試問は一時間にわたり、執り行われた。国防に関しての質問ばかりかと思えば、兵法など戦略についての細かな質問もあった。淀みなく解答し、試験が終わる。それからは宰相室で待機することになった。
   フォン・シェリング大将と共に。
「身の程を知らぬ男だ。たとえお前が指名を受けても、軍は統率出来ん」
「古い体質を変えねば、他国との協調が取れません。そのためにならば、どのような手段を使っても統率してみせます」
   ぎろりと鋭い視線が向けられる。そうして30分待ったところへ、副宰相がやって来た。
「結果が発表されます。ヴァロワ大将、フォン・シェリング大将、此方においでください」
   副宰相に付いていくと、宰相や各省の長官達が待機している部屋に再び通された。此処で結果発表となるのだろう。宰相は手に封書を持っていた。皇帝から授かったあのなかに結果が記されているのだろう。
   宰相の前で一礼する。今日一日、お疲れ様でした――と宰相は労いの言葉をかけた。
「結果を発表します。この結果は陛下の御意を得てのことと踏まえて下さい。双方、そして各省共、如何なる結果であれ、それに従うこと。まず先にそのことを言い添えておきます」
   宰相がこのような言い方をするということは――。
   私が任命されるということなのだろうか――。
「陸軍長官にはジャン・ヴァロワ大将を任命します」

   任命された――。
   私が陸軍長官となる。
   喜ぶべきことなのだろう。将官となった時、准将止まりで良いとさえ思っていた私だ。それが陸軍長官まで上りつめるとは――。
   だが、素直には喜べない。これから為すべきことが山積しており、それを為すためには多くの障害が立ちはだかるのだから。これまで以上に守旧派は大きな壁となる。

「一時間後に任命式を行います。ヴァロワ大将、ならびに各省長官方、そのように準備を」
   フォン・シェリング大将は無言で立ち去った。各省の長官が揃って出て行くなか、財務省長官のメイヤー長官が側にやって来て、おめでとうございます――と声をかけてきた。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
   メイヤー長官とは何度か面識がある。同じ仕事を手がけたこともあった。
「こちらこそ。軍も大きく変わるでしょうな。ヴァロワ大将、期待していますよ」
   そう告げると、メイヤー長官は宰相に一礼してから退室した。
「私も期待していますよ、ヴァロワ卿」
   宰相が歩み寄って微笑む。正直なところ、長官の任命を受けたというまだ実感が無かった。
「後程、ロイの所に行って下さい。マントが届いている筈です」
「マント? 既に総務課に申請したが時間がかかると言われたぞ」
   任命式に必要となることは解っていたが、元の形すら解らない状態に破られており、また入手出来ないとのことで諦めていた。任命式には、マントを羽織らず出席するつもりだった。
「別の筋から手に入れました。これから行われる任命式、それに明日の晩餐会には必ず着用してください」
「明日の晩餐会……? もう予定に入っているのか?」
「長官が替わったら晩餐会で顔合わせするのが習いですから。私もロイも出席しますし」
「今後はそうした仕事も増えそうだな」
   そう告げると、宰相は笑って、適当に出席なさっていれば良いですよ――と言った。
「では後程、謁見の間で」
   執務室で着替えなければならない。ひと息吐く時間もあるだろう。
   だが何よりも気にかかることがあった。宰相室を退室して、軍務局へと向かう。先程、キール大将達を留めてくれたブラマンテ准将達はどうなったのか――。
   軍務局に入室すると、全員が一斉に此方を見遣った。音が出るかと思わんばかりの動作だった。

