「今年卒業のシャフィークについてはもう根回しを済ませてある。だがそれより下の学生についてはまったく解らなくてな」
「俺達の部屋ばかりに集中していますね」
「そうでもないさ。まあ、俺達の部屋は優秀な人間が多かったか。お前は学業が優秀、シャフィークは体技が抜群だ。そして二人とも、曲がったことが大嫌いだ」
   学業か体技かどちらかが優秀で、曲がったことが嫌いな人間――。
   真っ先に思い当たる人物が居た。
「先輩。それならば適材が居ますよ。私より3つ下で、今、二年生です」
   一人思い浮かぶ。
   学業もまずまず優秀で、体技はシャフィークと肩を並べる。おまけに正義感が強くて、責任感もある。
「ほう? どんな奴だ?」
「レオン・アンドリオティスと言います。同じ部屋の下級生ですが、あのシャフィークと対等に張り合った男です」
「シャフィークと……?」
   これには先輩も驚いたようで、それは本当か――と問い返してきた。毎年恒例の歓迎会は見物でしたよ――と付け加えると、どんな男なのかと興味津々の態で尋ねて来る。
「一言では言い表せませんが、俺が受けた印象では、彼は上に立つべき人間だと思います。先輩もきっと彼のことを気に入りますよ」
「興味深いな。レオン・アンドリオティスか」
「シャフィークより成績も良いですし、腕っ節も強い。……成績は確か、学年でも上位には食い込んでいた筈です。何よりも人望があります。後輩を引っ張って行く力も」
「そんな奴が下に居るのか。それは楽しみだ」
「情に流されやすいところがあるのが欠点ですけどね。興味を持たれたのなら、今度、先輩と引き合わせますよ」
   レオンは正当な評価を受ければ、必ず軍の上層部に食い込むだろう。そんな気がする。際立って成績が良い訳ではないが、人を惹きつけるものがある。レオンの穏やかな人柄と、さりげなく周囲に気配りをしながらも、発言すべきことは発言する毅然とした性質が、魅力となっているのだろう。
   上からも下からも慕われる、そんな人間だからこそ、いずれ軍人となったら本部上層部の将官となるのではないか。そして、そうなってくれたら、今の腐りきった組織も少しは変わるかも知れないと思う。
   ギラン先輩は確りとレオンの名を頭に刻み込んでから、俺と別れた。詳しく教えてはくれなかったが、あの様子ではおそらくシャフィークの配属先も決まっているのだろう。
   俺も――。
   俺も身の振り方をもう一度考えなくてはならない。このままで良い筈が無い。
   先輩のように信念を持たねば――。
   このまま軍に在籍するのだろうかと、悩みかけていた時期だったから、今日、先輩と会えて良かった。自分の身の振り方をどうするべきか、解ったような気がする。


 
   少し気が軽くなるのを感じながら歩いていたところだった。視界に見覚えのある人物の姿が映ったような気がした。
   振り返り、その方を見遣る。
   あの背の高さ、それに少し陽に焼けた肌、均整の取れた身体つき。
   間違いない――。
「レオン!」
   その名を呼ぶ。間違いなくあれはレオンだ。こんな街中で一体何をやっているのか――。
   今日は士官学校も休日だったのだろうか。
   レオンは振り返り、俺に気付いて眼を見開いた。
「ムラト先輩!」
   さっと左右を確認して、車道を横切り、俺の側に駆け寄って来る。士官学校の制服を身につけてはいなかった。
「此方に帰っていたのですか?」
「ああ。休暇でな。お前は? 今日は休みか?」
「ええ。明日まで休みなのですが、寮に戻ろうと思って……」
   休日には決まって実家に帰っていたレオンが、一日早く戻るとは珍しいことだった。
「学校で何かあるのか?」
「いいえ。……祖父と派手に喧嘩をして、追い出されました」
   レオンは苦笑しながら肩を竦めた。そういえば手に荷物を持っている。
「……軍人になるということで喧嘩か?」
「はい。いつものことです」
「士官学校に入学した時点で軍人となると決めたと同じだろうに……」
「そう言い返したら、出て行けと言われました。祖母や弟に波及しそうだったので、早めに寮に戻ることにしたんです」
   レオンの祖父は聞くからに頑固な人だった。士官学校に入学してからは殆ど口も聞いてくれないという話は聞いていたが、ついにそれが爆発したのだろうか。
   レオンは明日まで休暇だと言っていた。俺と同じだ。
   ……ということは、外泊しても問題は無いだろう。
「レオン。それならば俺の家に来い。お前とも話がしたいと思っていたところだ」
「ですが……、迷惑ではありませんか? 確か御実家で御両親と暮らしていると……」
「客室ぐらいある。遠慮することは無い」
   そう告げると、レオンは安堵した様子で、ではお世話になります――と言った。
   今、寮に戻っても誰も居ないだろうから、ちょうど良いだろう。


   家路に着く途次、レオンと語り合った。士官学校は何も変わりないらしい。寮でも後輩達と上手くやっているようだった。レオンの性格から察しても、余程のことが無い限り、喧嘩とはならないだろう。
「……先輩。御実家って此方ですか……?」
   市街地から住宅地に入り、少し歩くと家が見えてくる。家も庭も広く、この界隈では目立つ家だった。
   家の前に辿り着いた時、レオンは驚いて俺に尋ねて来た。実家のことについて話したことが無いから、レオンも知らなかったのだろう。
「ああ。父が会社経営者でな」
「豪邸じゃないですか。何の会社なんです?」
「アルフ自動車は聞いたことがあるか?」
「……あの国内最大手の……? ……じゃあ、先輩は大会社の御曹司……」
「それを言うな。そう言われるのが嫌だから、今迄皆に黙っていたんだ」
   すみません――と返しながらも、レオンは尚も驚いているようだった。
   庭を通り抜け、邸に入る。お手伝いのファティマがお帰りなさいませ――と声をかけ、お友達ですか、とレオンを見遣って言った。
「ああ。士官学校の後輩で、名はレオン・アンドリオティス。今日はこの家に泊まっていくから、客室を一室整えてくれ」
「解りました。いらっしゃいませ、レオン様」
   丁寧に挨拶をするファティマにレオンは恐縮して、突然すみません――と言った。そうしたところへ、父が秘書と共に部屋から出て来た。
「父さん。今日は後輩を家に泊めるからな」
「珍しいな。友達連れで家に来るとは」
   父が此方に歩み寄って来る。レオンは突然押しかけて済みません――と言ってから、名乗って挨拶をした。
「はじめまして。気儘な息子が世話になっている」
   何が気儘な息子だ。自分の方が余程気儘ではないか――。
   そう言ってやりたい気持をおさえると、父はファティマに振り返って、きちんともてなしてくれと告げた。


[2011.5.18]
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