「何だ……?」
   警報機が鳴り響いていた。すぐに起き上がって着替え、軍服の上着を手に取る。ルディの部屋の前ではカサル准将が扉を叩いていた。
「カサル准将。何が起こったのか調べてきてくれ」
「はっ」
   カサル准将が応えた時に、部屋の扉が開いた。ルディはガウンを羽織った姿で現れた。
「ルディ、すぐに着替えろ。何か起こったようだ」
「解った」
   俺が軍服を着ていたことからも、状況を察したのだろう。ルディは頷いて、着替え始めた。カサル准将が戻ってきたのはその時だった。
「5階で火事が起こった模様です。既に消火活動を始めていますが、火の勢いが強いとのこと。此処は最上階の35階ですので、屋上に避難をとホテル側の指示がありました」
「屋上か。解った。トニトゥルス隊は全員揃っているか?」
「既に部屋の外に待機しています」
   火事に乗じて、何か起こらないとも限らない。程なくしてルディが着替えを済ませて部屋から出て来る。そのルディをトニトゥルス隊が囲むようにして、廊下を進んだ。

「宰相! ハインリヒ!」
   ホテル側の誘導にそって、非常階段を上がろうとしていた時、ヴァロワ卿と将官達がやって来た。どうやら、ヴァロワ卿達も屋上への避難を求められたらしい。
「あと数分で救助ヘリが参ります。屋上にお早く」
   ホテルの従業員が促した。階段を上りきり、その男が屋上に繋がる扉を開く直前、トニトゥルス隊の隊員が銃を構え、警戒態勢に入った。三人の隊員が先に屋上に進む。
「何者かが居るぞ!」
   そのうちの一人が叫んだ。刹那、銃声が飛び交う。別の隊員がすぐにルディの周囲を取り囲む。一人二人の不審者かと思ったら――、違った。
   この時になって気付いた。
   火事は彼等によって故意に引き起こされたのだろう。そして、この騒ぎに乗じて、屋上に上って待ち伏せた。今、此処には一部隊を形成出来るだけの人員が銃を構えていた。
「カサル准将、兄を頼む」
「はっ」
   ルディと秘書官を取り囲むようにトニトゥルス隊の5名が取り囲む。その外側を将官と残りのトニトゥルス隊が配置する。トニトゥルス隊の隊員が20名、そのうち3名は既に奥で交戦中だった。敵の数は35名程だろうか。
   睨み合いとなったのは数分だけだった。敵から放たれた一発の銃弾が始まりの合図となった。
   銃弾の雨が降り注ぐなか、トニトゥルス隊の3名を率いて、前方に向かう。敵の注意を惹きつけて、彼等の集団を拡散させる。ヴァロワ卿は後方に回っているだろう。銃弾を紙一重で避けながら、敵の許に向かう。五発を撃ち放ち、5人の戦闘能力を奪う。
「奥は制圧しました」
   先に屋上に入った3人の隊員が戻ってきて、此方の援護に回る。ざっと見たところでは、此方が優勢のようだった。あと半数、敵が残っているから――。
「閣下!」
   横合いから敵が銃口を向ける。咄嗟にその銃を撃ち払ってから、体当たりする。男はナイフを持っていた。おまけにこの男、力が強い。
   ナイフを奪い合いながら、動く。蹴りを食らわせても、男はそれを受け止めた。拳も強く――。
   待て。この男は確か――。

「ロイ! 手摺りに近付くな!」
   ルディの忠告が聞こえた。
   二人で揉み合ううちに手摺りの側にまで進んでいた。手摺りといっても俺の腰の高さまでしかそれは無い。少しでもバランスを崩せば、屋上から地上に転落してしまう――。
   男もそれを解っているのだろう。俺の身体を手摺りの外に追いやろうとする。腰に手摺りの感触があった。何とか前に戻ろうとするも、男は拳を何度も奮ってくる。
   男の胸に向かって一撃を加えた一瞬の隙を狙って、怯んだ男の身体の間隙からその場を離れようと試みた。
   刹那、男の手が俺の手を掴んだ。

   男の身体が手摺りを越える。俺の手を確りと握って――。

「ロイ!!!」

   ルディの叫ぶような声が聞こえた。
   俺の身体は手摺りを越えていた。宙を舞った一瞬に左手で手摺りを掴んだ。右腕は敵が未だ確りと掴んでいる。二人分の負荷が、左腕にのし掛かる。
「……っ……!」
「閣下!」
   カール中佐が俺の手を取った。
「すぐに引き上げます!」
「……カール中佐。私の手を確り支えていてくれ」
   此処でカール中佐に引き上げてもらう前に、この敵の男を屋上に戻さなければならない。おそらく今、この敵を指揮しているのはこの男だ。
   男に掴まれた手首を、今度は逆に此方が掴む。
「何の真似だ」
「このまま死なせる訳にはいかない。生きて罪を償ってもらわねばな、ハーメル少将」
   男は大きく眉を引き上げる。鋭い視線で睨み付け、強く声で言い放った。
「情けをかけるつもりか!? ロートリンゲン大将!」
   この男とは、嘗てたった一度だけ組み手をしたことがある。幼年コースの折には上級生だった。揉み合ううちにそのことが解った。
   アルフレッド・ハーメル少将――非常に体技に優れた男で、幼年コースの授業のなかでただ一人、俺が苦戦した男だった。
「意見はあとで聞く」
   大きく右腕を旋回させて、手摺りを越えさせよう――そう考えて、右腕を振ろうとした時、ハーメル少将はもう片方の手で俺の手を強く叩きつけた。
「……ッ、う……っ!」
   手刀で叩きつけられ、右手に激痛が走った時、俺の手はハーメル少将の手を放してしまった。

   しまった――と思った時には遅かった。
「ハーメル少将ーッ!!!」


[2012.8.14]
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