「ロートリンゲン大将。このたびはお悔やみ申し上げる」
   常備軍会議の始まる前、各国の司令官達がぞろぞろと哀悼の言葉をかけに来た。突然のことで驚きました――と、誰もが口にした。そうした人々への対応に追われながら、常備軍会議が始まる。
   会議は時間通りに終わったが、いつも以上に気疲れしてしまい、この日はすぐにホテルに入った。
   軍服を脱ぎ、ベッドの上にどさりと横たわる。明日の会議に向けて、眼を通しておかなければならない書類もあったが、今は少し休みたい気分だった。

   毎日が目まぐるしく動いていた。
   それなのに、まだ自分は何処かに取り残されているようで――。
   その差が奇妙な気疲れを招く。

   ルディが亡くなってから、十日が過ぎた。
   あれはたった十日前のことだ。
   十日前まで、ルディは何事も無いかのように元気に動いていた。
それもルディが一番楽しみにしていた日だ。レオンという親友に久々に会えると喜んでいた。
   それなのに――。
   そんな日に、ルディの身体を死が襲った。
   突然死――。

   ルディの身体は体調を崩しやすく、一年のうちに何度かは寝込んでいた。それは移植前も後も変わりなかった。
   かといって、重大な病に冒されている訳でもない。だが、身体の具合に関わらず、月に一度はトーレス医師から診察を受けていた。定期検査もきちんと受けていた。
   それなのに――、ルディの身体は突然異常を来した。身体の細胞が突然壊死し、結果、死に至った。


   ルディは皆に看取られながら、静かに旅立った。
   息を引き取る瞬間までのことは確り記憶にある。葬儀に至るその後のことはうろ覚えで、何か別次元で物事が生じているようにも思えたものだが――。


   ルディの葬儀は国葬として執り行われた。元宰相であるルディの死は全世界のメディアが報じ、また葬儀には各国の要人達が訪れた。
   レオンは滞在を延長し、ムラト次官と共に参列した。レオンから報せを受けたフェイもすぐ此方に戻って来た。
『一体何故……!? 具合の悪い様子は無かったではないか……!?』
   ルディの突然の死去には、フェイも驚愕した。それは当然の反応だった。
   俺でさえ、ルディの死を告げられた時には、納得が出来なかったのだから――。
   みっともなく、取り乱した程に。
   葬儀には、ルディの教え子達も花を手向けに来てくれた。ちゃんと先生に言われていた宿題をやったんだよ――と、棺に向かってノートを見せる子供も居た。



   そしてルディが亡くなってから、邸の雰囲気もどんよりと暗くなった。
   特にミクラス夫人は一気に元気を失ってしまった。俺が呼び掛けると、いつもと変わりない笑顔を見せてくれるが――。
『ミクラス夫人。下に行こう』
   昨日も、ミクラス夫人はルディの部屋で何をするでもなく佇んでいた。
   ルディが亡くなってからというもの、ミクラス夫人は生気を失ってしまったかのように茫と佇むことが多くなった。幼い頃から、身体の弱いルディの側にずっと付き添ってきた人だ。時には親のように接していたのだから、突然ルディがこのようなことになって、心の整理が付かないのだろう。
   ミクラス夫人をリビングルームに誘い、少し話をして夫人の気を紛らせてから、書斎に赴く。机の上には山のように書類が積み重なっていた。休日だとはいえ、ロートリンゲン家関連の仕事が控えていた。
   ルディの葬儀からずっと休む暇も無かったが、今の俺にはこれぐらいの忙しさがちょうど良かった。
   それでも不意にルディ、と呼び掛けたくなることがある。今もまだ別邸に居るようなそんな気がして――。



「ロイ」
   二日目の海軍会議を終えて部屋を出たところで、その名で呼ばれて、思わず眼を見開いてしまう。
   ルディではないのに――。
「レオン。先日は済まなかった。滞在を延長してくれたのだと後で聞いた」
   レオンは首を横に振って、当然のことだ――と言った。
「……大丈夫か? 突然のことでショックも大きいだろう」
「大丈夫だ。整理も何とか落ち着いたから、職務に復帰したんだ」
「それなら良いが……。……無理をしているのではないか?」
「いつまでも落ち込んでいられない。やることは山のようにあるからな」
   レオンはそうか、と短く言って、落ち着いたら墓参りさせてくれ――と告げた。ああ、と頷くとレオンは背後から長官と呼び掛けられる。相変わらず忙しいのだろう。
   そんな忙しいなかで、ルディのために滞在を延期し、ムラト次官やテオと共に葬儀に参列してくれた。きっとルディも喜んでいることだろう――。

   さて、明日の会議の書類を見直しておくか。出来ればヴァロワ卿と打ち合わせたいものだが、ヴァロワ卿の方はまだ会議が長引いているのだろうか。
   休憩室でヴァロワ卿を待ちながら書類を見直そう――と思い、身体の向きを変えた時、ハインリヒと呼び掛けられる。ヴァロワ卿だった。
「これから時間は空いているか? 明日の打ち合わせをしておきたいのだが……」
「私もそう考えていました。時間は空いていますよ」
   ヴァロワ卿は頷き、ホテルに戻ろうと促した。

   今は――。
   今はこんな風に忙しい方が良い。
   ……自分で解っている。
   俺はまだルディの死を受け入れていないのだと言うことを。


[2010.10.6]
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