Next Generation



「ロートリンゲン少佐。君は入隊して間も無い。そんな君が指揮に文句をつけるのかね?」
   士官学校を卒業して軍務省に入り、まだ三ヶ月。そんなことは俺も解っている。だが、そう言っていられない状況だから、こうして進言しているのではないか。
文句では無い。言葉もきちんと選んだ。
   それとも――。
   上官命令で死ねと言われたら死ななければならないのか。
「お言葉ですが、この布陣では我が隊は敵に取り囲まれます。閣下、どうか一時撤退を」
「君が士官学校で優秀な成績を修めたことは充分に承知している。嘗てのように幼年コースが設けられていたら、君は間違いなく大佐からスタート出来ただろう。そして君がロートリンゲン上級大将閣下の子息だということも承知している」
「学歴も父も関係ありません。私はただ、この布陣について提案を……」
「ロートリンゲン少佐。君は少佐だ。この隊について命令権を発動出来るのは、将官であるこの私だ。軍において、上官命令は絶対。士官学校でも習った筈だぞ」
「解っております。ですが閣下、このままではこの隊の隊員が殲滅してしまいます。地の利からして敵の優位は明らか。我が部隊に勝利は望めません」
「黙れ。経験の浅い君に何が解る?」
「確かに私は経験は浅いですが、それでもこの布陣は……」
「退室を命じる。命令が下るまで、君には待機を命じる」
「閣下……」
   どうしよう――。
   このままでは隊員全員が命を失うことになる。黙って見過ごすことも出来なくて、上官に進言しに行ったが、聞き入れてもらえない。
   犬死にしろというのか。頭の固い上官のために。
   ウィリーもこの作戦は間違っていると、昨晩、言っていたのに――。
   せめて大佐だったら――と思わずに居られない。それとも大佐でも同じことだろうか。将官でなければ、太刀打ち出来ないだろうか。


「ロートリンゲン少佐。進言してきたのか?」
   控え所に戻ると、同僚のビューロー少佐が声をかけてきた。頷き応えると、取り合ってもらえなかったのか、と彼は言った。
「……閣下は勝てるとお思いだ」
「其処まで自信があるのなら、もしかしたら勝てるかもしれないぞ」
「そう思うか? この布陣はもう敵に見破られていると俺は思う。先程、偵察隊が北を過ぎっていただろう。あれは私達を油断させるために違いない」
「考えすぎではないのか?」
「だと良いが……」
   そうだと良いが、多分、俺の予想通りだろう。このままではこの部隊はむざむざ死地に飛び込むことになる。
   上官は聞く耳を持ってくれない。かといって見過ごすことも出来ない。自分の命に加えて、隊員達全員の命が懸かっている。
   歯痒い。
   何が起こるか見えていて、何も出来ないことがこんなに口惜しいなんて――。

『軍というのは総意で成り立っているもの。たとえ正論を言ったとしても、賛同する者が居なければお前一人ではどうにもならないこともある。そのことをよく覚えておけ』
   父上の言葉が頭のなかで繰り返される。軍人になる――と言った時、父上は覚悟はあるのかと言いながら、そう助言してくれた。
   その言葉が身にしみる。
   父上の言う通りだ――。
   今の俺には何も出来ない。人を動かすための力が――権限が無い。

   どうすべきか、どうすれば良いのか――。
   悩む内に夜が明け、出立の朝を迎えた。最後の直談判に行っても、上官は話も聞かず、俺を追い出した。
   出立の時刻となる。
   テロ組織を殲滅せよ――上官は意気揚々と言い放った。
   だが敵にはもう勘繰られている筈だ。私達が此処に根城を構え、総攻撃に出るつもりだということを。
   この多勢では目立ちすぎる。奇襲攻撃をかけるなら、此処に来るまでの道程をもっと考えておかなければならなかった。上官は偶然にも敵を見つけ、それを捕縛しようと咄嗟に考えたにすぎない。
   敵が昨日、この界隈を通り過ぎたのは偵察のためだ。俺達がどう動くか見計らうため、わざと偵察に来たに違いない。その偵察隊を捕らえなかったということは、奇襲攻撃に出るだろうことは敵にも容易に予想がつくことだ。
   駄目だ――。
   地の利でも不利なのに、勝算が無い。
   どう考えても負ける。
   この状況で負けるということは――。
   犬死にしろと?

   一人だけこの戦陣を離脱したとしても、仲間を見殺しにするだけだ。どうにかしなければ――。あとはどんな手段が残されている?
   父上に連絡を取るか――。
   父上は退官したとはいえ、上級大将という名誉称号を貰っている。父上の命令となれば、上官も聞かざるを得ない。
   だが――。
   それでは俺が父上の息子という特権を振り翳しているようにみえる。
   しかしそれ以外に方法が無いのか。
   それ以外に――。


「敵軍来襲!」
   後方に居た中佐が叫ぶ。パンパンパンと銃声が響き渡る。同時に、血が迸る。
   中佐と少佐がやられた――。
   やはり思っていた通りだ。敵は此方の動向を全て見越している――!

「早々に退却を! 閣下!」
「何を言う!? 怖じ気づいたか、ロートリンゲン少佐!」
   上官の中将が怒りの声を此方に向ける。
   怖じ気づく? こんな銃声で怖じ気づきはしない。命を狙われたことなら、何度もある。だが――。
「我が軍は既に包囲されているのです、閣下」
「後方に敵が回っただけだ。包囲されてはいない」
「閣下。それは誤りです。早く退却しなければ、この隊は全滅します……!」
「黙れ! そのように覚悟が無いのなら、除隊届けを出すことだ」
   言いながら、中将は佐官級の部隊長等に命令を下す。駄目だ。行っては駄目だ。この部隊は必ず負けるのだから――。
「アーレンス大佐、ブリンカー大佐、行ってはなりません……!」
   ロートリンゲン少佐、とビューロー少佐が腕を掴む。二人の大佐は驚いた様子で此方を見ていた。
「ロートリンゲン少佐、貴様は……」
   刹那、眩しい光が眼の前で炸裂する。

   凄まじい爆風と身体に走る衝撃が襲い掛かる。
   咄嗟に受身の体勢を取った。


[2011.6.27]
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