「我が国も軍縮を計画しています。しかし貴国と同じ削減率には無理があります」
   三年で現在の武器数の一割削減――それはかなり難しい数字だった。それは共和国にとっても同じだろうに、ムラト次官はあっさりとそれを提示した。
「当方は次回の国際会議で今の数字を提案するつもりだ。各国一斉の削減を求める。フェイ次官、思い切った数字を出さなければ、世界はいつまでも変わりませんぞ」
「三年で一割減……。我が国のように海軍のある国では、艦隊搭載ミサイルの保有は避けられません。ミサイル所有は武器数のポイントが高い。そのことも御存知でしょう。そのせいで陸軍部の武器数は列国と比べると過少となっているなかに、さらに一割減とは……。ムラト次官、各国からも非難が出ます」
「……連邦の武器数は際立っている筈。フェイ次官、国際常備軍も整備されているなか、大きな艦隊をいくつも所有する必要は無いでしょう」
「……国際常備軍がいざという時には国境を守ってくれると?」
「私も長官もいずれはそれを願っています。国際常備軍があるからこそ、各国軍事力の拡充は必要無く、削減が可能となるでしょう」
「今の段階ではまだ国際常備軍に其処までの力はありません。……五年で一割減ということで如何ですか」
「フェイ次官。此処は思い切った決断を」
   ムラト次官はにこりと笑う。曲者の笑みだ。
   三年で一割減――。それは連邦にとってはかなり厳しい数値だ。一割減ということは、陸軍の武器を削減することは出来ないから、艦隊を三つ削減しなければならないことになる。
「……海軍を有する国家から賛同を得ることは出来ないでしょう。ムラト次官、陸軍のみを有する国家は三年後に一割減、海軍を有する国家は五年後の一割減ということで如何でしょう」
「縮減に国による差があってはならないと考えるが?」
「では貴国がお譲り下さい。五年後の一割減は貴国にとっても悪い話では無い筈」
   ムラト次官は無言のまま俺を見つめていた。おそらく意見を変える気はないのだろう。此方に食い下がれと言っているのだろう。

   だが――。
   三年で一割減は実際問題としてかなり厳しい。
   海軍を現段階で減らすことは、連邦の軍事力低下にも繋がる。それは避けたい――。


『軍事力の削減はいずれ必要となるでしょう』
   あれはいつだったか――。
   もう三年以上前のことだ。まだ宰相であった時、会談の後で雑談をしていた時――。
   そうだ。宰相と今後のことを何気なく話していた時のことだ。有能な人物だとは知っていたが、面と向かって話すとそれを常に感じていた。同時に、自分の見通しがまだ甘いことに気付かされる。宰相は一つ案を出すと、其処からいくつもの仮定を作り出す。俺が五つ考えつくとしたら、宰相は七つか八つの仮定を考えつく。それも短時間のうちに。
   一体この人の頭のなかはどうなっているのだろう――と思ったことがある。
   その時、宰相は既に、軍事力削減が数年内に提言されるだろうことを予想していた。その場合、海軍を持つ国は削減に困難を伴うだろう――とも言っていた。
『ですが、思い切った削減が必要となるでしょう。その時、貴国もそして我が国も主導権を握るべきだと思います。具体的には……、そうですね、一割削減でしょうか。一年では無理でしょうから……、三年というのが妥当でしょう』
   宰相はその時、このことを言い当てていた。三年で一割削減。俺はその時も、そんな短期間では困難です――と返した。
『海軍を有する国は何処もそう言うでしょう。だからこそ、先に削減して主導権を握るのです。三年内の一割削減なら艦隊を三つ削減することになりますが、おそらく貴国も控えの艦隊があるかと思います。其方を凍結することで可能となるかと』
『しかし……』
『陸軍中心の国々は一割削減に賛同するでしょう。その時、強固に反対すると、今の情勢では却って国のイメージを壊しかねません。フェイ次官、偶には譲歩も必要ですよ』
   俺が面食らっていると、宰相は笑って、偉そうな口振りですが――と言ってから続けた。
『今後は各国との協調が特に重要視されるでしょう。フェイ次官、貴方は確固たる理想と意志をお持ちだ。貴方なら今後の難局にもきっと立ち向かうことが出来るでしょう。だからこそ、時には御自身から相手の意見を取り入れてみて下さい』
   俺は初めて、そんな助言を貰った。それも他国の宰相に。
   国内では同僚達との足の引っ張り合いだったから、誰とも相談することなく、一人で案を充分に練り上げてから、上官に提出していた。だから俺にとってそんな言葉を告げられたのは初めてのことだった。


「フェイ次官……。御再考をお願い出来ますかな?」
   黙り込んだ俺に、ムラト次官が問い掛けてくる。会談の途中にもかかわらず、白昼夢のように過去のことを思い返してしまった。
   宰相に助言された通りに動くなら、ムラト大将の案を受け入れるべきなのだろう。武力削減への主導権を取れ、という彼の意見は確かに尤もなことだ。
「……三年内で一割の削減を受け入れましょう。国際会議には貴国の案の提出を」
   俺がそう告げると、ムラト次官は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。突き返されると思っていたのだろう。
「私も武力削減の必要性は感じています。貴国の意見に賛同しますよ」
「……ありがとうございます」
「そんな意外そうな顔をしないで下さい」
   苦笑すると、ムラト次官は笑い返すような、困ったような笑みを浮かべた。
「貴方とは見解が異なるといつも論戦となっていたから無理も無いことかもしれませんが……。これでも少しは譲歩を身につけたつもりです」
「……貴方からそのような言葉を聞くことになるとは思わなかったが」
   ムラト次官とこんな風に会談をすることも、今回が最後か、それともあと一回ぐらいだろう。ムラト次官は俺と同じような考え方をする人物で、蛇とマングースのように口論することも度々だったが――。
「ムラト次官。私は10月から、外務長官に就任することが決定しました。おそらく貴卿とこうして会談をするのもこれが最後となるでしょう」
「……外務長官に……?」
「今迄ずっと口論を楽しませてもらいました」
   すっと手を前に差し出す。ムラト次官は驚いた顔をしていたが、すぐに手を出して、握手を交わした。
「私こそ、貴卿との討論を楽しませてもらった。若いながらに気骨のある方だったからな」
   その時、ムラト次官は穏やかな笑みを浮かべた。何か企んでいるような笑みなら何度も眼にしてきたが、こんな表情は初めてで――。
   宰相の言っていたことが解ったような気がした。



「ロイか。常備軍会議に出席したことは聞いた。ちょうどその時、私も共和国に居たのだが会う時間が作れなかった。……身辺は少しは落ち着いたか?」
   この日の晩、ロイに連絡をいれると、元気のないロイの声が聞こえて来た。どうしたのか尋ねるとロイは帰宅後に体調を崩したことを告げた。
「……疲れが出たのだろう。ゆっくり休むと良い。ではあまり長電話も悪いだろうから、切るぞ」
   本当に体調が悪そうな様子だった。葬儀からずっと忙しかったのだろう。心身共に疲労し切ったのかもしれない。


[2010.10.10]
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