クリスマスの願い



「リヨンってもっと寒いの?」
   リビングの窓辺にある椅子に腰を下ろした義父に、ウィリーが問い掛ける。義父は眼を細めて、此処より大分寒いぞ――と応えた。
「雪は? いっぱい積もるの?」
   ミリィの問い掛けに、義父はゆっくりと頷く。
「来年はリヨンに遊びにおいで」
「うん!」
   二人は嬉しそうに頷いた。私の傍らで昼寝を決め込んでいたヴィクターが、ぴくりと耳を動かす。ウィリーが窓辺に行ったことに気付いたのだろう。庭で遊びたいらしく、ウィリーの側に歩み寄って尻尾を振る。
「ちょっとだけだよ、ヴィクター」
   ウィリーはそう言って窓を開け、ヴィクターを外に出す。私も――とミリィも庭に出る。その後を追いかけるようにウィリーも外に出た。
「元気が良いな」
「毎日この調子ですよ。先日、ウィリーは幼稚園から泥だらけになって帰ってきました」
「君の方は毎日忙しいのか? 今回のように数日休暇が取れることがあるなら、リヨンに来れば良いのに」
「ありがとうございます。今回は人事委員会からの勧告もあって、休暇を取ることが出来たのですよ。残業が多すぎると指摘を受けまして」
   庭ではウィリーが投げたボールをヴィクターが取りに行くという遊びが繰り広げられていた。ヴィクターは取ったボールをミリィの許に運んでいく。すると今度はミリィがボールを投げる。
「陸軍長官ともなると休む間も無いのだろうな。しかし身体には気を付けねば」
「はい。……もう少し将官が増えれば休暇も増えるのですが」
   義父のことをフィリーネは厳しい人だと言っていたが、話をすれば解り合える人だった。少し古風な考えを持った節はあるが、取り立てて気難しい人でもない。
「そうだ。先月、クロードと顔を合わせる機会があってな。久々に君に会いたいと言っていたぞ。何でも同窓会を開くと言っていたが……」
   クロードは高校時代の同級生だった。軍人となってからはリヨンに帰る機会も減って、クロードと会うこともなかった。それがフィリーネと結婚する折、クロードが義父の部下であったことが判明した。まさかクロードが市役所で働いていたとは知らなかったから、結婚式のパーティ会場で再会した時には驚いた。
「リヨンに行った時にはクロードにも会いたいものです」
   クロードと会った時も、今度の同窓会には顔を出せよ――と言われたものだった。あれ以来会っていないが、一度腰を落ち着けて話をしたいものだと思っていた。
「珈琲淹れたわよ。静かだと思ったら、子供達は外なのね」
   フィリーネが珈琲を持って来てくれる。その後に続いてアントン中将夫人と義母が菓子を持ってきてくれた。
「子供達だけで遊ぶのも良いわよ。ジャンも偶にはゆっくり休みたいでしょう」
   独身の頃は、家に子供が居るとなると落ち着かないだろうなと思っていた。ところが、自分が子供を持つようになってからは、まったく違う感情を抱くようになった。仕事から帰宅して、ウィリーやミリィがお帰りなさいと玄関に駆け寄ってくる姿が可愛いらしくて仕方無い。それこそ疲れも吹き飛ぶようだった。
「フィリーに聞いたのだけど、帰宅も遅いのですって? 身体には気を付けなくては駄目よ」
   義母が皿にケーキを載せて此方に渡しながら告げる。何時頃に帰宅するの――とアントン中将夫人が問い掛けた。
「大体……、日付の変わる頃です。早ければ9時頃に帰宅できますが……」
「本当、忙しいのね。休みもあまりないようだけど……」
「人事院から勧告があったので、今後は少し休みが取れると思います」
   そう話していたところへ、子供達が戻って来る。一気に部屋が賑やかになる。ミリィは私の側にやって来て、膝の上を所望した。小さな身体を抱き上げて、膝上に座らせると、此方を見てヴィクターの話をする。その話にウィリーも加わってくる。
「ヴィクター、遊ぶのに疲れるとボールを隠すんだよ」
   当のヴィクターはフィリーネの側に行き、ミルクを貰っていた。子供達を中心に、大人達が会話を始める。義父も義母もアントン中将夫人も子供達をとても可愛がってくれている。フィリーネは久々にこうして義父達と集まって良かったのかもしれない。

