翌朝、コールマン少将はハーメル少将の経歴一覧を持って来てくれた。それを見て、やはりそうだったのだと思わざるを得なかった。
   ハーメル少将が昇級し、異動したのはザカ中将の事件の直後だった。勿論、これだけが証拠になり得る訳でもないが、疑いを深めざるを得ない。ザカ中将とハーメル少将は対立していた。そのハーメル少将はフォン・シェリング派に与していて、ザカ中将が暗殺された直後に昇級、異動した――。
   当時のハーメル少将なら、ザカ中将の車に爆弾を仕掛けることも可能だ。フォン・シェリング大将に命じられてそれを行ったのか。

   おそらく、当時のザカ中将の側に居た支部の人間なら、ハーメル少将のこともよく知っているだろう。その人物を探り当てて、調査すればザカ中将の一件は明るみに出る。
   事故ではなく、フォン・シェリング派による暗殺だったのだと――。
   だがそれは、そうすべきことなのだろうか。ザカ中将には子供が居た。その子供が父親の死を暗殺と知らなかったら――。

   どうすべきなのか――。
   悩んでも答えが出て来なかった。少し気分を切り替えようと、執務室を出て、リビングルームへと向かうことにした。
   フリッツが玄関で誰かを迎えていた。誰が来たのだろうと其方を覗いてみると、オスヴァルトの姿が見えた。
「ロートリンゲン大将。御怪我の具合は如何ですか?」
   オスヴァルトも此方に気付いて問い掛ける。骨が繋がるのを待つだけだと応えると、閣下の御様子は、と問い掛けられた。
「部屋で安静にしている。熱も下がったから、予定通り、来週からは出勤できる筈だ」
「医師に安静を求められているが、もう健康そのものだ――と閣下は仰っていましたが、やはりまだ本調子ではないのですね」
「健康そのものだったら、ドクターストップもかけられないさ。……もしかしてルディが仕事を持ってこいとでも言ったのか?」
   見舞いにしては、オスヴァルトは書類を入れた封筒のようなものを携えていた。オスヴァルトは苦笑と共に頷く。
「お見舞いに伺おうと連絡したら、書類を持って来るように告げられました」
「やれやれ……」
   ルディには困ったものだ――と思ったが、考えたら俺自身も似たようなものかもしれない。オスヴァルトをルディの部屋の前まで案内してから、リビングルームに向かった。
   どうすべきなのか――結論の出ないまま、時間だけが過ぎていく。このままでは収まりも悪くて、悩み抜いた末、ヴァロワ卿に連絡を入れた。6時を過ぎているから勤務時間は一応終了したことになる。携帯電話に連絡をいれると、10回の呼び出し音の後に、ヴァロワ卿が応答した。
「ヴァロワ卿。お話ししたいことがあるのですが……、お時間を割いていただけませんか?」
   ヴァロワ卿は少し待ってくれ――と言った。何かを命じる声が微かに聞こえてくる。まだ軍務局か執務室かに居るのだろう。
「そうだな……。今日はこれからまだ打ち合わせがあって時間が取れないが……、明日ならば……。しかし、8時か9時頃になると思うが、構わないか?」
「ええ。ヴァロワ卿の都合の良い時間で構いません。では申し訳無いのですが、此方にいらしていただけますか?」
「ああ。では明日に」
   ヴァロワ卿は何と言うだろうか――。






