交えて過ごすことになった。私とエミーリアの長男として産まれたユーリは、漸く首が座ったばかりではあったが、よく笑う子だった。ユーリが笑うたび、義父もその顔にいくつもの皺を刻ませて喜ぶ。父上や母上が生きていたら、同じように喜んでくれただろうな――義父の姿を見ながら、ふとそんなことを考えていた。
   機嫌良く笑っていたユーリが愚図り始める。祖父の腕の中から、エミーリアの方に小さな手を伸ばす。エミーリアはユーリを抱き上げて、お腹が空いたのね――と言った。どうやら授乳の時間らしい。
   愚図るユーリを連れて、エミーリアが部屋を出る。義父は嬉しそうな表情のまま、日に日に大きくなっていくな――と言った。
「ええ。あっという間に大きくなっていくようです」
「ますます可愛くなっていくのだろう。楽しみだ」
   義父はそう言って眼を細める。そうした表情を見ていると、こうして共に休暇を過ごして良かったと思える。それに私自身も、今回の休暇では久々にユーリとゆっくり過ごすことが出来た。
   暫くすると、エミーリアとユーリが部屋に戻ってくる。ユーリは私の姿を見つけると、小さな手を伸ばしてきた。おいでと手を差し出すと、その身体を此方に傾ける。
   ユーリは満足げな表情をして、欠伸を漏らす。満腹になったら眠くなってきたのだろう。
「ロイに抱かれると安心するのか、すぐに眠ってしまうのよね」
   エミーリアが腕の中を覗き込むながら告げる。ユーリの大きな眼が次第にとろんと微睡みを帯びていく。そっと背を摩ると、完全に眼を閉じて眠りにつく。
「おや、本当だ。眠ってしまったな」
「いつもそうなのよ。夜中に愚図ってもロイが抱くとすぐに……」
   その時、私の側で携帯電話が鳴った。頼むと告げると、エミーリアがユーリを受け取る。そしてポケットから携帯電話を取り出した時、参謀本部からの緊急連絡であることに気付いた。非常用回線を使用しているということになる。何か起きたのだろうか。
「もしもし、どうした?」
   応えると、副官の中将が休暇中に申し訳ありませんと前置いてから言った。
「旧帝国軍残党により、議会が占拠されました。彼等は議員達の身柄を盾に、条件を提示しています」
   要求の一つめは皇帝を解放すること、二つめは政府専用機の用意、そして三つめは――。
「何だと……?」
   ヴァロワ卿の身柄引き渡しを求めていると言う。副官の中将は、すぐ此方にトニトゥルス隊のカール中佐を向かわせることを告げた。私自身にも危険が及ぶことを考えてのことのようだった。
「……解った。今からすぐ其方に向かう。ああ、いや、大丈夫だ。カール中佐とは途中で合流することにしよう」
   兎に角、今すぐ軍本部に行かなければならない。此処から本部までは車で二時間を要する。カール中佐の到着を待っていては遅くなる。
「ロイ……? 何かあったの?」
「ああ。済まないが、今から軍本部に向かう。義父上、申し訳ありません」
「いや。急な仕事なら仕方が無い。すぐに運転手に用意させよう」
「いいえ。私一人で行きます。義父上、旧帝国軍の残党絡みの事件が生じました。万一の事態に備えて、此方の警備強化をお願いします。それからエミーリア、事件が解決するまでは外出を控えてくれ」
   義父は驚きを隠せない様子だったが、すぐに頷いて、部屋にある電話の受話器を取った。警備担当者に連絡を取ってくれたようだった。エミーリアは私を見上げ、大丈夫なの――と不安げに問い掛ける。
「ああ。心配無い。此方から連絡するまでは、此処に居てくれ。義父上と一緒に居てくれるほうが安心する」
   エミーリアは納得した様子で頷いた。それから部屋を退室して、駐車場へと向かう。執事のグラントが上着と鍵を渡してくれる。それらを受け取って、車に乗り込んだ。
   旧帝国軍の残党によって議会が占拠されるとは予想していなかった。旧帝国軍の残党については、常日頃から陸軍参謀本部のカーティス大将と共に動向を窺っていた。このまま大人しく引き下がることもないだろう――そう思ってはいたが、まさかこのように大胆な行動に及ぶとは思わなかった。
   しかもヴァロワ卿の身柄を要求してくるとは。


   車に取り付けた通信機が鳴る。応答すると、カール中佐の声が聞こえて来た。
「閣下。ヴァロワ陸軍長官閣下が無事、本部に到着なさいました」
「そうか。私も今、本部に向かっている。出来るだけ急いで……」
   奇妙な気配を感じて辺りを見渡した。私の車を追う黒い車が見える。目視の限りでは一台だが――。
「閣下。何か御座いましたか……?」
「私の車を追ってくる車が居る。ナンバーは……」
   ルームミラー越しに銃口が見えて、ハンドルを切る。キキッとタイヤが音を鳴らした。
「閣下! どうなさいました!?」
   次の瞬間、銃撃が開始される。ハンドルを何度も左右に切った。もう少し進めば大通りに出る。大通りを進んでから、小道に入る方が宮殿への近道ではあるが、この状態では大通りを避けた方が良さそうだ。
   人気の無い小道に入る間際、追って来る車が三台に増えた。どうやら周到に準備していたのだろう。4つの銃口が此方に向けられる。タイヤを撃たれたら、取り囲まれる。何度も激しくハンドルを切った。五発の銃弾が窓ガラスに食い込む。
「閣下! どちらを進んでおられますか!? 出来るだけ、通行量の多い場所をお選びください! そうすれば……」
「駄目だ。敵が既に議会を占拠したのなら、場所も考えず、銃口を向けるだろう。一般人に被害が及ぶ」
「しかしこのままでは……!」
   突然、前方の脇道から、一台の車が躍り出る。窓から銃口が伸び、咄嗟に身体を伏せた。バンという銃撃音と共に、灼熱感が頭を覆った手に伝わりくる。前方に歩行者が居なかったのは幸いだった。体勢を低めたまま自動運転に切り替えて、拳銃を取り出す。並走する車に向かって、2発を撃ち放つ。相手の銃口を狙ったが、少し反れてしまった。それでも怯ませるには充分だったようで、車との距離が開いていく。
   だが、背後からの銃撃は続いていた。
   再び手動運転に切り替えて、加速する。閣下、閣下と通信機からカール中佐の声が繰り返していた。
「無事だ。今、国道1号線の側道、グルツヘル通りの小道を走行している」
「閣下の居場所を検知しました。今、其方に向かっています。同じ通りに入りましたので、五分もすれば合流出来ます」
「今、敵は私の背後を走っている。合計三台だ。カール中佐の車が確認出来たら、私は車を降りる。其方に移るから、その間の援護を頼む」
   先程の銃撃でエンジンに被弾した。計器類は異常を知らせ続け、避難を求めている。カール中佐が近くに来ていたことは幸いだった。
「解りました」
   このエンジンの状態で速度を上げることは危険であることは承知している。だが、少しでも止まれば忽ち銃弾の雨が降り注ぐ。いざとなれば、車が爆発する間際に飛び降りようとも考えていた。


[2013.1.27]
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