「ベルトリーニ少将から話を聞いて、ハーメル少将がザカ中将の車に爆弾を仕掛けたことに違いは無いことは明らかになった。彼はフォン・バイエルン大将から命じられてそうしたのだろう。……それらを今ならば暴くことが出来る。だが、それはザカ中将の息子の心を傷付けることになる」
私自身悩んだ――そう言って、ヴァロワ卿は私を見つめた。
「ザカ中将の息子は、父親は事故で死んだと思っているんだ。夫人はそう告げていると以前聞いたことがある。だから今となっては、死因を明かしたとしても、息子の心に傷を負わせるだけだ」
「ヴァロワ卿……」
「何よりもザカ中将がそれを望んでいないと思う。子供想いの方だったからな。……子供が辛い思いをするなら、自分の名誉などどうでも良いと考えるだろう」
私は――。
私はザカ中将の息子のことなど何も考えていなかった。残された家族のことを一番に考えなくてはならないのに、ヴァロワ卿に指摘されるまで気付きもしなかった。
私は周囲を見ていなかった――。
「解りました……。私は配慮にかけていました」
「いや。私も悩んだことだ。今後を考えると、明るみに出した方が良いのか……と。だがきっとそうしても大した変化は無いだろう。それならば、ザカ中将の息子のことを考慮すべきだと思ったまでだ」
ヴァロワ卿の言う通りだ。感情的になって全てを明らかにするべきだと言った自分自身が恥ずかしくなってくる。
ロイが私に黙っていた理由も解った。ロイ自身、悩んでいたのだろう。
配慮が欠如していたことを痛感する。
そして気付いた。私は周囲を見渡す余裕を失っているのではないかと――。
「それから、ハーメル少将の一件も黒幕が判明した。フレディ・フォン・ルクセンブルク以下5名を今回の一件に関係有りとみて、特務派と公安部が取り調べを行うことになった」
「やはり……、彼が動いていましたか……」
ヨーゼフ様の危惧が現実のものとなってしまった。事件が起きる前に――と、ヨーゼフ様は教えて下さったというのに――。
「また詳細が判明したら報告する。……話は変わるが、身体は大丈夫か?」
寝間着に上着を羽織った姿であることに今気付いた。この部屋の話をそっと聞いていて、予想もしない内容に思わず足を踏み入れてしまったのだから、そうしたことを気に掛ける余裕も無かった。
「はい。もう回復しています。済みません。このような姿で……」
「あとで見舞おうと思っていたところだ。しかし良くなったとはいえ、無理をしない方が良い。チュニスの件のことだが、あれは誰か別の人間を派遣した方が良いのではないか?」
「チュニスの件はオスヴァルトに一任しました。こうして私が休んでいる間にも事態は悪化していくだけですし、オスヴァルトもその役を買ってでてくれたので……」
「そうか。私も賛成だ」
ヴァロワ卿と少し世間話をしてから、一足先に応接室を退室した。ミクラス夫人が大丈夫ですか――と気遣わしげに声をかけてくる。
「もう休むよ」
そう応えるとミクラス夫人は安堵したように笑む。
復職してからというもの、四方八方から様々なことが起こっている。まさかザカ中将の件まで明らかになるとは思わなかった。今後もこれまで判明していなかったことが、もしかしたら明らかになるかもしれない。
過去の事件を思い出すと胸が痛む。だが、そうしてばかりも居られない。
先に進まなければ――。
考えれば考えるほど、焦燥感に駆られる。
しかし、この国の向かう方向性を定めたくとも、思ったようには進まないことも事実だった。チュニスの一件然り、現状における問題も山積している。
解っていたこととはいえ――。
『以後、そうした仕事は私にお任せ下さい』
ああ――。
そうだ。私一人で抱え込むことは無い。頼りになる者達は多いではないか。
オスヴァルトも他の者達も、新たな国の出発に向けて動いているではないか――。
私に出来ることは限られる。
特にこの身体では無理が出来ない。無理をして動けば、却って事態を膠着させることにもなる。
それに――。
私は新国家樹立の期を迎えたら、この職を去る。それまでの――謂わば、帝国の残務処理としての職務を第一としなければならない。それ以降のことは、オスヴァルト達に任せれば良い。
そう考えると、焦る気持ちも静まってきた。知らず知らずのうちに、私は何でも一人で抱えてきたのだろう。周囲を見渡す余裕を失うほどに。
「閣下。御報告致します」
一週間の休養から復帰したこの日、宰相室の奥にある執務室に入って暫くすると、オスヴァルトがやって来た。この一週間の動向、そして此方が頼んだ案件の処理について一通り報告してくれた。
「解った。そのように進めてくれ」
「はい。それからチュニスの一件も一通りの調査を終えました。予定通りの対策案を講じるつもりです」
オスヴァルトの話を聞きながら、チュニスの一件はもう大丈夫だな――と安堵した。
そして改めて気付いた。一人では何も出来ないのだと。
慢心するな――と父上の声が聞こえてくるようだった。確かにその通りだ。私はまた同じ過ちを繰り返すところだったのかもしれない。
ふと、宰相室の窓を見遣った。晴れやかな空が広がっている。立ち上がって窓を開くと、心地良い風が入ってくる。
そういえばこの部屋は良い風が入るのだった。
そのことに、今やっと気付いた。
【End】