自動運転に設定して車を走らせて二時間――、士官学校の門が見えてきた時には安堵した。全てを車任せにしているとはいえ、運転席に座っていると緊張感が伴う。
   ロイとは11時に門の前で会う約束を交わしていた。今は10時50分で、待ち合わせの時間には少しだけ早い。かといって、これ以上、車を動かすのも時間に遅れてしまいそうで、門の少し先で停車して待つことにした。
   ところが――。

   士官学校のなかから守衛らしき人物が駆け寄ってきて、窓をコンコンと叩いた。
「此処から車を移動させて下さい」
   此処は駐停車禁止区域だっただろうか――。以前、父上の車で此処に来た時には可能だったと思うが――。
「ではこの付近に一番近い駐車場は何処ですか?」
   尋ねると、彼は裏側に回り、其処からさらに500メートル行ったところに空き地があることを教えてくれた。仕方が無い。ロイに連絡して、待ちあわせ場所を変更してもらうか――。
   だが位置が曖昧な以上、自動運転で進むことは出来ない。運転モードを切り替えた時、その車を退かせろ――と背後から声が聞こえて来た。
「君、早く車を退かせなさい。今日は来客の多い日なんだ」
   成程、そういうことか――。
   ルームミラーでちらと背後を見ると、黒色の車が二台見えた。士官学校の前に車を停め、軍服を纏った男が二人、現れる。早く――と守衛に急かされた時、門の側にロイの姿が見えた。
「二分で立ち退きます。少し待って下さい」
   守衛にそう言って、車を降りる。ロイ――と声をかけようとして、口を噤んだ。
   ロイは門の前で立ち止まり、来客に向かって敬礼していた。階級章からして大将らしい。どうやら要人のようだが、此処からでは職名章は見えなかった。
「学生は学生らしく、休日でも制服を身につけておくべきものだ。君」
「は。申し訳御座いません」
   ロイは注意されて素直に謝罪する。休日ぐらい良いではないか――と私などは思うが――。
「私達の時代は、休日であっても、部屋で自習したものだ。遊びに出掛ける暇など無い程な」
   ロイは黙って聞いていた。側に行って助け船を出そうか――と思ったが、却ってそれはロイの立場を悪くさせてしまいそうで――。
   忌々しげにロイを見遣った大将級の男二人が学校内に進んでいく。ロイは彼等を敬礼で見送ってから、左右を見渡した。
「ロイ! 此処だ!」
   声を掛けると、ロイは私を見て安堵したような表情を浮かべる。久しぶりだ――と告げると、待たせたかとロイは言った。
「私が少し早く到着しすぎたんだ」
「どうやって来たんだ? 父上の車か?」
「いや、私の車で。話したいことは山程ある。まずは此処から移動しよう」
   ロイを促して、車の方に進む。ロイは驚いていた。一体いつ車を買ったんだ――と。
   しかしその時だった。
「待ちなさい。士官学校の学生が車を運転するとは何事だ!?」
   背後から厳しい声が聞こえて来て驚いた。振り返ると、先程とは別の軍人が二人立っている。声を掛けてきたのは中将級の男、もう一人は大将級の男だった。
「どうも近頃は弛んだ学生が多いとは聞いていたが、門の前で平然と違反を犯すとは……。二人とも、所属と学年、名前を名乗りなさい」
   もしかして、誤解されているのか。私が士官学校生だと――。
「誤解なさっています。私は士官学校の学生では……」
「白を切るつもりか!」
   驚きながらも言い返そうとした時、ロイが私を制して敬礼した。
「上級士官コース2年、ハインリヒ・ロイ・ロートリンゲン士官候補生です。此方は私の兄で、帝国大学の学生です」
「ロートリンゲン……?」
   大将と中将はほぼ同時に眉を顰めた。本部には父上が居るから、きっとこれで身許は明らかとなるだろう――そう思っていた。
   ところが――。
「言うに事欠いて、ロートリンゲン家の人間と名乗るか。校内で身分照会をしてから、判断するとしよう」
   此処まで疑われるとは思わなかった――。
   車も停車させたままなのに――。
「早く来なさい。事務室で学籍番号を照会してもらえばはっきりする」
   まさかこんな事態となるとは思わず、私は学生証も持っていない。ロイは解りました、と応えて、私を見た。
「ロイ。私は学生証を携帯していないぞ」
   そっと告げると、ロイは大丈夫だと言った。
「軍の管理システムから大学内のネットワークに照会することが出来る。学籍番号さえ憶えていれば大丈夫だ」
   一旦、車に戻り、エンジンを停めて守衛に事情を話す。守衛は仕方なさそうに、この場での駐車を認めてくれた。
   それにしても士官学校は大学と違って、部外者立ち入り禁止だと聞いているのに、私が入っても良いのだろうか――。この場合は仕方無いのか――。

