「今から30分前に全艦がナポリ港に入りました。本日より出立の16日まで、艦内の調整を行い、その後、バルト中将を艦長としてベレ中将、グラマン中将麾下の乗員達がアジア連邦に発ちます」
   軍務局総務参事官を務めるゲール中将が報告を行う。私が国際会議常備軍将官の立場にある時は、彼に副官として任務を補佐してもらっている。この日、出立時刻の一時間前に、彼は私の執務室にやって来て、現在の状況について報告した。準備は滞りなく進んでいるようだった。
「解った。私達は午後4時に集合で、4時30分に離陸だったな?」
「はい。一度御帰宅なさいますか?」
「いや、これから会議が入っているから、おそらく4時ぎりぎりにロビーに下りることになると思う」
   演習の前に国際会議が入ってしまったことで、艦隊より一足早くアジア連邦に入ることになった。一時間後には、この本部から目と鼻の先の広場から専用機でアジア連邦へと向かう。
「解りました。……しかしお忙しいですね」
「新しい予算を通すためだから仕方が無いとはいえ……、流石に忙しすぎるな」
   苦笑を返しながら応えた時、机の上の電話が鳴った。ゲール中将はそれでは、と敬礼して退室する。受話器を取ると、ヴァロワ卿の声が聞こえて来た。
「済まないが、会議前に五分、時間を融通してもらえるか?」
   今から十五分後に会議が始まる。ここ連日の会議は、海軍と陸軍合同での会議だった。おそらく会議に関することだろう。
「解りました。今からでも構いませんよ。私が其方に伺いましょうか?」
「会議室は其方からの方が近いだろう。私が行く。済まないな」
   ヴァロワ卿はそう言って電話を切った。どうやら急を要することらしい。5分ほど経ってから、ヴァロワ卿が執務室にやって来た。
「忙しいところ済まない。早速だが、予算編成の件で参謀本部に確認したいことがある」
   平常時の兵器数について、ヴァロワ卿が質問してくる。資料を片手にそれに応えると、ヴァロワ卿はやはりそうか――と納得した様子で言った。
「兵務課の出した書類、別件と混同しているようだな。兵務課に問い合わせたら、間違いは無いと言っていたが、おそらくこれは根本的な勘違いなのだろう」
「ミスがありましたか?」
「兵器数が一週間前に提出された書類と違うんだ。昨日、カルア大将が指摘した点は、おそらくこの数値の誤解から発生していることだ」
   ヴァロワ卿の提示した書類を見ると、確かにヴァロワ卿の言う通りだった。カルア大将は兵器数の著しい増加に苦言を呈していた。それは兵務課の用意した書類の勘違いがあってのことだとしたら、カルア大将も納得するだろう。
「では今日の会議は早く終わりそうですね」
「そうだな。確か今日からアジア連邦に行くのだろう?」
「ええ。午後4時に此方を発ちます。会議が長引くようだったら、抜けるつもりでしたので……。早々に一段落出来そうで安心しました」
「常備軍司令官の任務が忙しすぎるな。先月からずっと休みも取っていないのだろう? 海軍参謀本部長は軍務省内で一番超過勤務だと人事課から聞いているぞ」
「まったくです。何が一番忙しいかと問われれば、常備軍の仕事ですから……。他国の司令官達も同じことを言っていましたよ」
「常備軍司令官は各国、兼任とせず専任とするようにと、今度の国際会議で議題にあげるつもりではいるが……。昇級の問題が絡んでくるだろうから、難しいだろうな」
「既に大将の階級にある者ならまだしも、中将も居ますからね。……かといって、閑職に回してほしくとも、海軍部に閑職は無いとヘルダーリン卿に一蹴されましたから」
   参謀本部という一番忙しい部署に居るということも、忙しさの一因となっている。しかしヘルダーリン卿は適任が居ないと言って、参謀本部から異動させてくれない。確かに海軍部は未だ大将が少ないが――。
「家の仕事もあるのだろう?」
   ヴァロワ卿は気遣わしげに言った。
「ええ。……ですが何よりも、ユーリと過ごす時間が無いのですよ。今回も緊急会議が入らなければ明日は休みを取る予定だったのですが、その予定も潰してしまったので……。この間は泣き付かれました」
「だろうな。まだ父親の恋しい年頃だろう」
「今回は流石に胸が痛みました。しかし何とか時間を作ってやりたくとも出来なくて……」
「それを聞くと、申し訳ない気もするが……。私もずっと休みを取っていなかったから、この会議を終えたら半休にして、明後日まで休暇を取ったところだ」
「ヴァロワ卿もずっと休みを取ってなかったですから。ウィリーもミリィも喜びますよ。そういえば、ヘルダーリン卿も同じような状況らしく、家庭崩壊の危機だとか言っていました」
「やれやれ……。ビエラー大将もそのようなことを言っていたぞ。……体制が変わったとはいえもう十年だ。そろそろ落ち着いても良い頃なのだがな」
ヴァロワ卿は時計を見遣って、そろそろ会議室に行こうか――と促した。話し込むうちに、会議開始の五分前となっていた。


   予想通り、会議は予定より早く終了した。当初、兵器数の著しい増加に苦言を漏らし、陸軍部の兵器数削減を訴えていたカルア大将は、兵務課のミスを受けて、発言を撤回した。兵務課の属する軍務局はひたすら不備を詫びて、会議は円満に終了した。
「ロートリンゲン卿。今から出立するのでしょう?」
   会議が終わってから、ヘルダーリン卿が声をかけてくる。ええ――と応えると、休暇を潰して申し訳ないと言った。
「国際会議からの召集ですから仕方無いことですよ」
「ロートリンゲン卿は本当にお忙しい。参謀本部と常備軍の仕事に加えて、ロートリンゲン家の仕事もあるのでしょう?」
   側に居たバウアー大将が気遣わしげに言う。苦笑を返すと、お身体には御留意をと返って来た。
「ありがとうございます。今年は夏に少し長めの休暇を取らせてもらう予定なのですよ」
「そうした方が良い。確か御子息もまだお小さいでしょう」
「今年、ジュニアスクールに入りました。もう少し確りしてくれると良いのですが、まだ甘えてばかりですよ」
「もうそんな年でしたか」
   ヘルダーリン卿は驚いて私を見遣る。案外に他人の子供というのは、成長が早いように思えるものだった。私自身、先日、ヴァロワ卿の長男のウィリーが九歳になったという事実には驚いたのだから。
「しかし甘えてくれるうちが、子供らしい可愛い時期ですよ」
   ヘルダーリン卿の言葉にバウアー大将も頷く。二人とももう子供が高校に進学しており、手が放れたとよく言っていた。私もいずれそうなるのだろうが、ユーリを見て居るとまだまだ先のことのように思えてくる。
「それではお先に失礼します。ヘルダーリン卿、また会議後に電話報告しますので」
「宜しく頼みます。気を付けて」
   まだその場に残っていた将官達に軽く会釈する。ヴァロワ卿も気を付けて――と見送ってくれた。そして、一旦参謀本部の執務室に戻って、資料の入った鞄を取って来てから、ロビーへと向かう。


[2011.6.17]
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