ルディがホテルに到着したのはそれから一時間半後のことだった。ヴァロワ卿の部屋で会議の打ち合わせをしている時に、携帯電話に連絡が入った。
「今、ヴァロワ卿と打ち合わせをしているところだから、もう少ししたら部屋に行く」
   ルディの部屋は此処から二つ上の特別室だった。打ち合わせを終えたら其方に行こうと思っていたら、ルディはヴァロワ卿のこの部屋に来たいという。電話を代わると、ヴァロワ卿は言った。
「お疲れ様。かなり忙しい一日だっただろう」
   ヴァロワ卿は何も苦言を漏らさなかった。この時は。
「この打ち合わせを終えたら予定は何も無い。あと十分程度で終わるから、そのあとで私がハインリヒと共に其方に行こう。カサル准将も控えているのだろう?」
   これまでルディと共に国際会議に出席する時は、大抵、俺がルディの護衛を務めていた。そのため、同じ特別室に泊まっていたが、今回はルディの護衛をカサル准将率いるトニトゥルス隊に任せ、俺はヴァロワ卿の隣の部屋に泊まっていた。たとえ何か生じても、二つ上の階だからすぐに駆け付けることが出来る。
   ヴァロワ卿との打ち合わせを終えてから、ルディの許に向かった。特別室のフロアにはトニトゥルス隊によって厳重な警備が布かれている。彼等は此方に気付くと敬礼をする。敬礼を返してから、ルディの部屋の呼び鈴を鳴らすと、カサル准将が現れた。
「御苦労様、カサル准将」
   カサル准将はいつも通りに敬礼を返す。その背後にルディが姿を現した。
「休息時間に申し訳ありません。ヴァロワ卿」
「いや。宰相こそ休まず大丈夫か? 移動距離も長かっただろう」
「移動中はずっと休んでいましたから」
   ルディは側にある部屋へと案内する。其処は応接室になっていた。テーブルの上には数枚の書類と記録メディアが置いてあった。
「会議は如何でした?」
   ルディはまず常備軍会議のことを尋ねた。先程、ヴァロワ卿とも確認したことだが、陸軍も海軍も特に紛糾する議題もなく、恙無く法整備が進められていた。それをルディに伝えると、ルディは頷いた。
「大統領との会談も定例通りといったところです。常備軍の予算に帝国が増額負担してほしいとの提案もありましたが……」
   此方も復興予算のことがありますし、とルディは苦笑する。確かに、今は潤沢に国際会議に資金を投入できるような状態ではなかった。
「予想出来ていたことだが、常備軍は維持費がかかる。各国持ち合わせの部隊とはいえ、一度移動するだけでも莫大な金が動くからな」
「ええ。連邦に協力を仰ぐことで意見が一致しました」
   成程。フェイがまた悪知恵を働かせそうだ。資金提供を引き受ける代わりに、連邦にとって都合の良い提案をしてくるのではないだろうか。
「国際会議の方もいつも通りでしょうし、此方は心配していないのですが……。実は視察のことでヴァロワ卿から少し意見を伺いたいと思っているのです」
「チュニス市のことか?」
「ええ。私が予想していた以上の状態でした。……ヴァロワ卿に叱られることを覚悟して、スラム街にも行きました。その時の映像が此方にあります」
「そのことは既に報告を受けた。大気が汚れていたことをカサル准将が案じていたぞ」
「ええ。その原因も映っています。此方をご覧下さい」
   ヴァロワ卿の言葉に、ルディは正面から答えなかった。その代わり、側にあったモニターに映像を映し出す。

   それは俺の想像を超える光景だった。数十メートルに渡るゴミの山――まずそれに眼が釘付けになった。
   ルディが視察を要すると言って出かけたことも頷ける。
「……予想以上だな」
   ヴァロワ卿は映像から眼を逸らさないまま言った。
「早急に対策を講じる必要があります」
「……チュニスはフォン・シェリング家の支配力が強い地だ。あの地方で採れる天然資源の利権を一手に掌握していたからな。フォン・シェリング大将亡き今とはいえ、一族がこの地を手放すことはないだろう」
   ヴァロワ卿はこの手の情報に詳しい。もう何年も前から、フォン・シェリング家のことは片っ端から調べ上げていたようだった。それはおそらく、ヴァロワ卿自身がその身を守るためでもあったのだろう。彼等の弱みを握ることで、牽制することが出来たから――。
