「では君は規則違反だと認識しながら、上官の許可も得ずに、勝手に部隊を動かしたのかね」
「申し訳御座いません」
「軍人でありながら、統率を乱す行動を取るとは何たることだ!」
   バンと机を叩く音と共に、将官の怒声が響き渡る。

   こうなることを覚悟していた。
   覚悟の上で――、ユーリ達の部隊を助けるために、部隊を動員した。そして一段落して本部に戻ったところ、軍法会議にかけられることになった。
   除籍――とはならないと思うが。
   降格処分だろう、きっと。
   だがたとえ除籍となっても、自分が間違った行動を取ったとは思えない。ユーリが頻りに上官の判断ミスを訴えていた。俺もそのように感じていた。それが間違っているというのなら――どんな無謀な命令にでも、上官命令に従わなければならないというのなら――、軍を辞める覚悟は出来ている。
「ヴァロワ大佐、一人英雄気取りをしたかったのか」
「違います。私はノイバート中将の作戦が成功するようには思えなかったので、まず上官に相談しました。しかし、上官は他の隊のことだからと取り合ってくれなかったので、軍紀違反を承知の上で、隊を動かしました」
「それを英雄気取りと言うのだ!」
「被害を最小限に食い止めるためです」
   バンとさらに強く机が叩かれる。仕方無く発言を止めた。
「クルマン大将、軍紀を重んじる貴卿の気持は承知している。だが、ヴァロワ大佐の指摘通り、ノイバート中将の指揮に問題があったことは事実だ」
   エッカート大将が俺を弁護する発言をしてくれた。この軍法会議では、俺の行動は被害を食い止めるためには仕方の無いことだと認めてくれる大将と、軍紀違反を指摘する大将と二つに分かれていた。しかし俺を擁護しながらも、軍紀違反の罪は重いことを告げる将官も居た。
「君にはおって処分を下す。それまでの間は軍務局の監視の下、謹慎を命じる」
   解りきっていたことだ――。
   はい、と返事をして退室するやいなや、軍務局所属の大佐が側に付く。軍務局の一室へと連れて行かれ、一切の通信を遮断されることになった。
   だが俺は後悔していない。
   むしろ、軍紀を守って行動した時の方が後悔しただろう。あのような状況では、如何にユーリが武術に秀でているとはいえ、下手をしたら命を落としていた可能性もある。それを考えると今でもぞっとする。


   一室に閉じ込められているとはいえ、食事はきちんと三食与えられた。負傷した腕も医務官が診察にやってきて、ガーゼを取り替えてくれた。狭い一室に閉じ込められているという息苦しさはあるが、不自由はしていない。
   丸一日、そうして過ごした。
   扉が開き現れたのは、これまで監視に当たっていた陸軍部の大佐ではなく、海軍部の大佐だった。海軍部ということに違和感を覚えたが、それを尋ねる間もなく、彼は付いてくるよう告げた。

   それに従い、部屋を出る。会議室に行くのかと思っていたのに、それらを通り過ぎていく。何処に行くのだろう――不思議に思っていると、彼の足は海軍長官室の前で止まった。
「海軍長官室……?」
   一体どういうことなのかと問い掛けると、話は長官から聞くよう、彼は言った。海軍長官とはウィリーのことだ。幼い頃、父を慕い、よく家に訪れたあのウィリーだ。俺やミリィは遊んでもらった――。
「閣下。命令に従い、ヴァロワ大佐を連れてきました」
「ありがとう。通してくれ」
   ウィリーの――否、もう海軍長官と呼ばなければならないのだろう――声が聞こえる。
   彼には久々に会う。だが、昔の面影があった。
   机の前までやって来て、敬礼すると、長官はふと笑みを漏らした。
「軍紀違反を犯すとは。一途なところは父親譲りというところかな」
「……申し訳ありません」
「だが、今回の一件はノイバート中将の無謀な作戦であることは確かで、君の判断が隊員の命を救ったことは確かだ。私はそのことを評価する」
「閣下……」
「だが、軍法会議では君の降格を求める声が多かった。陸軍長官からも話を聞いて、そのうえで君の処遇を決めたことだ」
   何故、俺の処遇を海軍長官が言い渡すのか。会議の場か、それとも陸軍長官が言い渡すものだろうに――。
「君は海軍部へ転属。准将の昇級試験を受け、その後に参謀本部への配属を命じる」

