眼を開けた時には、身を潜めていた祠が形を半分失っていた。
   それでも――、命は助かった。
「……感謝するぞ、ロートリンゲン少佐」
   同じように起き上がったアーレンス大佐が肩を押さえながら言った。まったくだ、とアーレンス大佐の側から声が聞こえる。ブリンカー大佐のようだった。アーレンス大佐がそのブリンカー大佐を見遣る。そして慌てた様子で、布を取り出した。
   ブリンカー大佐は頭部が赤く染まっていた。重傷であることは一目で解った。
「閣下……。閣下はどちらに……!?」
   一刻も早く退却の指示を出してもらわなければ――。
   回りを見渡して、愕然とした。殆どの隊員達が起き上がれない状態となっていた。瀕死の者、それに、明らかに死んでいる者も居た。側に居たビューロー少佐は頭から血を流していたが、軽症のようですぐに起き上がる。

   上官の中将は――。
   崩れてきた大岩に腕を挟まれていた。その大岩を退かし、上官を救出する。
   腕は潰れ赤く染まっていた。持っていた布で応急処置を施したが、一刻も早い治療が必要となるだろう。
「閣下。閣下!」
「動ける者は……、何としても、敵を殲滅させろ……。絶対に……」
「退却命令をお出し下さい! そうしなければ、全滅します!」
「……ロートリンゲン少佐。退却も難しいようだ。君の言っていた通り、四方を敵に囲まれている」
   アーレンス大佐が辺りを見渡しながら言った。
   もうどうにもならないのか――。
   アーレンス大佐がそっと銃を構える。俺もこうしてはいられなかった。こうなったからには、何とかして生き延びる方法を探らねば――。戦いながら。
「動けるのは、カミュ中佐、ディルス中佐、ロートリンゲン少佐とビューロー少佐、それに私の五人か。少数だが、幸いにして精鋭達が残ったな」
   アーレンス大佐は皆を励ますように此方を見て言った。健闘を祈る――アーレンス大佐はそう言って、前方を見遣る。

   全員がアーレンス大佐の合図と共に四方八方に散る。何発の銃を撃ち放ったか解らない。誰かの、呻き声を聞いた。それでも振り返らなかった。振り返れば、次に撃たれるのは俺だ。
   生きなければ――。
   何としても生きなければ――。

   荒野を走る。背後から銃声が追って来る。銃弾が当たらないように出来るだけ体勢を低くして、障害物を探しながら走る。
   息が切れ、木に背を凭れさせながら、銃を撃ち放った。一人倒れ、また一人倒れる。
   敵は――。
   確認出来る限り、三十人は居る。先程から味方の姿が見えなくなった。自分に向けられる銃声しか聞こえて来ない。

   駄目だ。今、絶望的なことを考えては駄目だ――。
   諦めては駄目だ――。
   こんな無謀な作戦の犠牲者となるものか――。

   弾を装填する。
   敵が躙り寄ってくる。
   どう動く? どうすれば此処を突破出来る?

   逃げる時間を稼がなければ――。
   銃を構える。
   この眼の前の部隊を率いていると思われる中心人物はおそらく真ん中の男だ。この男を倒せば、敵はたじろぐ。少しは逃げる時間を得られる。
   照準を合わせる。

   刹那――。
   パンパンと別方向から銃声が響いた。
   眼の前の敵が一斉に振り返る。その隙を見て、一発の弾を放つ。狙い通りの男に当たり、敵の動きが乱れる。その時、銃口が此方に向けられた。
   その場を跳躍して、銃弾を交わす。
   しかしその男も背後からの銃撃によって倒れた。

「ユーリ、無事か!」
   敵が四散するなか、一個部隊が此方に駆け寄って来る。
   ウィリーだった。援軍に来てくれたのか――。
   安堵した途端に、また銃声が鳴り響く。身を低くして、銃を構え直す。敵の反撃にあっているようだが、それでも味方が増えたことでほっとした。

   ひゅっと何かが飛んでくる。
   手榴弾のようだった。側に居たウィリーを庇って、その場を飛び退る。
「……っ!」
   爆風のせいで、身体が吹き飛んだ。それと同時に、背に熱い衝撃が走った。
「ユーリ!」
「大丈夫……っ。他の隊員達を早く……っ」
   大丈夫――。急所は外れている。致命傷ではない。
   敵の数もあと少しだ。あと少しで、この惨状の場から――。
   銃を構えて、視界に入る敵に向けて放つ。一発、二発、三発――残り四発しか残っていない。あと少し、あと少し――。



「ヴァロワ大佐。敵勢は鎮圧しました。第十五部隊ですが、犠牲がかなり多く……」
   ウィリーの許に中佐の男が報告に上がる。
   終わったようだった。
   背が燃えるように熱い――。
   その場に腰を下ろす。立っているのが苦しかった。
「ノイバート中将閣下は?」
「腕を負傷しておいでです。今、ネルゾン大尉が負傷者を確認しています」
「解った。私はすぐ本部に連絡をいれる。手の空いている者は傷の手当てを」
   ビューロー少佐は――、大丈夫だろうか。アーレンス大佐達は――。
「背中を見せてみろ、ユーリ」
「部隊……は……? アーレンス大佐は……?ビューロー少佐は……?」
「今、確認を取っているところだ」
   ウィリーが後ろに回る。そしてすぐに布を押し当てた。
「横になっていろ。傷はそう浅く無さそうだ」
   止血のためか、ぐっとウィリーが強く抑えた時、急に息が詰まった。咳き込むと、口から血が溢れ出る。
   血を――、吐いた。肺か内臓を傷付けているのか。
「すぐに病院に連れて行く。こんなことで死ぬんじゃないぞ、ユーリ……!」
「大袈裟だな……。大丈夫……」
   眼の前が暗くなる。
   ユーリ、とウィリーの声が聞こえる。

   死ぬのだろうか――?
   駄目だ。まだ死ねない。
   まだ――。
   俺は大切なことを――。


[2011.7.2]
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