「幼い頃は友人達と駆け回っていたという話を。邸から外には出られないから、庭を散々駆け回って、木々を荒らしたと……」
   ああ――。
   憶えている。俺が庭の木を折った時のことだ。木に登って遊んでいたところ、細い枝が折れて、俺は枝ごと落下してしまった。母上は危ないことをしては駄目だといって怒ったが、父上は――。
『子供の遊びに多少の危険はつきものだ。私も友人達とよくそうして遊んでいた。木の枝も散々荒らしたがな』
   憶えていることを伝えると、ルディは続けて言った。
「父上の幼い頃の友人とは皇帝とヨーゼフ様だったらしい。以前、皇妃様からも聞いたことはあったが、父上は皇帝と随分仲が良かったようだ。ヨーゼフ様の話と付き合わせて考えると、父上が友人と呼んでいたのが皇帝とヨーゼフ様だということがよく解る」
「誰が友人だったかなど、聞きもしなかったからな。……父上も詳しく話してくれなかったし……」
「ラードルフ小父上にも連絡を取って聞いてみたら、同じことを言っていた。皇帝と同い年だったから、遊び相手として先の皇帝も認めていたらしい。御祖父様と共に毎日宮殿に行っていたようだ」
「……しかし……、こう言っては何だが、元帥と皇帝が懇意にしていた様子は無いが……。むしろ何か確執があったのではないかと噂が囁かれていたぞ」
「十歳頃までは宮殿で遊んでいたようですが、その頃、臣下達から苦言が漏らされたようです。臣下の分を弁えず、皇太子と懇意にしているのはけしからん――と。子供同士のことだと言って、当初祖父は聞き流していたようですが、旧領主家達の不満の声が高まっていって、結局、父は宮殿に通うのを止めたそうです」
「そんなことがあったのか……」
「祖父はフォン・シェリング家の当時の当主とも上手く付き合っていたようですが、その頃から不協和音があったようですよ。それに、当時の当主は多方面において強引なことをなさる方でしたから……。そもそもうちと仲違いすることになったのも、前当主が長女と父を強引に結びつけようとしたことが原因ですし」
「噂は本当だったのか」
「ええ。ラードルフ小父によれば、フォン・シェリング家との縁談の方が時期が少し早かったようですけどね。当初から父は断っていたようですが……。母と付き合い始めてからは母方のコルネリウス家に様々な攻撃があったと聞いています。だからゲオルグはフォン・シェリング家を嫌っていますよ。実際、フォン・シェリング家からと思われる嫌がらせが始まったのはその頃からだとパトリックも話していましたし」
「フォン・シェリング家らしいというか……。先代のフォン・シェリング元帥もなかなかの人物だったという話は聞いている」
   ヴァロワ卿は肩を竦めて言った。それから時計を見遣って、そろそろ失礼する――と告げる。
「帝国復興の動きの件は私も注意しておく」
「宜しくお願いします。今日はお疲れ様でした」
   ヴァロワ卿が立ち上がり、ルディも同じように立ち上がる。俺もヴァロワ卿と共に部屋に戻ることにした。此処はカサル准将が護衛しているから安心だろう。
「宰相もこのままゆっくり休んで疲れを取ることだ」
   ヴァロワ卿は去り際にそう言った。ルディは笑みを浮かべてありがとうございます――と礼を述べる。応接室の入口ではカサル准将が立っていた。カサル准将は少々宜しいですか――と俺達に向かって問い掛ける。
「カサル准将。どうも気に掛けているようだが、大丈夫だ。このフロア全体もトニトゥルス隊が警備しているのだから」
   ルディがそう応える。ですが、と困ったような顔をしてカサル准将はヴァロワ卿を見遣った。

「何かあったのか?」
   ヴァロワ卿は即座にカサル准将に問い掛けた。カサル准将は、確証は無いのですが、と前置いてから言った。
「此方の警備情報が漏れているような気がしてならないのです。警備報告があまりに早いことも気にかかっています」
「警備報告が早い……?」
「トニトゥルス隊隊員には軍務局本部の調査の後で再調査させています。……身内を疑うことになるので内密にそれを行っていますが……。どうも本部の調査が早すぎるのです。まるで何を見るべきか、此方の手のうちを始めから知っているかのようで……」
   感覚に頼るばかりで申し訳無いのですが――とカサル准将はもどかしそうに告げる。
   カサル准将は下級士官コースを卒業して、実戦部隊に組み入れられるなかで功績を重ねてきた歴戦の勇士だから、僅かな状況の変化を肌で感じ取るのだろう。たかだか直感だとは軽視できないものがある。
「ヴァロワ卿。私もカサル准将と共に此処で休むことにします」
「そうだな……。少しでも警備が手厚い方が良い。宰相、構わんな?」
「それは構いませんが……。しかしそう気に掛けずとも……」
   ヴァロワ卿はルディの言葉を半ばまで聞いたところで一蹴して、カサル准将にトニトゥルス隊単独で警備計画を再度作成し、提出するよう告げた。



「何処に居ても狙われることに違いは無いのだがな」
   ヴァロワ卿が去っていくと、ルディはリビングルームに戻ってソファに腰を下ろした。その時、ゴホゴホと咳を漏らした。
「大丈夫か?」
「ああ。少し咳が残っているだけだ」
「それが問題だろう。今日はもう休んだ方が良い」
「これでも移動中、ずっと休んでいたのだぞ」
「それでもだ。明日の準備は万全なのだから、早々に入浴して身体を休めることだ。こんなところで倒れたらそれこそ大変だ」
   ルディは素直にそうだなと言って、ソファから立ち上がった。浴室に向かうその姿を見送ってから、俺も立ち上がった。ルディの寝室をもう一度調べておこうと思った。
   この特別室には寝室が二つある。そのひとつを俺が使い、一番奥の部屋をルディが使うことになっている。カサル准将が控える部屋がその向かい側にあるから、何かあれば駆け付けてもらえる。
   警備は万全で、何も案ずることは無いと思うが――。
「閣下。お休みですか?」
   ルディの部屋に向かおうとしたところで、カサル准将と出くわした。ルディの寝室をもう一度見ておくつもりだということを伝えると、カサル准将も快く頷いて、お手伝いしますと言ってくれた。
「侵入されるとしたら窓からだろうが、此処は最高層だからそう容易くは侵入出来ないだろう」
「狙撃手に関しても、外から警備を行っております。今のところ、何も異常は無く、そして閣下にも窓の側にお近づきにならないようお伝えしてあります」
「……当の本人が暢気だからな。カサル准将にはいつも気苦労をかけて申し訳ない」
   そう告げると、カサル准将は苦笑混じりに言った。
「宰相閣下は剛胆でいらっしゃいますから」
「それでもこうして護衛を伴わせるようになっただけでもマシになったのだがな。ヴァロワ卿の説得もあったことと、カサル准将の力量に相当の信頼を置いているからだが……。兄が宰相である間は宜しく頼む」
「はい、閣下」
   これだけ厳重に警備しているのだから何も起こりはしない――そう思うのに何故か嫌な予感がする。ルディが浴室から出て、寝室に入ったのを確認してから部屋に向かった。明日の会議の資料を一読してから、入浴し、ベッドに横たわる。
   妙な胸騒ぎが止まなかった。西欧連邦として初めての大きな会議だからだろうか。
   浅い眠りを繰り返すうち、寝入ってしまったのだろう。
   だが、突然のけたたましいベルの音に眼を覚ました。


[2012.8.13]
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