予想通りといえば予想通りだが、両親共にレオンのことを気に入って、今日はいつも以上に和やかな夕食の時間を過ごした。レオンは人当たりが良く、温厚で、年上からも年下からも慕われる。
「ムラト先輩? どうかなさいましたか?」
   俺の部屋でテレビをつけて寛ぎながら、何気なくレオンを見ていた時、その視線に気付いてレオンが問い掛けてきた。
「……軍は腐敗した組織と化している。裏帳簿や不正人事が普通に罷り通るほどのな。レオン、それでもお前は軍人を志すか?」
   レオンは神妙な眼差しで俺を見た。俺以上に正義感の強い男だ。もしかしたらそのような現場だと知れば、軍人を辞めたくなるかもしれない。
「俺は……、大事な人を守るべき時に守りたくて軍人を志願しました。たとえ軍の組織に問題があったとしても、俺は俺自身の信念を曲げるつもりはありません」

   負けた――。
   ふとそう思った。レオンは覚悟も信念も既に備わっている。俺のように揺らぐこともない。こんな人間は滅多に居ない。逸材だ――。
「愚問だったな。……レオン、俺が今から話すことは他言するんじゃないぞ。そして軍人となったらお前は必ず上を目指せ。俺はお前を補佐してやる」
   俺はレオンのようにはなれない。だが、このレオンを支えてやることは出来る。きっとそれは俺のやるべきこと――役割に合っている筈だ。
「お前こそ上に立つに相応しい人間だ。俺は今、そのことを実感したよ。そして、同時に俺のやるべきことも見えた」





「ムラト大将? どうかなさいましたか?」
   偶には飲まないか――とレオンを誘い出し、行きつけの店に行った。レオンと話すうちに懐かしいことを思い出してしまい、会話を止めてしまった。
「こうして二人で飲むのは何年ぶりだったかな」
「4、5年ぶりだと思いますよ。何やかやと忙しかったので」
「そんなに経つか。しかし確かに、この数年は休む間もなかった」
   終戦後も何やかやと慌ただしかった。レオンと俺が責任を取ろうとしても、先輩達に阻まれ、辞任どころかレオンは常備軍総司令官の任命まで受けることになった。
   帝国――現在の西欧連邦との戦争が終わって、早6年が経った。その間、元国王が逝去したり、マームーン大将が退職したりと色々なことがあった。レオンの弟のテオも昨年、中将に昇級した。
「課題は山積みだが、今のところは軍も安泰だ。……今では、仕事をしている時、自分がこの道を選んで間違い無かったと確信出来る」
「同感です」
「お前の場合、辞めることを考えたのはたった一度きりだろう。俺は何度それを考えたことか」
「数えきれないほど考えましたよ。先輩方は俺に役ばかりを押しつけてくるから、責任が自分一人に背負いきれないと思うこともありましたし……」
   レオンはそう言って苦笑しながら、酒を一口飲んだ。
「レオン。俺はお前を担ぎ上げたことを一度も後悔していないぞ。俺だけでなく、先輩達もな」
「ほら、そうやってまた持ち上げる」
「それだけの才があるということだ。何ヶ国もの長官を見てきたが、俺はお前を一番に評価するぞ」
「国際会議に出席すると、理想論だとよく指摘されますがね」
「理想を追求するのが、長官の役目だ。あとのごたごたは次官以下が引き受ければ良い」
   一度代わりましょうか――とレオンは笑いながら言う。俺は敵が多すぎて駄目だと、何度も言っているではないか。
「……でも何よりも俺はやはり、ルディが……、帝国宰相のことが惜しいと思うのです」
「宰相か……。あれだけの逸材も居なかったからな」
   西欧連邦の前身である新ローマ帝国宰相、フェルディナント・ルディ・ロートリンゲンは戦後間もなく死去した。アクィナス刑務所での日々が、宰相の身体に負担をかけ、命を奪った。レオンとシャフィークが刑務所から宰相を救出したが、その時既に、宰相の命は風前の灯火だったらしい。心臓と肺の移植を受ける予定だったらしいが、移植までの時を長らえることも出来なかった。
   もっと早く行動を起こすべきだった――とレオンはずっと悔いていた。
「俺は先輩方には恵まれましたが、同い年の友人はあまり居ないんですよ。……そのせいか、彼と話すのが楽しくて……」
   レオンは先輩や後輩には好かれるが、同期の者達からは疎まれる傾向がある。一人際立って昇進したせいもあるのだろう。
「もし彼が生きていたら、この国と西欧連邦との関係はまた違っていたかもな」
「出来れば、その未来を望んでいました」
   レオンはそう言ってから、また酒を飲んだ。
「……叶わぬ夢となってしまいましたが……。ですが、ルディの望んでいた分、戦争の無い世界を築きたいと思っています」
   だからこそ、常備軍総司令官も引き受けたんです――とレオンは言った。レオンらしい言葉だった。戦争を無くすために、軍に所属するとは一見、奇妙なことにも思えるが、レオンの立場だからこそ出来ることは沢山ある。
「恒久平和と言うと、俺達の身には余ることだ。せめて何十年か先は戦争の無い社会にしたいものだ」
   レオンは微笑して頷いた。
「そのためには、まだまだ尽力しなければならないな、お前も俺も」
「そうですね。身を粉にして働かないと」
「そうなるとあと10年はお前に長官の座に留まってもらわなくてはな」
「長すぎますよ。今でさえ就任期間が長いのに……」
「だがお前の望みを叶えるためには、それが一番だぞ。軍人はどうも血気盛んな者が多いからな」
「ムラト大将は?」
「俺は敵が多いから駄目だと言っているだろう。その代わり、お前の補佐をずっと務めてやる」
   約束だ――とレオンに言うと、レオンは呆れながらも出来る限りはと応えた。
   この日は夜遅くまで語らいながら飲み、そして別れた。レオンは実家に戻り、明日は昼の会議前に出勤することになっていた。


[2011.5.19]
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