海軍参謀本部の扉を開けると、その場に居た将官達が一斉に立ち上がる。そのまま仕事を続けてくれ――と告げてから、本部長室の扉を叩いた。ハインリヒの声が聞こえて来た。
「失礼する」
   声をかけてから開けると、ハインリヒの前に立っていた若い青年が此方を振り返る。

   ああ、ウィリーだ、と一瞬で解った。幼い頃の面影が残っている。あの頃はどちらかといえば夫人に似ていたが、こうしてみるとザカ中将の面影もある。
   ウィリーは眼を大きく見開いていた。数秒して我に返った様子で、敬礼する。
「本日をもって参謀本部に配属となりました、ウィリー・ザカ大佐です。陸軍長官閣下」
「ちょうど今、ヴァロワ卿の話をしていたところですよ。彼は将官となってから、ヴァロワ卿の許に挨拶に行く予定だったようです」
   私が要らぬ節介を焼いてしまったようです――とハインリヒは笑いながら、席を立って、ソファに座るよう勧めた。ウィリーは恐縮しながら、私とハインリヒの向かい側に腰を下ろした。
「どうしても君に一目会いたくてこうして来てしまった。君のお父さんのザカ中将は、私の先輩でね。君が小さな頃に会ったことがあるのだが、何分にももう20年以上前のことだ。君も憶えていないだろう」
「お会いしたことは憶えていないのですが、毎年の誕生日とクリスマスのプレゼントは憶えています。それに、母からよく閣下のお話を聞いておりました。閣下は私の父と仲が良かったのだと……」
   ザカ中将が亡くなってから、夫人は一切の支援を拒んでいた。だが、ザカ中将がそうした記念日ごとに、ウィリーにプレゼントを贈っていたことを知っていたので、それがぷつりと無くなるのは可哀想だと夫人を説得し、ウィリーが高校を卒業する18歳となるまでは、記念日のプレゼントを贈らせてもらった。そのたび、ウィリーから礼状が届いたものだった。
「ロートリンゲン大将閣下や宰相閣下からもクリスマスプレゼントを頂き、私は本当に恵まれていました」
「せめてクリスマスぐらいは……と考えて、兄と共にプレゼントを贈ったまでのことだ。葬儀の時に見た君のことがずっと気にかかってね」
   成程。ハインリヒ達も贈っていたのか。フェルディナントが考えつきそうだ――。
「しかしまさか君が軍人となっていたとは思わなかった」
「……私はずっと父が事故死したと思っていたのです」
   ザカ大佐は――、ウィリーは静かにそう言った。思わずウィリーを見つめた。
「ところが、母が亡くなる前に、父は暗殺されたのだと教えてくれました。父は軍内部の旧勢力に対抗して、その結果暗殺されたのだと……。その時は驚きましたが、同時に旧勢力に屈しなかった父を誇りに思いました。私が軍人になろうと決めたのは、果たせなかった父の遺志を継ぎ、今の軍に微力ながら私の力を尽くしたいと考えたからです」
   確りとした子だ。
   ザカ中将がこの言葉を聞いたら、どれだけ喜んだだろう。
   否、待て――。
   母が亡くなったと今、言わなかったか……?
「……夫人は亡くなったのか?」
「はい。私が高校生の頃に。……閣下から御結婚式の招待状を受け取った時は、実は病床に伏しておりました」
   知らなかった――。
   夫人はまだ若かった筈だ。私より三歳年下だったように記憶している。
「何も知らなくて済まなかった。では大変だっただろう」
「いいえ。大戦で奮戦された閣下方の御苦労に比べれば……」
「家族を失うことの方が辛いに決まっている。まさか夫人が亡くなっていたとは……」
「父が亡くなってから、閣下やロートリンゲン元帥閣下が色々と気遣ってくれたと母から聞いております。その節はありがとうございました」
「私の父も幼い君のことを案じていた。こんな立派になったと知って、天国で喜んでいるだろう」
   ハインリヒがそう言うと、ウィリーはありがとうございます――とはにかんだ。
   そうした表情はザカ中将によく似ている。懐かしさすら覚える程に――。

   ウィリーは海軍部で着実に頭角を現していった。同期のなかでも抜きんでて優秀だとハインリヒが評していた。父親に劣らず優秀な人間のようだった。おまけに人当たりも良いから、誰からも好かれる。
   きっといつか上層部に名を連ねるようになるだろう。



   時の流れとは面白いものだと思う。
   そしてこれまで出会ってきた多くの人々と、いつまでも繋がっていくものなのだと。その人が死しても尚、受け継がれていくものがあるのだと思う。



   私の子供達もすくすくと成長していった。子供の成長を見ていると、一年一年が如何に早く過ぎ去るものかと感慨に耽ってしまう。
   私は60歳の時に、義足が不具合を起こしたことをきっかけに退職した。それからは自宅でのんびり過ごす毎日を送っていた。

   ウィリーが高校三年生となり、進路を決める時期になったある日、私の許に来て、真剣な表情で言った。
   士官学校に行って、軍人となりたい――と。
   驚きつつも、何故軍人となりたいのか尋ねると、私のような軍人になりたいのだという回答が返ってきた。嬉しいような――、しかし軍人という職業がどういうものかを知っている身としては、軍人となってほしくないという思いもあって、複雑な気持になった。
   しかし、ウィリーの意志は固かった。もしかしたらずっと軍人になりたいと考えていたのかもしれない。
   高校卒業後、ウィリーは士官学校の上級士官コースに入学した。


   そして、ハインリヒの子のユーリは、ますますフェルディナントに似てきた。先日、久々に会った時にはあまりに似ていて、その場で思わず立ち止まってしまった。
   おまけにハインリヒは元帥によく似ている。背格好や仕草が元帥そのものだから、二人並んでいるのを見ると、元帥とフェルディナントが並んでいるようにも見える。

   今後は彼等が世界を動かしていくのだろうな――。
   不意にそんなことを考えながら、庭に視線を転じた。
   穏やかな陽射しが、大地に降り注いでいた。


【End】


[2010.11.5]
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