カール中佐に手を借りて、屋上に戻って来た時には既に銃撃戦は終わっていた。
   敵の数は36名、そのうち14名を射殺、21名を捕縛、1名は転落――たった二十分程の出来事だったが、随分と長く感じられた。
「危険を冒すにも程があるぞ」
   トニトゥルス隊に指示を出し終えたヴァロワ卿が厳しい顔で俺に言った。
「すみません。御心配をおかけしました」
「その言葉は宰相に。顔面蒼白になっていたぞ」
   ルディはトニトゥルス隊に囲まれていた。俺が近付くと、酷く怒った顔で危険なことを――と言った。
「すまない。心配をかけた」
   ルディは何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。皆の前だと場を弁えたのだろう。程なくして避難用のヘリが到着し、ルディと秘書官、それにカサル准将と隊員10名を先に避難させた。ヘリは10分程で此方に戻ってくると言う。
「此方も負傷者を5名出している。幸い、重傷者は居ないが……」
   ヴァロワ卿は銃を収めて言った。
「ところでハーメル少将と呼んでいたが……」
「ええ……。士官学校時、二級上の上級生でした。陸軍部の兵務課に所属していた筈ですが……」
「その男が首謀か?」
「おそらくは。このなかで最上級の者でしょう。背後に誰かが居るとしても、今回の指揮はおそらく……」
「閣下。武器を押収しました」
   隊員の一人が報告する。ヴァロワ卿は解ったと頷いた。そのとき再びヘリがやって来た。
「鎮火するまでの間、一時此処を撤退する。怪我を負っている者を先にヘリの中へ」
   トニトゥルス隊の隊員達は手慣れた様子で、足を撃たれた隊員一名を乗り込ませる。その後、ヴァロワ卿と俺がヘリに入ることになった。
「……っ!」
   ヘリに搭乗しようとドアに手をかけた時、激痛が走った。咄嗟に手を放す。
「ハインリヒ? どうした?」
   頭上からヴァロワ卿が問い掛ける。激痛の走ったのは右手だった。おそらくハーメル少将の手刀を喰らった時に傷めたのだろう。
「閣下。もしや手を傷めましたか?」
   カール中佐が問い掛ける。大丈夫だ――と応えると、腫れているではないですか――と彼は言った。
「後で手当を受ける。まずは此処から避難するぞ」
   右手の代わりに左手でドアを掴み、身体を押し上げる。ヴァロワ卿の隣に腰掛けると、傷めたのか――とヴァロワ卿は言った。
「ええ、少し。あとで処置を受けます」
「これで負傷者6名か」
「私の怪我は大した怪我ではありませんよ。報告の必要は……」
「お話の途中失礼します、閣下。これで右手を冷やして下さい」
   カール中佐が冷却シートを差し出す。礼を述べて受け取り、軍服の袖を捲ると、酷く腫れ上がっているのが解った。
「……大した怪我ではないとは言わんぞ。骨折したのではないか?」
   冷却シートを貼るという単純なことにさえ激しい痛みを覚えた。少し触れただけで、全身に痛みが走る。
   これはヴァロワ卿の言う通りかもしれない。右手を骨折したのかもしれない。
「病院に行った方が良い。酷い状態ではないか」
「……そうします」
   避難場所に到着するとルディ達が其処で待ち受けていた。ホテル側の支配人と――、驚いたことにレオンが居た。
「ヴァロワ大将、ロートリンゲン大将、このような事態を招いてしまい申し訳無い。代わりのホテルは手配しておいたので、其方に移って頂きたいのですが……」
「攻めてきたのは旧帝国軍の残党のようです。貴国に非がある訳ではないのでお気になさらず」
   ヴァロワ卿がそう応える。秘書官と共にレオンの背後に居たルディが先程から咳き込んでいた。この騒ぎもあって本格的に体調を崩してしまったのかもしれない。
「怪我人はあちらに。すぐに病院に搬送します」
   そう言ってから、レオンはルディの方を振り返る。本当に大丈夫なのか――心配そうに声を掛ける。
「ハインリヒ。宰相を連れてお前も病院で手当をして来い。事後処理は済ませておく」
「ですが……」
「その右手では何も出来まい。それに宰相が体調を崩したとあっては、明日の会議に支障が出る」
   確かにルディの体調も気にかかっていた。今日は空気の悪い場所に行っていたというし、殆ど休んでいないから疲労も溜まっているだろう。
「では申し訳ありませんが、宜しくお願いします」
「会議前に連絡をいれる」
   そうしてヴァロワ卿と別れ、ルディや負傷した隊員達と共に病院へと向かった。レオンは事後処理に立ち合うとのことで、ヴァロワ卿と何か話し合っていた。


「大丈夫か? 右手は」
   ルディは心配そうに俺の右手を見遣って尋ねた。時間が経つごとに痛みは増していたが、素直にそう告げるとルディをまた心配させてしまうことになる。だからそのことは黙っておいた。
「ああ。おそらく捻挫だろう。大事を取って診て貰うだけだ」
   幸い、隊員達は皆、銃弾が掠っただけの軽傷だった。
   一方、俺の手は複雑骨折を起こしていた。道理でこんなに腫れ上がる筈だ。
   結局、 手は固定されてしまい、痛み止めを処方してもらった。そしてルディは案の定、発熱していて、今日はこのまま二人で病院に留まることになった。
「……ロイ。知っている少将だったのか……?」
   ルディは既にベッドに横たわっていたが、俺はまだルディのベッドの側に腰掛けていた。ルディが何気なく問い掛けてきた。
「士官学校で組み手の試合があった時、難儀した相手なんだ。割と俺は誰と対戦しても苦戦することが無かったのだが、ハーメル少将には手こずって……」
「そうだったのか……」
「ルディ。もう休んだ方が良い。俺ももう休む」
「ああ。お休み」
   そう促したものの、俺は眠ることが出来なかった。眼を閉じれば、あの光景が浮かび上がってくる。
   ハーメル少将の手を放してしまったあの瞬間、そしてハーメル少将の身体が大地に叩きつけられた瞬間――。
   力無く跳ねあがった身体――。
   俺は手を放してはならなかったのに――。


[2012.8.15]
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