「おめでとうございます。ヴァロワ大将閣下」
   祝福の言葉を告げる将官も居るなか、眼を背ける将官も居る。ブラマンテ准将達の姿を探したが、何処にも居なかった。
「ブラマンテ准将は?」
   側に居た将官に尋ねると、気まずそうな顔をして、キール大将閣下の執務室です――と応えた。やはり応酬を受けたか――。
「異動させると言って准将達の職名章を取り上げてしまったので、ロートリンゲン大将閣下が談判している最中です」
「そうか」
   参謀本部にあるキール大将の執務室へと向かう。ノックをして入室すると、キール大将は苦々しげに此方を見た。ハインリヒとブラマンテ准将達の姿もあった。
「兎も角、キール大将、彼等の職名章を至急、お返し下さい」
「准将等は私に無礼を働いた。処分はこの私が下す」
「先に無礼を働いたのは貴卿でしょう。彼等はそれを見咎めて行動に出たにすぎません」
   ハインリヒが言い返す。キール大将はぎろりとハインリヒを見遣る。どうやら話はずっと平行線を辿っているのだろう。
「既に人事課に三人の異動を伝えた。現長官の権限でもって、三人は支部に異動となる」
   こういうことだけは素早いものだ。いつも仕事は遅いのに――。
「では三人の異動は私が取り消します。職名章をお返し下さい」
   その言葉の意味を察したらしく、キール大将はさらに厳しい眼で私を見据えた。
「何でも思い通りになると思うなよ、ヴァロワ大将」
   吐き捨てるようにそう言いながらも、彼は机のなかから職名章を三つ取り出した。それを受け取り、四人を促して、部屋を退室する。先程から時間が気になっていた。あと十五分で任命式が始まる。すぐに着替えて謁見の間に行かなければならない。
「ヴァロワ卿、おめでとうございます」
   キール大将の執務室を後にすると、ハインリヒが告げる。ブラマンテ准将達も口々におめでとうございます――と祝福の言葉をくれた。
「ありがとう。これからも宜しく頼む。今回のことでは迷惑をかけてしまったな」
「いいえ。閣下にはどうしても長官となっていただきたかったのです」
   ブラマンテ准将はそう言った。何度となく仕事を共にした准将で、かなり厳しい言葉も浴びせたことがある。だから、他の将官達と同様、厭われていると思っていた。それなのに今回の一件では本当に驚いた。
「……と、済まない。4時30分から任命式を控えているんだ。三人共、業務に戻ってくれ」
   三人は敬礼して立ち去って行った。
「ハインリヒ。先程宰相から聞いたのだが、マントを……」
「あ、私の執務室にあります。行きましょう」
   准将達を見送った後、ハインリヒは足早に執務室へと向かう。鍵をかけた棚の中に、紙袋があった。その紙袋のなかには、ビニール袋に包まれた新品のマントがある。少し前にミクラス夫人が届けてくれたのだとハインリヒは言った。
「色々と手間をかけて済まない」
「いいえ。ヴァロワ卿、此処で着替えてすぐに向かわれた方が良いかと思います。時間もおしていますし……」
「そうさせてもらう」
   袋を取り出すと、その下に長細い箱があった。
「それは父からヴァロワ卿への贈り物です。長官となった時に渡すよう言付かっていました」
「元帥から……?」
「ええ。中身は留め具です。軍服にも付属していますが、皆、自前の物を使っていますから」
   箱を開けると、黄金色の留め具が現れた。アンティーク調で相当値の張るものだということは一目見ただけで解る。軍服に備えられているものに形は似ているが、細かな彫りが施されていた。
「如何にも父が好みそうな意匠ですよ」
   慣れない手つきで留め具を装着していると思ったのだろう。ハインリヒは徐に手を伸ばして、片側の留め具を取り付けてくれた。大将となってマントを貰ってはいたが、身につける機会は全く無かった。そもそも儀式に参加することなどこれまでは無かったことだった。
   今日初めてそれを身につけた。長いものが肩から下がっているのが何だか奇妙な気がしてならない。
「よくお似合いですよ」
   ハインリヒはそう言ってくれたが、私自身が何だか慣れない。
   その足で謁見の間に行き、任命式を迎えた。こちらは滞りなく終了し、長官の職名章も貰い受けた。陸軍長官として宜しく頼むぞ――皇帝は私に向かってそう告げた。


[2011.9.4]
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