ルディと初めて会ったのは、帝国のマルセイユで暴漢に襲われた時だった。
   互いに名を明かさず、それなのに意気投合して国のあり方や政治について、様々な話をした。
   聡明な男だというのがその時の印象だった。
   まさかルディが宰相だとは思わなかったが――。

   宰相だと解ったのは、戦争の折、俺が帝国軍に囲まれた時だった。ヴァロワ大将が宰相――と呼びかけて姿を現した人物が、ルディだった。あの時は驚いて言葉を失った。
   裏切られたような、騙されたような――そんな感情が沸き上がった。

   だが、やはりルディはルディだった。俺の考えていた通りの人間だった。
   自分の身を危険に曝しながら、俺を逃してくれた。何処までも誠実で、一度決めたらやり通す――それがルディという人間だった。

   戦後は、そんなルディとさらに親しくなった。ルディはこれまでの友人と違っていた。絶対の信頼をおける親友と言おうか。
   そんな親友ともっと話をしたかった。俺が長官を辞する時が来たら、もっと頻繁に会うことも出来ると密かに思っていた。

   だが――。
   その前に、ルディの命の炎が消えた。


   ルディの具合が悪くなったのは本当に急なことだった。二人で別邸にて星を見ていた時、ルディが体調不良を訴えた。立っていられない様子で、側にあった椅子にすぐに座らせた。
   今となれば、あの時すぐに車に乗せて、病院に連れて行っていれば良かったと後悔している。20分ほど、あの場に居た。20分早ければ――。


「レオン」
   不意に呼び掛けられて、傍と顔を上げる。ムラト大将がいつのまにか側に居た。
「あ……、済みません」
「……宰相のことを考えていたのだろうが、どうしようもなかったことだ。あまりそう落ち込んでも……」
「……ええ……。解っているつもりですが、それでもやはり考えずにいられなくて……」
「たとえ病院に早く到着していたとしても、助からなかっただろう。……一番性質の悪い突然死だったという話ではないか」
   ルディの身体は短時間で、細胞が壊死していったのだと聞いている。それが引き金となり、体内器官が働かなくなって死に至った。
   ルディの死後、俺やフェイ次官による毒殺説も流れた。体調の急変した折、一緒に居たのが俺だから、そうした憶測が流れるのは無理も無いことだった。
   ムラト大将は怒りを露わにしたが、根も葉も無い噂はいずれ消える――俺はそう考えていた。
   しかしそうした噂が出た翌日には、ロートリンゲン家がルディの死は病死であることをメディアの前で公表した。詳細な死因と共に、毒殺を疑う余地の無いことを伝えたことで、毒殺説はすぐに消えた。

「ところで、今回の会議にはロートリンゲン大将も出席していたのだろう?」
「ええ……。いつもと変わらない様子でしたが……」
   ロイは普段と変わらない様子で皆と接していた。
   子供でも無いのだし、そうした態度は当然だろうと思いつつも、何か胸に引っかかる。ルディが亡くなってまだ10日しか経っていない。本当にロイは心の整理がついたのだろうか――と。
   もしかしたら無理をして、平静を装っているのではないか。そんな気がしてならない。あれだけ仲の良かった兄弟だ。まだ死を受け入れていないのではないのか――。
「それは当然、何でも無い素振りをしているのだろう」
   それが当然のことだ――とムラト大将は俺を見て言った。
「周囲に迷惑をかけまいと、心配をかけまいとそう振る舞っているのだろう。そして、自分自身のためにも」
「自分自身のために……ですか?」
「そうしなければ立ち上がれなくなってしまう。哀しみに暮れて生きることは容易なことだ」
「ムラト大将……」
「ロートリンゲン大将は足掻いている最中なんだ。死を現実として受け止め、乗り越えようとな。お前が心配することは何も無い。俺もそうだが、お前も乗り越えただろう?」
「あの頃は私はまだ子供でしたから……」
   両親の死を目の当たりにして、俺は言葉を失った。祖父母の支えが無ければ、俺は今でも喋れないままだったかもしれない。
「大人も子供も同じだ。現実を現実として受け止めること――、それは別れに際して一番辛いことだ。だが、周囲がどれだけ気を配っても、何よりも大事なのは本人の意志だ。……一度は絶望して生きる意欲を失った俺が言うのだから、きっと間違いは無いぞ」
   ムラト大将は肩を竦めて苦笑しながら言う。
   ムラト大将も嘗て、妻子を失った。ムラト大将自身も大怪我を負って、そのうえで最愛の妻子を失った。見舞いに行った時、怪我の状態よりも妻子を失ったことへのショックの方が大きく、失望していた様をよく憶えている。
   だから――、ムラト大将の言葉はその通りなのだろうと思う。
   どれだけ周囲が慰めても、自分が奮い上がらなければ前に進むことは出来ない。

   ロイのことは俺が必要以上に心配することはない。心配してはいけない。
   それに、ロイは必ず一人で立ち上がる。ムラト大将の言うとおり、今は足掻いている時だ。夜にでも時間を作って会いに行こうかと思ったが、そっとしておこう――。
「ところで明日の連邦との会談で、少し確認しておきたいことがあったのだが……」
「あ、フェイ次官と会談と言っていましたね」
「気が進まんが、次官級会談だから仕方無い。次回の国際会議で各国の武器数削減が提言されるだろうから、会談ではその話も出て来るだろう。此方も削減の方向で話を進めるが、いきなり武器数を三割削減しろと言われても困る。目標数は一割減ということで良いか?」
「そうですね。国境警備のことを考えれば、一割減もかなり努力が必要でしょうが……」
「同感だ。段階的な縮減に留め、目標達成は三年後ということにしておこうか。……まあ、連邦側には少々厳しい数値かもしれんがな」
   ムラト大将はそれ以外にも何点か確認すると、メモを取る。それから部屋を後にした。

   窓から射し込む夕暮れの陽が、足下に伸びてくる。立ち上がって、窓の外に眼を向けた。
   遠く離れて、忙しい時は連絡を取ることも出来なかったが――。
   それでもルディとは無二の親友であり、俺にとって代え難い人間だった。だから、こんなにも胸にぽっかりと穴が開いたように感じるのだろう。
   きっとロイは俺以上に――。


[2010.10.9]
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