「ええ。ヴァロワ卿の仰る通りです。領地返上を求めたのですが、この地はフォン・シェリング家によって買い取られました。尤もそれは合法的な手段ですから、文句はつけられませんが……」
「フォン・シェリング家については芳しい話を聞かないが、やはり表向きの資金力以外の資金があるようだな」
「ヴァロワ卿もやはりそう考えますか」
「表向きの資金では領地の維持だけで十年程しか持たないだろう。フォン・シェリング家がそんな経済状況に陥っているのなら、チュニスの土地を購入することはあるまい」
「……フォン・ルクセンブルク家から資金が流れることはないのか?」
   ふと気になって、二人の会話に口を挟むと、ルディは頷いた。
「昨日、ヨーゼフ様と話をしてきた。ヨーゼフ様はフォン・シェリング家の企業への資金援助はなさってないし、今後もなさらないとのことだ。どうも既に一悶着あったらしい」
「あの穏やかな方にしては珍しいな」
「既にフォン・シェリング家が何度もヨーゼフ様に援助を申し出て来たらしい。夫人がフォン・シェリング家の方だから仕方の無いことでもあるが……。だが、それが度を超した額だったようで、ヨーゼフ様がお怒りになっていた」
   二時間話を聞いていたよ――とルディは苦笑混じりに言う。
   ルディはもしかして昨日、フォン・ルクセンブルク家に行っていたのか。そして二時間拘束されたということは――。
「殆ど休んでいないのだろう、ルディ」
   スケジュールを考えても、公務中に二時間も時間を取れることはない。公務終了後にフォン・ルクセンブルク家に行ったに違いない。
「心配せずとも充分休んだ。ヨーゼフ様とは一度面会したいことを前々から伝えてあったんだ。そうしたら昨日電話が来て、夕方にという話になってな。次男のフレディが悪巧みをしているという話まで聞いて来たよ」
「悪巧み? まさか……」
   ヴァロワ卿が問い掛けると、ルディは頷いた。
「計画段階までには至っていないようですが、帝国復興の動きがあると。これを私に下さったのです」
   ルディはヴァロワ卿に封書を差し出した。失礼、と言ってヴァロワ卿がそれを開く。ヴァロワ卿は俺にも見えるように真ん中で開いてくれたが――。
   其処には将官や佐官達の名前と所属先が連なっていた。
「……此方が把握していない将官の名もあるな」
   海軍部軍務局所属の者も居る。加えて、長官室所属の者も――。
「軍は旧領主家との縁が強いから、帝国復興を願う者が多いことも頷ける。機会を窺っているのだろうことも解っているが……、ウールマン卿とヘルダーリン卿の耳にはいれておいた方が良さそうだ」
「それはヴァロワ卿に預けます。ヨーゼフ様も私の身辺を案じてこれを下さったので、軍の眼につくことは了承しているでしょう」
「……私は宰相ほどヨーゼフ様を知らない。信頼に足る人物かどうかということも。その辺りのことはどう考えている?」
「ヨーゼフ様はあまり強く発言なさらない方です。ですが、嘘を吐くような方ではありませんし、真実を語れない分、抑えて黙り込んでしまわれます。これまでにもフォン・ルクセンブルク家が端を発した事件は、すべてヨーゼフ様を介して解決していただいたのです」
「貿易に絡んだ事件か。何度かあったな」
「ええ。尤も夫人やフレディのことがありますから、表だって懇意にしている訳ではないのですが……。このたびは珍しく長々と話しましたよ。父の話まで話題に上がりました」
「元帥がヨーゼフ様と懇意にしていたとも聞いたことがないが……」
「ええ。私も知らなかったことです。……というより、私は父のことを知らなすぎたようです。知ろうとしていなかった。今になって悔やまれます」
「ルディ。どういうことだ……?」
   ルディは何を知ったのだろう。何を知らなかったというのだろう――問い掛けると、ルディは憶えていないかと言ってから話し出した。


[2012.8.12]
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