   今からひと月前、クリスマス休暇が取得出来ることが決まった。子供達は喜び、何処かへ行きたいとはしゃぎ、リヨンとナポリに行こうという話も浮上した。リヨンとナポリは遠く、三日間では移動だけに時間を費やしてしまうことになる。
   そのため、今回は義父達を自宅に招待することにした。客間がひとつあり、いざとなればソファもベッドに代用できる。三人ならぎりぎり宿泊可能だろうし、もし手狭であればホテルを予約しよう――フィリーネと相談してそうすることにした。

「あとでお散歩に連れて行って」
   ミリィが此方を見上げながら言う。解ったと応えると、ウィリーも嬉しそうに公園に行きたいと言った。
「ではヴィクターも連れて……」
   不意に携帯電話が胸元で鳴った。画面に表示されたのは長官室の番号だった。
「ミリィ。済まないが、少し退いてくれ」
   ミリィが膝の上を降りてから立ち上がる。通話ボタンを押して部屋を出ると、閣下と当直の少将の声が聞こえた。
「どうした? 何かあったのか?」
   休暇に軍から連絡があることは滅多に無い。特に今はクリスマス休暇で、軍務省だけでなく他省も臨時業務しか行っていない。陸軍長官室も当直の少将が1人と准将が2人で、万一の事態に備えていた。
「長官。休暇中に申し訳ありません。大変な事態が起こりました。会議場が占拠され、議員達が人質に取られました」
「何……?」
「犯人達は帝国軍を名乗り、要求をつきつけています。要求の一つめは皇帝を解放すること、二つめは政府専用機の用意、そして三つめに長官の身柄を要求しています」
「……守旧派の残党か。解った。すぐに私も其方に向かう」
「先程、カサル准将と三名のトニトゥルス隊隊員達を御自宅に向かわせました。長官、何が起こるか解りませんので、隊員が到着するまでは御自宅でお待ち下さい」
   会議場が占拠されるとは――。
   今日開かれている会議ということは、税制委員会だろう。本来は休暇となる前までに決議を出す筈だったが、会議が紛糾して、期間が延長されることになった。それに伴って、会議場の警備も編成し直したのだが、それでも隙があったのだろう。
「フィリーネ」
   部屋に戻り、フィリーネを呼ぶ。部屋の外に出て、これから出勤する旨を伝えると、フィリーネも流石に驚いてどうしたの――と言った。
「会議場で問題が起こった。おそらくマスコミも報道し始めるだろうが……。議会が占拠されてしまったんだ。すぐに本部に行かなくてはならない」
「議会が……? 解ったわ。帰りは……いつになるか解らないのね?」
「済まない。それから今日は出掛けないようにしてくれ。警備システムも強化しておく」
   私の身柄を犯人側が要求しているとなると、家族に危害を加える可能性もある。少将がカサル准将達を迎えにやるぐらいだ。事態は切迫しているに違いない。
「ジャン……。何が起こったの……?」
   私の不安を察知してだろう。フィリーネは心配そうに私を見上げた。
「大丈夫。いつも通りだ。休暇は台無しになってしまったがな」
「それよりもジャン、気を付けてね。約束よ」
   フィリーネは私を抱き締め、軽く口付けた。それに応えて、此方からも口付けてから、二階の自室に上がる。さっと軍服に着替えて、身支度を整える。窓の外を見ると、カサル准将達の姿が見えた。
「お父さん! これからお仕事って本当なの!?」
   程なくして、子供達が階段を上がってきた。
「ああ。ごめんな。また改めて休暇を取るから……」
「お散歩約束したのに……」
「ごめん。今回の仕事を終えたら散歩に連れて行くから……」
   こればかりはもうひたすら私が謝るしかない。仕事ばかりで家庭のことを顧みていないと後ろ指を指されても仕方の無いことだった。実際、家で過ごす時間より職場で過ごす時間の方が長いのだから。
   項垂れた子供達に今日は外に出ないよう告げてから、階段を下りる。ちょうど呼び鈴が鳴った。廊下に現れたフィリーネに私が出ることを伝える。義父達も廊下にやって来た。
「すみません。急に仕事が入ったので出掛けます」
   義父達にそう告げると、気を付けるのだぞ――と義父が言った。それに応えてから、扉を開く。
「閣下」
   カサル准将が一礼する。行こうと促すと、早く帰って来てね――とミリィの声が聞こえた。
「ああ。出来るだけ早く帰るよ」
   それに応えてから、扉を閉める。


[2012.12.26]
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