翌朝、子供達が庭で遊んでいる時に、ハインリヒの言っていた書庫に言ってみた。一階の一番奥にあるその部屋には、図書館さながらで本がずらりと並べてある。原書等の貴重本もあって、私にとってはまるで宝の山だった。
   興味のあるものを引っ張り出して、ページを捲る。読み進めていき、また別の本を探そうと本を元に戻す。
   書棚を一覧していたところ、書棚の奥の方に変わった装丁の書を見つけた。それを引っ張り出してみる。意外に重い。
   ぱらりと開くと、写真が収められていた。
   フェルディナントとハインリヒ、そして元帥と奥方――。
   子供の頃の写真のようだった。こんなところにアルバムを置いてあったのだろう。ハインリヒは気付いているのだろうか。
「……あ……」
   ぱらりと別のページを開いた時、思わず声を出した。懐かしい人物が写っていた。

   ザカ中将――。
   そういえば、マルセイユでフェルディナントやハインリヒの護衛をしたことがあると言っていた。二人とはそれで知り合ったのだと。
   きっとその時の写真なのだろう。フェルディナントは車椅子に座り、ハインリヒはフェルディナントに寄りかかるようにその隣に立っていた。ザカ中将はそんな二人の後ろに立っていて――。
   懐かしい――。
   ザカ中将が今の私を見たら何と言うだろうか。
   ……私が結婚して家庭を持っていると知ったら、世も末だと言われそうだ。


「ジャン。エミーリアさんと街まで出掛けて来て良いかしら?」
   私が此処に居ることを聞いてか、フィリーネがやって来る。何を見ているの――と私の手許を覗き込んだ。
「アルバムのようだが、懐かしい人を見つけて見入ってしまった」
「……フェルディナント様?」
「ああ。フェルディナントもそうだが、私の先輩にあたる人が写っているんだ。……もう亡くなっているのだがね」
   ザカ中将の写真は何枚かあった。どれもがザカ中将らしい表情を見せている。
「……あら、この写真のフェルディナント様はユーリ君そっくりね」
「そうだな。やはりよく似ている。これからますます似てくるのかもしれないな。……ところで、夫人と外出すると言っていたが……」
「ええ。街まで買い物に。良いかしら?」
「ああ。気を付けて行っておいで」
   フィリーネと一旦部屋を出る。ハインリヒは庭の見える二階のバルコニーに居るとのことだった。

「ハインリヒ。少し良いか?」
   扉が開けっ放しの部屋をノックして声をかけると、ハインリヒはどうぞと言った。中庭に面したこの部屋は、子供達がプールで遊んでいる様子がよく見て取れる。ハインリヒはバルコニーの長椅子に腰を下ろして、新聞を読んでいるところだった。
「アルバムを見つけたのだが……」
「アルバム……?」
   ハインリヒは思い当たる節が無い様子で、私が差し出したアルバムのページを捲っていった。ぱらりぱらりと捲るごとに、ハインリヒは驚いた様子でそれを見入る。
「これが……、書棚に?」
「ああ。奥の方に入り込んでいた。大切なものだろうと思って、持って来たが……」
「マルセイユに来た時に撮った写真だと思います。全て本邸に持っていったと思っていましたが……」
   どうやらハインリヒもアルバムのことは知らなかったらしい。一枚一枚捲りながら懐かしそうな表情をした。
「父か母が残しておいてくれたのでしょうね。私の見たことのない写真もあります。……これは」
   ハインリヒはザカ中将とフェルディナントが映っている写真に眼を止めた。私もそれを見て懐かしいと思ったんだ――と告げると、ハインリヒは食い入るようにそれを見つめた。
「ルディの療養で、此方に来た時のものですね」
「フェルディナントとザカ中将が二人で映っているということは、お前が撮ったものなのだろう?」
「いいえ。撮った覚えがありません。私はザカ中将が此方に来た日に、父と共に帝都に戻りましたから。母かパトリックかミクラス夫人でしょう」
「そうだったのか。てっきり……」
「この時のことはよく憶えていますよ。ルディが筋萎縮の病気にかかって、薬も効かなくて此方に療養に来たんです。帝都では治らなかったのに、此方に来てからは薬が効くようになって、少しずつ回復していって……。あと少しというところで、私と父の休暇が終わってしまいまして、先に帝都に戻ることになったんです。嫌だといったのに、拳骨で殴られながら車に乗せられましたよ」
「ザカ中将が言っていたな。此処に居たいと泣いていたお前を元帥が引っ張って行ったと」
「文字通り引き摺られて帝都に帰りました。ルディは母と共に暫く此処に滞在していて、その時、ザカ中将と仲良くなったんです。……このマルセイユには懐かしい思い出が多いですよ」
   言いながら、ハインリヒはページを捲っていく。最後のページにはハインリヒとフェルディナントの楽しそうな様子が映っていた。ハインリヒは微笑んでそれを見、ルディが高校生、私が士官学校生の頃のものですよ――と言った。
「そうすると、元帥は色々と家族サービスをしてくれたのだな」
「そうですね。私も親となってから、父に感謝しました。重職にあって忙しかっただろうに、休暇となると此方に連れて来てくれましたから……。私なんて、此方に来たのはユーリが生まれてからは初めてですよ。いつも近場にしか連れて行っていないですし……」

   父上、と下から声が聞こえてくる。ハインリヒが顔を見せると、ユーリは元気よく手を振った。
「あの年齢でよく怖がらずに泳げるな。そう浅くもないだろう?」
   ユーリは浮き輪を使って泳いでいた。とはいえ、水の中だというのに、まだ幼いのに恐がりもしなかったのだろう。
「1.5メートルですよ。子供達が使うので、少し水を減らしていますが。最初のうちは足だけつけていましたが、それに飽きたら自分で飛び込んでいきました」
   今年、このプールを作ったのだとハインリヒは言った。本邸にプールを作ることも考えたが、中庭は植木で綺麗に整えてあったから断念して、此方に設置したらしい。そしてプールが出来たことを知ったユーリは、この別荘に来たがったということだった。
「ところでヴァロワ卿は御存知でしたか?」
   ハインリヒは傍と思い出した様子で私を見た。


[2010.11.1]
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