「何だ?」
「ザカ中将にはお子さんがいらっしゃいましたよね?」
「ああ。もう成人している筈だ。どうかしたのか?」
「名前はウィリー・ザカ……で、間違いありませんよね?」
「ああ、そうだ。私の息子と同じ名だ。知っているのか?」
   ハインリヒは眼を見開いて、やっぱり――と呟いた。何だ、ともう一度問い掛けると、ハインリヒは笑みを浮かべて言った。
「再来月に大規模な人事異動があるでしょう? その人事異動で本部に配属となる者達の名簿を見ていたら、彼の名前があったんです。ザカとあったのでまさかと思っていたのですが、間違いないようですね」
「……軍に入っていたのか……?」
   驚いた――。
   軍人になっているとは思いもしなかった。
「ええ。これまでナポリ支部に在籍していたようです。このたび、大佐に昇級して私の在籍する参謀本部に異動となります」
「それは……、まったく知らなかった。……ザカ夫人は息子を軍にはいれたくないと言っていたのだが……」
「そうだったのですか……?」
「ああ。夫人は元々、軍で事務官を務めていた人で、私もよく知っていたんだ。結婚式には招待状を出した。出席出来ないということで、祝いのカードと花が届いたが……。ザカ中将が亡くなってからも、時々連絡を取っていた。ザカ中将は早くに親族を亡くしていたから、親戚も無くてな。母一人子一人では何かと不便だろうと……。確か、元帥も影ながら支援を申し出た筈だ」
「父が……? それは知りませんでした」
「あの事件で責任を感じてらしたからな。……しかし夫人は一切の支援を断って、息子を育てたようだ。大変だっただろう。……が、まさかその息子が軍に入っていたとは……」
「書類によると、24歳だったと記憶しています。最短で大佐に昇級したのでしょうね。彼と会うのが楽しみですよ」
「そうか……。参謀本部か。嘗て元帥がザカ中将を片腕にと考えていたことがあったと聞いている。その息子もそうした能力に長けているのかもな」
   もう24歳か――。
   まだあどけない――確か三歳ぐらいの頃に会ったことがあるが、憶えていないだろう。ザカ中将が可愛がっていた息子が、今度はハインリヒの部下となるのか。世間とは狭く、不思議なものだ。
「参謀本部配属となったら、話をしてみますよ」
「そうだな。私も会ってみたい」
   下からお父さんと呼ぶ声が聞こえる。視線を向けると、プールに来て、と子供達が手招きしていた。
「少し行って来る」
「私も行きます。そろそろユーリも昼寝の時間なので」

   楽しそうに泳いでいたウィリーとミリィに少しプールから上がって休むよう告げると、子供達は残念そうな顔をする。ユーリもプールが気に入ったようで、ハインリヒがプールから上がるように促しても、それを聞かず、ぱしゃぱしゃとプールの真ん中に泳いでいった。
「ユーリ。言うことが聞けないのか?」
   ハインリヒがそう言うと、ユーリはハインリヒを見、まだ、と言った。
「水の中にずっと居ると体温が下がる。少し上がって休んでから、また遊びなさい」
   するとユーリはぱしゃぱしゃと足をばたつかせて、再びプールサイドにやって来た。その身体をハインリヒが抱き上げる。タオルで身体を拭いてから浴室に向かわせようとすると、ミリィが小さなくしゃみを漏らした。どうやら水に浸かりすぎたらしい。
「温かいシャワーをゆっくりと浴びておいで」
   ミリィはこくりと頷く。ミクラス夫人が子供達を促して、浴室へと向かわせる。子供達がばたばたと浴室から出て来るのにそう時間はかからなかった。
   休暇は子供達を中心に過ごした。子供達は終始嬉しそうで、良い休暇を過ごすことが出来た。





   休暇が終わり、また忙しい毎日が戻ってくる。連日の会議に加えて、書類との格闘。帰宅出来ない毎日で、ミリィやウィリーからまた詰られる。これはもうこの際、軍務省の近くにアパートでも借りようか――フィリーネと話し合い、その方向で話を進めているところだった。平日はアパートで過ごし、休日は自宅で過ごす。そうすれば私も毎日帰宅出来、子供達とも毎日顔を合わせられる。
『ミリィは来年ジュニアスクールだから、時期的にはちょうど良いと言っても、ウィリーは転校しなくてはいけないわね』
   それだけが気掛かりだった。フィリーネは近々、子供達に意向を聞いてくれると言っていた。

   そうこうするうちに二ヶ月が過ぎていった。
   人事異動が発令され、陸軍部も本部に三人が配属となった。一人は准将で軍務局へ、一人は大佐で参謀本部、もう一人も大佐で軍務局へ配属となった。三人が長官室に挨拶に来る。
   こうしてみると、私も軍のなかでは高齢な方になったものだった。以前にはこのぐらいの年になったら早々に退職しようと思っていたのだが、今は二人の子がいるからまだ辞めることは出来ない。定年となる65歳まで働いたとしても、ミリィはまだ15歳だ。退職金で生活は出来るだろうし、二人の子供を大学に行かせることも問題無いだろうが、その定年まであと10年と思うと時間とは早いものだった。
   今日は海軍部でも人事異動が発令されたから、ザカ中将の息子のウィリーも此方に来ていることだろう。いつか廊下で会うことが出来るだろうか――。

   不意に机の上の電話が鳴る。受話器を取ると、ハインリヒの声が聞こえた。
これからザカ中将の息子のウィリーが参謀本部に来るのだという。ハインリヒは私に参謀本部にいらっしゃいませんか――と誘いの言葉をかけてきた。
「海軍部長官のヘルダーリン卿に会うのが先だろう?」
「ヘルダーリン卿はこれから外務省との協議があるとのことで、先に顔合わせを済ませました。……あ、来たようですから、是非この機会にヴァロワ卿も」
   そう言ってから、ハインリヒは電話を切る。
   ザカ中将の息子のことは私もずっと気になっていたことだった。ヘルダーリン卿とも既に会ったのなら、会いに行こうか、それとも一大佐に長官がわざわざ会いにいくのは序列を乱すことにもなるから良くないだろうか。

   だが――。
   立ち上がり、隣の部屋の副官達に少し席を外すことを告げてから、海軍部へと向かう。あのあどけない小さな男の子が、軍人となったということに、ザカ中将との縁を感じずにはいられなかった。


[2010.11.2]
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