   士官学校内に足を踏み入れるのは、勿論これが初めてだった。校庭を進み、校内へと入る。そ受付のような事務室で、ロイは学籍番号と名前を名乗った。そして共に来た中将が確認を行う。
「……君がロートリンゲン家の二男だということは明らかになった。ではあの車は?」
「それは私の車です。ハインリヒの兄のフェルディナント・ルディ・ロートリンゲンと申します」
「兄……? ロートリンゲン家の長男ということか……?」
   はい――と応えると、彼は訝しげに私を見た。
「長男は身体が弱く、邸のなかで過ごしていると聞いているが」
「それは幼い頃の話です。高校からは進学し、今は帝国大学に在籍しています」
「一応、照会を」
   事務員に大学の学籍番号を伝える。程なくして、私の写真の載った画面が現れる。この時になって中将級の男は納得したようだった。
「運転免許証も保持しているな。では二人とも行って宜しい」
   これで解放された――。
   安堵してロイと顔を見合わせる。失礼します――と言ってから、その場を立ち去ろうとした。
   その時――。
「良い気なものだ」
   ずっと無言だった大将級の男が発した言葉は、酷く敵意に満ちたものだった。
   驚いていると、ロイが行こうと囁く。もしかして、ロイはこんな経験には慣れているのだろうか……?


「やれやれ。災難だったな、ルディ」
「先程の軍人達は……? 本部軍務局の大将と中将だろう? 何故、士官学校に……」
「偶に本部の軍人が此処に来ることがある。何をしているのかは知らないけどな。……それでルディ、あの車どうしたんだ? 買って貰ったのか?」
   門の外に出ると、ロイは私の車を見遣って言った。
「今年の誕生日プレゼント、車だったんだ」
「誕生日プレゼントが!? 良いなあ……」
「……ロイは違うのか?」
   ロイの誕生日は私よりひと月遅れで、毎年、大抵同じ物を貰える。時計を貰った時は、色違いだったし、去年のカフスボタンもそうだった。
「だって俺が貰っても、卒業するまで運転出来ないし……」
「士官学校で車と船舶、それに航空機の免許を取らされたと聞いたが?」
   士官学校の上級コースに進学すると、それらの免許を学校内ですぐに取得出来ると聞いていた。だから、ロイは私より早く免許を取得していたことになるのだが――。
「書類上は免許を持ってるけど、卒業するまでは公式の免許証が発行されないんだ。だから来年にならないと、車を持っていても意味が無い」
「そうだったのか。まあでも、来年はきっと車だな。誕生日前に聞かれるよ。どんな色が良いか選べって」
   守衛に迷惑を掛けたことを一言告げてから、車へと向かう。エンジンをかけて、とりあえずはこの付近から車を出すことにした。
「もう昼になるな。ロイ、何処か案内してくれないか?」
「この界隈は何処に行っても軍人ばかりだ。もしルディが良いなら、隣町まで出ないか? 多分車で30分ぐらいだ」
「解った。少し待ってくれ」
   まだ操作になれておらず、一旦停車しないと自動運転に変更出来ない。道の脇で停まり、自動運転に切り替えて、ナビを設定する。そうしてロイと話しながら、隣町へと向かった。


[2011.5.29]
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