「勝手に入って……、ごめんなさい……。でも……っ、どうしても……っ、連れていってほしかったから……っ!」
   ユーリは声をあげて泣いた。私にしがみつくでもなく、ただぼろぼろと涙を流した。
「お願い……っ、父上……っ!」
   泣きながら、懇願する。
   今更ながら気付いた。この子はずっと耐えていたのだと。物解りの良い振りをしていたのだろう。
   ちょうどルディがそうだったではないか――。
「……仕事でなければ連れていこう。だがユーリ、これは仕事なんだ。解ってくれ」
   ユーリの背をそっと抱き締めて、諭すように告げる。嫌、一緒に行く――とユーリはなかなか納得しなかった。
「あ……。長官」
   ゲール中将が遙か前方を見遣って呟いた。眼の前に居た管制官達が一斉に振り返って、敬礼する。ヘルダーリン卿にこの騒ぎが知れたのか――と思っていたら……。
「なかなか機体が離陸しないので、妙だと思ってな。管制室に事情を聞いて、此方に来たところだ」
   ヴァロワ卿だった。会議後に半休を取ると言っていたが、まだ帰宅していなかったのか。
「申し訳ありません。このような騒ぎを起こしてしまって……」
「まだ納得していないようだな」
   ヴァロワ卿はユーリを見遣って言った。そしてちらと時計を見て、機長にフライトの準備をと告げる。
「ユーリを預かろう。あと少しでロートリンゲン家から迎えも来る筈だ」
「知らせて下さったのですか? すみません」
「つい先刻、妻から連絡が入ってな。ユーリが居なくなって奥方が探していると聞いたんだ。お前に知らせた方が良いと思っていたところ、広場を見たら機体はまだ飛び立っていない。管制室に聞いたら子供が忍び込んだというではないか。もしかしたらとは思ったのだが」
「すみません……。色々とご迷惑を」
「ユーリ、此方においで。私と共に父上を見送ろう」
   ユーリは私の裾に顔を埋めたまま、首を横に振った。どうやら頑としても私から放れないようだった。
「閣下。今回は人員も少なく、機内も空いております。御子様一人ぐらいならお連れになっても……」
   機長と管制官が私を見遣ってそう提案してくれた。
「いや……。この子を特別扱いする訳にはいかない。仕事は仕事だ」
「父上……」
「解ってくれるな? ユーリ」
   ユーリの眼を見、それから額に口付ける。良い子で留守番していてくれ――そう告げると、ユーリは懇願するようにまた言った。
「どうしても……、駄目なの……っ?」
「駄目だ。遊びに行くのではないのだから」
   この時になって、ユーリは漸く納得した様子で、私の裾を掴んでいた手を放した。迷惑をかけて済まなかった――と、この場の全員に謝罪する。ヴァロワ卿がユーリの手を取ろうとした時、ユーリは突然屈み込んだ。
「ユーリ?」
   鞄の中からごそりと何かを取り出す。封筒のようだった。
「これ……」
   私にそれを差し出す。受け取ると、ユーリは言った。
「父上……。明日、お誕生日だから……。でも、明日、渡せないから……」
   ユーリは両手で眼を拭いながらそう言った。
「ありがとう、ユーリ」
   そっと頭を撫でて、行ってくるよ、と告げる。ユーリは凝と私の顔を見上げていた。
「ヴァロワ卿。申し訳ありませんが、ユーリをお願いします」
「解った」
   ヴァロワ卿はユーリの手を取る。そして私は機長とゲール中将を促して、機内へと戻っていった。



   出立が50分も遅れたことを皆に詫びてから、席に戻る。そうして機内の窓から外を見ると、ヴァロワ卿と手を繋いだユーリの姿が見えた。ユーリは此方が見えているのか、片時も視線を放さなかった。
   軽く手を挙げる。気付くだろうか――。
   機体がゆっくりと動き出す。その時、ユーリは手を振り返した。私の姿が見えたのだろう。
「可愛らしい御子息ではないですか」
「まだまだ幼い子供なのだと実感してしまったな。……私自身、6年前迄は独身で気儘な生活を送っていたから、それが今でもって抜けきらないことがある。仕事仕事で構ってやれないことを当然のように考えていた」
「いつか解ってくれますよ。私も閣下と同じように、子供にはずっと責められていました。いつもいつも約束を破る、と」
   ゲール中将は苦笑混じりに話し始めた。そういえば、彼の子供はウィリーより一つか二つ年上だったような――。
「ある日、約束を破ったことを執拗に責めてきたんです。言い聞かせたのですが、約束を守らない私が悪いと言われまして……。その時、私もかっとなって殴ってしまって……」
   あの時、ゲール中将は私の手を制した。それは自身にも経験があったからなのか。
「子供を殴った時の後味の悪さといったらありませんでした。しかも、確かに私に非のあることだったのですから」
「そうか……。あの時、止めてくれてありがとう」
「閣下のお気持も解りますから。根気良く諭していく以外ありませんよ」

   考えてみれば――。
   私も父によく殴られていたとはいえ、そうした時はいつも私自身が悪事をしでかした時だった。
   父は必ず約束を守ったし、自分の都合の悪い時に手を挙げるようなことは一切無かった。
   私はまだ親として未熟だな――。
   改めてそのことを認識してしまう。

   ふと手に持っていたユーリの手紙が眼についた。封筒を開け、開いてみるとカードが入っていた。
   誕生日だから――と言っていた。その祝いのカードなのだろう。
   二つに折り畳まれたカードを開くと、ユーリの文字が現れる。
   そして、手を挙げなくて良かったと、心からそう思った。


   父上、誕生日おめでとう。
   お仕事忙しいけど、偶にはゆっくり休んでね――。


   短いその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


【End】



[2011.6.22]
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