怪我の痛みは無く、ただベッドの上で、天井を見つめながら悶々と考えていた。軍という組織のなかでは、たとえ正しいことを意見したとしても、上官に認めてもらえない限り、意見を捻り潰されてしまう。下の者の意見を取り入れてもらえない。
   否――、父上の言う通り、俺は自惚れているのだろうか。自分自身が何よりも正しい――と。
   ……それも一理あるかもしれない。あの時の俺は、自分のことを信じて疑わなかった。


   扉を叩く音が聞こえてきた。母上だろうか――そう思いながら返事をした。
   ところが予想に反して、開かれた扉の前に立っていたのは、ミリィだった。
「ミリィ……」
「怪我したってウィリーに聞いて……。重傷だって聞いたから心配で……」
   ミリィの眼からぼろぼろと涙が溢れ出す。起き上がろうとすると、ずきりと背が痛んだ。その痛みに思わず前屈みになって眉を顰めた。
「ユーリ!?」
   涙を流しながら駆け寄るミリィに大丈夫――と笑んでみせる。
「心配……かけて、ごめん」
「怪我なんかしないって約束したのに……! 軍に入っても大丈夫だって言ったのは、ユーリじゃない……!」
「謝るよ、ごめん」
   胸が痛む。ミリィにこんな顔をさせたくなかった。悲しませたくなかった。
   いつも笑っていてほしいのに――。

   意識を失う直前、まだ死ねないと思った。ミリィのことが頭に過ぎった。
   大切なことを伝えていなかった。俺はミリィのことを愛しているのに、そのことをまだ伝えていない。幼馴染みで、友達以上の感情を――恋人の感情を抱いているのに、俺はいつも中途半端な態度を繰り返していた。
   意識を失う直前、そのことを酷く後悔した。

「ミリィ」
   ミリィの涙を拭い、呼び掛けると、ミリィは私を見つめた。それでも止めどなく涙が溢れ出てくる。
「心配をかけて済まなかった。怪我を負って意識を失いかけた時、真っ先にミリィのことを考えたよ」
   今なら言える。
   時期としては早くとも、それでも伝えられる時に伝えておかなければ――。
   俺が軍人である限り、危険と隣り合わせで、またいつこのようなことが起きるかも解らないのだから――。
「愛している。いずれはミリィと結婚したいと思っている。……将官となったら、正式に結婚を申し込みたい」
   ミリィは大きく眼を見開いて、俺を見つめていた。

   その様子を見て傍と気付いた。結婚したいと告げるには早すぎたのではないだろうか。
   焦りすぎただろうか……?

「……散々、人を心配させておいていきなり何……?」
「……それもそうだけど……。俺が軍人である以上、いつまたこのようなことが起きるかもしれない。だからきちんと伝えることは伝えなくてはならないと思ったんだ。それに……、ミリィを他の男に取られるのも嫌だ」
   ミリィはまだ涙を浮かべたままだったが、急に笑い出した。怒りたいのに怒れないじゃない――そう言って。
「准将となったら、結婚してくれないか……?」
   佐官の間は仕事が落ち着かない。
   准将となったら、本部に所属して――そうなるよう懸命に努力して――、このローマに腰を落ち着けたいと思っていた。それからミリィと――。
   誰にも告げず、一人でそう考えていた。ミリィも少なからず俺のことを愛してくれていると思っていたから――。
「ユーリ」
   ミリィは微笑みながら私を見つめた。
「気長に待つから、どうか無理だけはしないでね」
   それがミリィからの返事だった。
   そっと身体を抱き寄せる。頬に触れるミリィの柔らかい髪に、今生きていることを実感し、そして――幸福を噛み締めた。



   日増しに傷は良くなっていったが、一週間の入院を余儀なくされた。漸く退院出来ても、その後も絶対安静を告げられ、自宅療養となることが決まった。
   毎日、両親とミリィが見舞いに来てくれた。軍に入ってから――、否、士官学校に入ってからミリィと会う時間が激減していたから、とても貴重な時間だった。
   その一方で、ウィリーからは何の連絡も無かった。電話をいれても応答が無い。律儀な性格だから、いつもは着信があれば必ずかけ直してくれる。そのことをミリィに尋ねたところ、ミリィも連絡が取れないようだった。
「ただ、家には一度連絡があったの。軽傷だから気にしないでくれって……。急に連絡が取れなくなったから、何か作戦中じゃないかってお父さんは言っていたけど……」
「そう……。じゃあ支部に戻ったのかな?」
「そうだと思うけど……」
   少し気にかかる。
   今回の件の報告が済んだにしては早すぎるようにも思えるし、ウィリーは上官の許可を取って救援に来てくれたのかどうかということも気にかかる。もしかしたら無断で隊を動かしたのではないだろうか。上官に話せば、上層部に話が伝わる。それからの派兵と考えるには、あまりに早い到着だった。
「ユーリ?」
「ああいや、ごめん。……そのうち電話が来るだろうな」
   無闇にミリィを心配させる訳にもいかない。だがもしかしたらウィリーは今、本部に居るのではないだろうか。軍紀に違反したとして会議にかけられていなければ良いが――。
   どうも、嫌な予感がする。


[2011.7.15]
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