「国際会議に出張?」
   翌日、ヴァロワ卿に出張のことを告げると、良い経験だ――と言った。
「ですが、却ってザカ中将の足を引っ張ってしまうのではないかと……。まだ新トルコ語を自由に操れる程ではありませんし」
「何、本部から人員を一人と命じられた時点で、ザカ中将も解っているさ。良い機会だから、生の新トルコ語を耳にいれてくると良い。初めはどうしても聞きとり辛いがな」
   帰宅してからは新トルコ語の語学メディアをひたすら聞いて過ごした。出張から帰宅したルディはやはり疲れ切っていて、すぐに部屋で休んだ。
   この一週間、ルディとは殆ど会話していない。ルディの仕事がどれだけ忙しいかが察せられた。


   そうして月末がやって来た。
   専用機で出張に行くのは初めてだった。今回は外務省の他の案件もあり、専用機を使うことになったらしい。11時に離陸とのことで、ザカ中将は10時に此方に来ることになっていた。
   ヴァロワ卿は緊急の案件が入りこんだようで、朝から忙しく動いていた。ルディは昨日から寝込んでいて、今日は仕事を休んでいる。ザカ中将がやって来る10時までの間、今回の国際会議の概要に眼を通した。
「今回の国際会議、軍からの出席者は君とザカ中将だけとのことだ。出張中、かなり忙しいぞ」
   上官が俺の方を見てそう言った。
「いつもはもっと参加者が多いのですか?」
「まあ案件にもよるが、大抵は五、六人だな」
   そうなると確かに二人きりで大丈夫だろうかと思えてくる。おまけに俺は新トルコ語に不慣れなのに――。
「いざとなれば外務省の係員を呼びつければ良い。あちらはかなりの人数で行くらしいから」
   そう話していたところへ、ザカ中将がやって来た。立ち上がり出迎えると、ザカ中将は局長の許に行ってくると言い残して、執務室へと向かう。五分程で戻ってくると、ザカ中将は概要書に眼を通したか尋ねてきた。
「はい。一通り読みました」
「では今から資料室に行こう。事前に調べておきたいことがある」
   ザカ中将に促されて資料室へと向かう。ザカ中将は新トルコ王国との過去の案件を取り出し、そのいくつかをファイルから抜き出した。それを二部コピーする。
「新トルコ王国との摩擦が書かれた資料だ。今、概要を話しておく」
   半分は原文で書かれたものだった。ザカ中将は軍との摩擦について重要なことを述べていく。それを聞きながら、適宜メモを取った。
「それを頭にいれて会議に臨んでくれ。原文の部分は今晩にでも私が概略を教える」
「ありがとうございます。ではそれまでに自分で一度眼を通しておきます」
「……解読出来るのか?」
「少しだけなら。ヴァロワ卿に教えてもらったので……」
「そうだったのか。では此方も仕事を任せられそうだ」
   ザカ中将はそう言って穏やかに笑み、時計を見てから行こうか――と言った。
   一旦、軍務局に戻り、上官と局長に出立する旨を伝えてから、飛行場へと向かった。既に外務省の吏員達が搭乗を始めていた。その彼等に続いて身分証を提示し、機内に入り込む。ザカ中将の隣に腰掛けた時には、離陸の十分前となっていた。
「先程、上官から今回の出張は軍務省からは二人だけだと伺いました。ザカ中将はいつも少数で国際会議に出席なさるのですか?」
   何気なく問い掛けると、ザカ中将は笑みを浮かべて言った。
「私は大体二、三人ということが多いかな。重要会議の時は本部所属の大将級が赴く。その時は五、六人で出向くが……」
   専用機が離陸体勢に入ることを伝える。航空機に乗るのは初めてで、些か少し緊張した。
「私が国際会議に初めて出席したのは、中佐となった時だった。君の父上の補佐としてね」
   ザカ中将によると、出張にも護衛として同行していたらしい。
「国際会議への参加はそれだけで実務経験に成りうる。君の父上はそう言って、よく国際会議に伴わせてくれたんだ」
「私は父に言われました。ザカ中将の足を引っ張ることになるのではないかと」
「それを言ったら、私こそ何度元帥の足を引っ張ったか解らないぞ。何事にも初めてということがある。それを恐れていては何も出来ないからな」
   ザカ中将と話している間に専用機は離陸した。
「国際会議への参加は准将の昇級審査の折に大きな加点となる。私は大体年に二回程、参加を求められるから、あと一度はまた君を同行させるつもりだ」
   准将の昇級審査――。
   思わずザカ中将を見つめた。以前にもザカ中将は昇級の推薦人となってくれると言っていたが――。
「将官となれば出来ることも増える。軍務局本部は大佐のままだとなかなか立ち位置が難しい。私は入省当初は特務派の事務局に机があったから、同じ佐官級の先輩が居て、色々と教えて貰えたんだ。大佐となってから、海軍部への異動が決まって、軍務局の中に入ったのだが……、末端だったから雑用ばかりでな」
「え……? ではザカ中将は海軍部に配属された当初は軍務局に……?」
「ああ、知らなかったか? ヴェネツィア支部には少将となってから希望を出して行ったんだ。ちょうど支部長副官のポストが空いていた時でね。……本部は忙しくて、家族と過ごす時間も作れない。それで支部異動を希望したんだ。君の父上には最後まで反対されたが」
   確かにヴァロワ卿を見ていると、その忙しさが良く解る。軍務局は真面目に仕事に取り組むヴァロワ卿のような人とそうでない人が居るから、真面目に働いていると自ずと仕事が山積してしまうのだろう。
   父上も定時に帰宅することは殆ど無かった。忙しい時は同じ屋敷に居ながら、数日間、姿を見かけなかったこともある。
   ザカ中将と会話をするうちに、専用機は国際会議の開催される新トルコ王国に到着する。午後四時からひとつめの会議が入っていた。この会議は傍聴だけで良い――とザカ中将は言った。

   国際会議での公用語は帝国語だから、その点は安堵した。会議が終わり、ホテルに行こうとザカ中将に促されて歩いていた時、誰かがザカ中将の名を呼んだ。立ち止まると、新トルコ王国の将官が近付いて来る。
   ザカ中将は挨拶をする。淀みなく新トルコ語を話し、握手を交わし合う。その新トルコ語の流れがあまりに早かったため、半分しか内容を把握出来なかった。相手が新トルコ王国の大将だということは解る。そして会議ではお手柔らかにとザカ中将が言ったこと、帝国についてこの新トルコ王国の大将が何か言ったようだが――。
「大佐。此方は新トルコ王国のハイドゥーン大将だ」
   ザカ中将は俺にそう言って、それからハイドゥーン大将に俺のことを紹介した。ロートリンゲン元帥の御子息か――と彼は言った。
「海軍軍務局所属、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲン大佐です。よろしくお願いします」
   敬礼して挨拶すると、ハイドゥーン大将は頷いて、元帥とも国際会議で同席したことがある――と言った。ザカ中将が何か言ったが、それはよく解らなかった。


[2012.6.20]
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