「済まないな、オスヴァルト。忙しい時に」
   失礼しますと言って入室したのはオスヴァルトだった。昨日、具合を尋ねる電話をくれた時に、チュニスに関する書類を持って来て欲しいと告げたところ、それを届けてくれた。
「いいえ。ロートリンゲン大将にもお会いしたところです」
「二人揃って休暇を取っているから、申し訳無いと思っている。連日、忙しいだろう?」
「ええ。ですが閣下はお身体のことを第一にお考え下さい。私の眼にはまだお顔の色が優れないように見えます」
「そうか? もう万全だと思うが」
「御無理なさらず、お休み下さい。閣下のご指示通りに、此方は決裁しますので」
   オスヴァルトは封筒の中から書類を取り出した。チュニスの一件は早々に片付けなければならないな――と思い、こうして持って来てもらったのだった。
「閣下。チュニスには閣下の名代で私が赴きます。資料には眼を通しておきました」
「オスヴァルト……」
「スラム街の空気が良くなかったために、体調を崩されたのでしょう。カサル准将からもそう聞きました。以後、そうした仕事は私にお任せ下さい」
   オスヴァルトはそう言って、封筒の中からさらに一枚の書類を取り出した。私の考えた案です――オスヴァルトから手渡された書面には、チュニスの対策案が書かれてある。それに眼を通していくと、私の考えていた策とほぼ変わりない策が記されてあった。
「如何でしょうか……?」
「私が考えていた案と同じだ。このように進めてほしい。ではオスヴァルト、頼めるな?」
「はい。ではすぐに取りかかります」
「それから、エドガル・コルノーという男が居る。アクィナス刑務所で知り合った男だ。私から連絡を取っておくから、チュニスに赴く時は彼に案内を頼めば良い。詳細を良く知っている」
「解りました」
   オスヴァルトは手帳を取りだして、さらりと名前を書き付ける。電話番号も共に伝えておいた。オスヴァルトなら、必ず上手く取り計らってくれるだろう。
   チュニスの件はこれで片付くか――。
   その後、オスヴァルトと少し話をした。宰相室も変わりなく動いているらしい。連日の会議は全てオスヴァルトが出席し、それを毎日報告してもらうことになった。オスヴァルトには世話をかけてしまうことになるが、嫌な顔ひとつせず、快諾してくれた。


   その翌日のことだった。
   横になってばかりでは足が動かなくなるから、一日に何度かは部屋を出るように心掛けていた。10時には就寝するようにしているが、少し本を読みたくて書庫で探してくることにした。階段を下りていくと、ミクラス夫人が盆を手に応接室から出て来たところだった。
「ミクラス夫人。誰か来ているのか?」
   階段を下りたところで呼び掛けると、ミクラス夫人は、ヴァロワ様がいらっしゃっているのですよ――と言った。
   ヴァロワ卿が来ている?
   ロイはそんなことを一言も言わなかったが――。
「後程、フェルディナント様のお見舞いをと仰っていました。フェルディナント様、お部屋に……」
   ミクラス夫人に唇に指を添えて、声を潜めるよう促す。それから、応接室に向かった。立ち聞きするのは悪いことだが、ここ数日、ロイが何か悩んでいたことと関係があるような気がしてならなかった。
   おそらくハーメル少将のことだ。あれ以来、ロイはずっと――。
   応接室の扉をそっと開ける。隙間から声が漏れ聞こえて来る。



「ハーメル少将が今の支部に配属される前、ヴェネツィア支部に居たと耳にしてな。今回の首謀のことも探るために経歴書を取り寄せたら、気付いたことだ」
「ヴァロワ卿から経歴書の照会があったとコールマン少将から聞いて、おそらく気付かれたのだろうと思いました」
「まさかとは思ったが、時期があまりに合致している。ザカ中将の亡くなったひと月後にフォン・シェリング派の要塞ともいえる支部に異動、しかも昇級しているからな。……当時のヴェネツィア支部のことを知るベルトリーニ少将に話を聞いたところ、ザカ中将とはかなり諍いを起こしていたらしい。昇級を求めるハーメル少将に対して、ザカ中将は不勉強だと認めなかったのが発端だったようだ」

   二人は一体何の話をしている……?
   ハーメル少将は嘗てザカ中将の部下だったのか? 二人の間に諍いがあった?
   そして――、ザカ中将が亡くなった後にハーメル少将は支部を異動して、昇級している?
   まさか――。
   まさかハーメル少将が――。

「ロイ……。ヴァロワ卿……。話を詳しく聞かせてくれ」
   堪らず、部屋の中に進んだ。ロイは驚いて私を見た。
「何故……、黙っていた。ロイ」
「後で話すつもりだった。俺自身、まだ断定は出来ないことだったんだ」
「ザカ中将の一件にハーメル少将が絡んでいるのなら、すぐに捜査すべきだ。事故という形で有耶無耶にされて、ザカ中将も……」
「私はそれについては反対する」
   ヴァロワ卿が静かに私の言葉を遮った。ヴァロワ卿はソファに腰掛けるよう促して、それから話し始めた。


[2012.8.19]
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