政府専用機内は私達を含め、5人しか搭乗していなかった。臨時の会議という時は、大抵10人未満で現地に赴くことになる。軍務省からは私とゲール中将、それに書記と雑務を務める准将が二人、残り一人は外務省の書記官だった。彼等と言葉を交わし、それから座席に腰を下ろす。午後4時30分の離陸まで、あと10分だった。
   今日はアジア連邦に到着したら、久々にフェイと会うことになっていた。外務長官として相変わらず手腕を揮っており、顔を合わせるのは三年ぶりになる。尤もテレビで時折姿を見かけてはいるが、フェイは何も変わりない様子だった。
「閣下。お休みになられますか?」
「そうだな。離陸したら仮眠を取ることにする。伝えておいた通り、私はアジア連邦に到着したら、フェイ外務長官と会食に出掛けるから……」
「はい。では今、明日の予定を確認しても構いませんか?」
   快諾すると、ゲール中将は手帳を取り出して広げた。それを読み上げていく。明日は大きな会議が3つある。それぞれの時間の確認と、会議後の打ち合わせ――それらを合わせると、どうしても分刻みのスケジュールとなってしまう。
   二日目にも会議が入り込んでいるが、一日目よりは楽だろう。少しは骨休め出来そうだ――そんなことを考えながらふと時計を見ると、午後4時30分を10分も過ぎていた。
「離陸は4時30分だったな?」
「ええ。そうですが……、遅れていますね。何かあったのでしょうか」
   ゲール中将が立ち上がろうとすると、側に居た准将が、私が機長に聞いてきます――と立ち上がった。暫く待っていると、准将が機長と共に戻って来た。機長は此方に向いて敬礼すると恐縮して言った。
「ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません。実は空港内に子供が入り込んだとのことで、騒ぎになっているようでして……」
「子供が?」
   何故、このような場所に子供が入り込んだのか――入口にも周囲にも警備が万全に敷かれている筈だった。その包囲網を潜り抜けてしまったというのか。
「ええ。しかも管制官達も子供を未だ捉えることが出来ないとのことです。離陸まで、今暫く、お待ち下さい」
「それは構わんが……、一体何故子供が……」
「私も長年機長を務めておりますが、このようなことは初めてです。此方の警備はかなり厳しいので、子供といえど容易に侵入は出来ない筈ですが……」

   そうして暫く待ったが、午後5時になるというのにまだ離陸出来なかった。連邦に到着する時刻にフェイが空港に迎えに来てくれると言っていたから、少し遅れると連絡しておいた方が良いか――。
「大将閣下!」
   突然、慌てた様子で機長が駆け寄って来た。何かあったのだろうか。
「申し訳御座いませんが、少々、此方にいらしていただけますか?」
「どうした?」
「それが、その……」
   機長は気まずそうに私を見つめる。何か不備でもあったのか――とゲール中将が横合いから問い掛けた。
「いいえ、その、先程の子供の件ですが……。実は……」
   機長は声を潜めて言った。
   その子供が、閣下の御子息だと名乗っているのです――と。


   驚いて、言葉が出なかった。この騒ぎを起こしているのが、ユーリだと?


「解った。すぐに行く」
「閣下、私も参ります。閣下の御子息を語る罠とも考えられますので……」
   ゲール中将も立ち上がり、私と共に一旦、この機内を出た。そして機内を出てすぐのところで、管制官達8人とその真ん中に立つ子供の姿が見えた。
   遠目でも解る。
   あれはユーリに間違い無いと。

「機長、ゲール中将、申し訳ない。確かにあの子は私の息子だ」

   二人に謝罪してから、管制官達の許に駆け寄ると、ユーリが顔を上げて此方を見た。
泣いていたようだった。
「閣下。御足労頂き、申し訳御座いません」
「此方こそ迷惑をかけて申し訳ない。その子は私の子に間違い無い。何故このようなところに入れたのかは解らんが……。ユーリ、説明しなさい。何故、お前が此処に居る?」
   ユーリはぼろぼろと涙を流して黙り込んだ。鞄を持っている様子からも、学校帰りなのだろう。ミュラーが護衛に当たっている筈だが、彼を撒いて来たのだろうか。何故真っ直ぐ邸に帰らなかったのだろう。否、どうやって此処に入り込んだのか――。
「黙っていては解らんぞ。ユーリ、きちんと応えなさい」
「……一緒に連れて行って。父上」
   そう言って、ユーリはしがみついてきた。一緒に連れて行ってくれ? まさかそのためだけに此処に忍び込んだのか――。
「ユーリ、これは仕事なのだぞ。それに此処は立ち入り禁止区域で、お前が入って来てはならない場所だ。何故、此処に居る?」
「仕事、仕事って……っ! 父上、いつも約束破るもん……っ!」
   ユーリは軍服の裾にしがみついて、放れようとしなかった。是が非でも付いてくるつもりなのだろう。ユーリの気持は解るが、だからといって、此処に侵入して良いという訳ではない。
「謝りなさい、ユーリ。お前の勝手な行動で、皆が迷惑しているんだ」
   しがみつくユーリの身体を引き離して、きつく告げる。しかしユーリは謝る素振りを少しも見せなかった。
「ユーリ!」
   思わずかっとなって、手を挙げかけた。閣下、とゲール中将が私の右腕に触れる。私を止めるように。
「閣下があまりにお忙しく、御子息と過ごす時間も無いことが招いた事態です。御子息をあまり責めないであげて下さい」
「しかしフライトを40分も遅らせ、皆に迷惑をかけたことはこの子のせいだ」
「ですがもし閣下の御子でなければ、閣下は仕方が無いと仰ってお許しになると思います。違いますか?」
   ゲール中将の言葉に思わず応えに窮した。確かにユーリでなければ、注意だけ与えて許したかもしれない。ユーリだから勝手な行動に及んだと解るだけで――。
「……ごめん……なさい……」
   その時、ぽつりとユーリの口から、謝罪の言葉が漏れた。


[2011.6.20]
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