正面入口を出て、裏門へと向かうと、車が見えた。運転席に父の姿も見えた。
「怪我は大丈夫か?」
   父は俺の姿を見るなりそう言った。大した怪我じゃないよ――と返すと、父は苦笑のような表情を浮かべて、その様子を見て安心した――と言った。
「今日、ユーリの見舞いに行って来たのだが、お前の怪我のことを心配していたぞ」
「俺のことなんか気に掛けなくて良いのに……。それにユーリは、俺を庇って怪我したんだ」
「そうだったのか……」
「ユーリが助けてくれなかったら、手榴弾が俺を直撃していたかもしれない」
「ではユーリに感謝しなくてはな」
   頷き応えると、父は二人とも怪我で済んで良かった――と微笑した。
   父はいつもの様子だった。そして本部にいたことについては何も問わない。
「……父さん」
「どうした?」
「実は一昨日からずっと本部に居たんだ。隊を独断で動かしてしまったから、軍法会議にかけられてた」
「ユーリに話を聞いた時から、予想はついていた。母さんやミリィには黙っておいたぞ」
   やっぱり――、気付いていたのだろう。あまりに自然な態度だったから、きっと気付いているのだろうと思っていた。
「自分の行動を後悔しているのか?」
「それがちっとも。却って助けに行かなかった時のほうが何十倍も後悔していたと思う。……正直、降格処分となっても除籍処分となっても仕方が無いって思ってた」
「そうか……。ならば私は何も言うまい」
「何? 父さんの意見も聞きたい」
   英雄と称えられた父ならば、どのような行動を取るのか――、この数日間、ずっと考えていた。父ならばもっと巧く物事に対処出来ていたかもしれない。
「もし私がお前と同じ状況に立たされたら、同じ行動を取っただろう。……まあ、軍紀違反は褒めるべきことではないが、お前の行動で助かった命もあるんだ」
   その言葉を聞いて、ほっとした。間違っていなかったことを、父に認めてもらえて、迷いが全て晴れていくのを感じた。
「処分は? 中佐に降格か?」
「それが……、つい先刻、海軍長官に呼ばれて長官室に行ったら、海軍部に異動を命じられたんだ」
「海軍部に? ……成程」
「陸軍から海軍になんて滅多に無いことなのに」
「私はいずれお前かユーリのどちらかが異動するのではないかと思っていた。仲が良いし、どちらの父親も軍関係者だ。家族ぐるみの付き合いだということも知れ渡っているからな。ユーリが陸軍に入った時から、そうなるだろうと何となく感じていた」
「そういうものなの……?」
「お前達二人が仲の良いことを良く思わない人間も居るということだ。それで配属先は? ローマから遠いのか?」
「それが……、そっちもまた意外だったんだけど……、参謀本部に配属されることになったんだ。尤も俺が月末の昇級試験に受かって准将となってからだけど」
「参謀本部に……? 准将に昇級……?」
   これには流石に父も驚いたようだった。
「昇級試験に受からなければ、支部に配属されることになるけど……」
「そうか……」
   父は何か考えるような表情をした。しかしそれも束の間で、微笑を浮かべて言った。
「試験、頑張りなさい」
   そうして話をするうちに家に到着した。母が玄関から出て来て、怪我はどうなの――と心配そうに尋ねる。大した怪我じゃないよ――と応えたのに、未だ心配そうに腕を見つめていた。
「お帰りなさい」
   その背後からひょっこりとミリィが姿を現す。帰ってきたのか――と父が言った。もしかしてユーリの見舞いに行っていたのだろうか。
「先刻帰ってきたの」
   ミリィはそう応える。
   本部に所属しているとはいえ、仕事が忙しく、家には滅多に帰って来られない。こうして家で過ごす時間は、やはりほっと安堵する。暖かい食事を囲みながら歓談出来る時間は貴重な時間なのだと、再確認する。



   三日間の休暇を家で過ごし、それから寮に戻って、いつも通りの毎日を過ごした。仕事が終了するのは日付が変わる刻限だったが、空いた時間を見つけて昇級試験の勉強をした。そうして月末まで殆ど睡眠を取れない日が続いたが、その甲斐あって、試験には無事、合格した。
   これで俺は、海軍部参謀本部所属の准将となる。
   一方、ユーリも中佐の昇級試験を受けて合格した。噂によると、満点で合格したらしい。流石はユーリというべきだろうか。
「参謀本部准将なんて羨ましいな」
   任命式を終えてユーリと顔を合わせた時、ユーリは俺の称号を見て言った。
「ユーリならあと一年で大佐となれる。そうなったら本部所属だろう」
「そうなれるように頑張るよ」
   きっと来年には大佐となり、陸軍の中心局のいずれかに所属しているだろう。上官達はユーリに期待をかけているようだった。確かにそれだけの器のある男だと俺も思う。
   ユーリはこのあとすぐに、軍用車に乗って支部に戻っていった。廊下でその姿を見送ってから、俺は参謀本部へと向かう。些か緊張していた。
「ヴァロワ准将」
   背後から呼び掛けられて立ち止まる。参謀本部長のコールマン大将だった。慌てて歩み寄り、敬礼をする。
「本日から参謀本部に配属となりましたウィリー・ヴァロワ准将です。よろしくお願いします」
「参謀本部長ガスパル・コールマン大将だ。参謀本部の仕事は忙しいが、宜しく頼むぞ」
「はっ」
   コールマン大将は参謀本部に行き、俺のことを紹介してくれた。参謀本部はコールマン大将を本部長として、中将が三人、少将が六人、准将が俺を含めて十人、大佐が五人で構成されている。将官達はそれぞれ名の通った人物ばかりだった。俺がこんなところに配属されて良いのか――と躊躇するほど。
   しかしこれまで居た部署よりも仕事のし易い場所だった。准将にすぎない俺の提案でさえ、理由無く退けられることはない。きちんと吟味してもらえるから、仕事にやり甲斐を感じる。
   出来るだけこの部署に長く居たいな――と思う。


   一方、ユーリは――。
   予想通り、年が明けると大佐の昇級試験を受けて、陸軍軍務局に配属された。最短での昇進だった。嘗ての宰相によく似た有能な人物――と、皆に言われている。
   ユーリの叔父にあたる宰相の讃美は、死後二十数年が経った今もまだ残っていて、伝説のように語られていた。そしてユーリは、叔父である宰相によく似ている。このことは俺の父も言っていた。容姿もそうだが、その才覚も生き写しのようだ――と。
   だが俺は、ユーリはユーリだと思う。どんなに似ていようと、ユーリは宰相ではない。ユーリはユーリという人間なのだと。


[2011.7.23]
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