「これにて国際会議を閉会します」
   閉会宣言が出され、常備軍会議に続く二日間の会議日程が終了する。終戦後の大規模な会議はこれが初めてだったが、会議自体は無事滞りなく執り行われた。
   ただ、昨晩の事件のみが尾を引いていた。
   特にロイはあれ以来、悩んでいるようにも見える。
「宰相。お忙しい御様子ですが、今後も期待していますぞ」
   スウェーデン王国の宰相が声をかけてくる。ありがとうございます――と礼を述べて握手を交わすと、カサル准将が歩み寄って来た。秘書官のヘルムートがそろそろお時間です――と私を促す。
「解った。飛行場に行く前にファイサル大統領に挨拶をしてくる」
   ファイサル大統領は目と鼻の先に居た。 今、この場では帝国の宰相として新トルコ共和国の大統領に声をかけておく必要があった。その側にはレオンとムラト大将の姿がある。
   此処は公式の場であるから、レオンと私的な会話を交わすことは出来ない。時間が取れたら会って話をしたいと思っていたが、そうした時間を作る間も無かった。昨晩、少し言葉を交わしただけとなった。
「ファイサル大統領」
   側に控えていたムラト大将が私を見て、目礼する。私がファイサル大統領の側に行ったことで、マスコミ達も一斉に此方に注目した。
「私達はこれで失礼させて頂きます。このたびは実りある会議の開催をありがとうございました」
「今後の帝国の発展に期待しています。ロートリンゲン宰相」
   握手を交わし合うと一斉にカメラのフラッシュが瞬く。此方を見ていただけますか――との彼等の要求に応じて、ファイサル大統領とマスコミの方に顔を向ける。
   その後、マスコミの質問をいくつか受けてから、飛行場に向かった。今回はロイも艦隊を引き連れていなかったため、共に帰路に着くことが出来た。


   会議が終わったと思って気が抜けたのか、機内に搭乗するとどっと疲労が押し寄せてくる。昨晩から少し発熱していた。微熱程度で、今朝は下がっていたから会議には出席出来たが、また上がってきたのかもしれない。身体が重い。
   チュニスの資料に眼を通したいと思っていたが、休んだ方が良さそうだ――。
「閣下。お顔の色が優れない御様子ですが……」
   ヘルムートが気遣わしげに私に告げる。少し休むと返すと、医師を呼んで来ましょうと言って立ち上がった。
   復職してから、こうした外遊の時には医師に随行してもらうようになった。そしてその医師には、嘗て皇族侍医を務めていたアドルフ・ベッカーを起用した。
「失礼します、閣下」
   ベッカーがやって来る。体調が優れないことを伝えたところ、彼はすぐに診察してくれた。予想した通り、熱がまた上がってきたようだった。
「到着までの間、座席を倒してお休み下さい。御無理をなさってはいけませんよ」
「解った。無理をしている気は無いのだがな。……やはり皆と同じように動くことは出来ないようだ」
   ヘルムートもロイ達も昨晩は殆ど休んでいない筈だ。それなのに疲労の色さえ見せていない。
   解ってはいるが、私の身体は皆と違うのだと気付かされる。
   ベッカーは私の左腕に点滴を施した。幸いにして熱は微熱という程度だった。機内でゆっくり休んで少し体調を戻し、到着したらオスヴァルトに今回の会議とチュニスの件を話してから帰宅しよう――そう考えて、眼を閉じた。





「では眠っているのか?」
   医師のベッカーがルディの居る特別室に向かったから何かあったのかと問い掛けたところ、ルディが発熱していることを告げられた。
「はい。投薬を受けながらお休みいただいています」
「そうか……。ありがとう。疲労が出たのかもしれないな」
「あの、閣下は右手の調子は如何ですか? 現地医師の診断によれば複雑骨折とのことですが……」
   ベッカーは心配気に俺の右手を見遣った。朝、病院を出るまでは固定していたが、会議の時には大仰に見せたくなかったため、それを取り去っていた。
「薬を飲んだから痛みは無い。帰ったら改めて病院に行くつもりだ」
「そうなさって下さい。もし痛みが出ましたら処置致しますのでいつでもお呼び下さい。それから閣下、右手を動かされないようにきちんと固定を」
   ベッカーはそう言い残して、自分の席に戻っていった。固定すると煩わしいから、そのままにしてあったのだが――。
「骨は凝としていないと治らないぞ。ハインリヒ」
   俺の席からふたつ席を空けたところにヴァロワ卿が着席している。此方の話を聞いていたのだろう、ヴァロワ卿は俺を見て言った。
「利き腕なので不便なことこの上無いですよ」
「そうだろうな。複雑骨折となると……完治までに時間がかかると言われなかったか?」
「……まだ確定ではないのですが、医師には手術を受けた方が良いと言われました。どうも悪いところを骨折したようで……」
   帰宅して、もう一度診察を受けてから決めようと思っていた。昨日診てもらった医師には、この骨折ではずっと痛みが残るだろうと告げられた。確かに今は、薬が切れると痛みが押し寄せてくる。しかし手術を受ければ、痛みは無くなり、完治も早いらしい。
「相当酷い状態だったのだな」
   ならばきちんと固定しておけ――とヴァロワ卿は促した。渋々固定具を取り出して、首から腕を吊す。
   ルディが宰相となってから初めての国際会議で、まさかこのようなことになるとは思わなかった。
   それだけ、帝国復興を掲げる者達が手強いということか――。



「もう今日はこのまま帰宅しろ。報告なら私が済ませておく」
   着陸するとヴァロワ卿はそう言って俺を促した。しかし常備軍会議の海軍部での報告もある。そのことを告げると、コールマン少将が居るだろう――と彼を見遣って言った。
「お前も重傷だ。宰相と共に今日は帰った方が良い」
   ルディは秘書官と何か話をしていた。顔色もあまり良くないから、このまま帰宅するのだろう。
   そして俺も先程から少し手が痛んできた。
「ではそうさせて頂きます。コールマン少将、長官への報告を頼めるか?」
「はい。閣下」
   そうして空港までケスラーに迎えに来てもらい、ルディと共に帰宅の途に着いた。俺の手を見てミクラス夫人は驚き慌て、またルディの体調が悪いこともあってすぐにトーレス医師が呼び出された。ルディの処置のあとで手を見てもらったが、包帯を解くと腫れの酷い状態が露わとなって、そのままトーレス医師と共に病院に向かうことになってしまった。


[2012.8.16]
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