   海軍部に転属――!?
   否、それよりも――。

「参謀本部……!? ……と、参謀本部ですか!?」
   相手がウィリーだと思い、ふと気を緩めてしまって、言い直す。海軍長官のザカ大将は笑みを浮かべ、ああ、と言った。
「尤も昇級試験に合格してからのことだ。合格出来なければ、海軍の他支部への転属となる。頑張れよ」
「で、ですが……。私の判断とはいえ、無謀な作戦であることを指摘したのはロートリンゲン少佐で……。私はただ彼の訴えを聞いただけで……」
「的確な判断力、そして一部隊を率いた統率力――君の率いた隊には重傷者が出なかったと聞いている。これは軍人として評価すべきことだ。軍紀違反といっても、君はこれまで一度も規則に違反したことはない。今回のことは不測の事態だったというのは、それで解った」
   驚いて、言葉が出なかった。軍人として評価すべきこと――こんな風に言ってもらえるとはまったく予想出来なかった。
「それに、ロートリンゲン少佐にも昇級試験の話が持ち上がっている。彼の場合、まだ本部所属となることは出来ないが、能力の高い人物だ。いずれ彼も本部所属となるだろう」
   それは――そうだろう。ユーリが優秀だということはよく知っている。何しろ、あのグリューン高校で常に首席だった。それも常に涼しい顔で。帝国大学の学長が進学を求めたこともあった。
「……公的な話は此処までだ。ウィリー、その腕の傷、少佐を庇った時に負った傷だと聞いたが、大丈夫か?」
   海軍長官がウィリーに戻る。そのことに少し安堵しながら、はい、と応えた。
「来週には腕の固定も取れます。……それに元々は俺のことをユーリが庇って怪我をしたのだから……」
「少佐の傷も深いと言っていたな。今は自宅療養中だと」
「あと数センチで脊髄を傷付けるところでした。考えると今でもぞっとします」
   ユーリを医師に診せた時、医師は深刻な表情で脊髄を損傷しているかもしれない――と言った。それを聞いた瞬間、言葉が出なかった。俺のせいで、ユーリが歩けなくなるかもしれない――そんな最悪のことばかり考えながら、治療が終わるのを待っていた。
   だから、傷は脊髄にまで達していなかったと、医師から聞いた時には力が抜けた。本当に良かった――と何度も何度も確認して安堵した。
「さて、試験は月末の28日に執り行う。それまで勉強に励むことだ。今日のところは自宅に戻り、御両親に無事な姿を見せてあげなさい」
「自宅に戻っても良いのですか……?」
「お咎め無しが決まったからな。来週には支部に戻ってほしいが、それまでは休暇申請を出して自宅で過ごすと良い」



   今から自宅に帰る――と母に連絡をいれたのは、午後四時のことだった。今何処にいるの――と問い掛けられ、軍本部に居ることを伝えると、父が迎えに来てくれると言う。
「良いよ。電車で帰るから」
「怪我をしているのでしょう? すぐ迎えに行くって言うから、待っていなさい」
「大した怪我じゃないよ」
「それでもあまり動かない方が良いでしょう。あ、お父さん、今出たからね」
   迎えなんて良いのに――。
   携帯電話を収めて、本部のロビーで待つ。本部は将官が多く、大佐の称号の記された制服を着た俺が此処で待っていると、どうしても目立ってしまう。
   だが、月末の試験に合格したら――。
   海軍参謀本部に所属することになる。陸軍から海軍への転属、それ自体も珍しいことではあるが、ずっと望んでいた本部への転属が叶うとは――。
   大佐となった時、本部への配属を希望していたものの、人員が足りているということで叶わなかった。また次の機会を待とう――そう思っていたが、まさかこんな形で希望が叶えられるとは夢にも思わなかった。
   だが、まずは試験を頑張らないと――。

   胸元の携帯電話が鳴って、それを取り出す。父からだった。此方に到着したのだろう。電話を取ると、父の声が聞こえてきた。
「裏門の前? 解った、すぐに行くよ」


[2011.7.17]
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