別邸に戻ってから、暫く一人で考えた。ユリアは何と言うだろうか――今度はそのことが気になった。
   今週末にユリアと会う約束をしている。
   その時には打ち明けなければならない。
   私と結婚しても子供は望めないことを――。


   そしてその日がやって来た。
「ルディ」
   いつもと変わらない様子で現れたユリアは、薬指に私が贈った指輪をはめていた。
   この日は二人で郊外の美術展を観に行った。
   楽しそうなユリアとは正反対に、私は気が重く、楽しむことは出来なかった。


   美術展を見終えてから、静かなカフェに入り、珈琲を飲みながら感想を語り合う。そして少し会話が一段落する。打ち明けるのは、今しかなかった。
「ルディ。来週、家に来てくれるのでしょう?」
   不意にユリアが私を見つめて言った。
「ああ。そのつもりだ」
「父も母も楽しみにしていたわ。私も久々にケーキを焼いて待ってるからね」
「……ユリア。その前に話しておきたいことがあるんだ」
   話さなければ――。
「何?」
「子供の件なのだが……」
   ユリアは私を見つめる。意を決して、彼女の眼を見つめて打ち明けた。
「先日、検査をしてきた。……ユリア、私は子孫を残すことの出来ない身体だ」
「え……?」
「人工授精も治療も出来ない。子供を望むなら、養子を迎えるしかない」
「……たとえ先天性虚弱でも完全な無精子ということは滅多にないから、人工授精なら高い確率で可能でしょう……? 治療も出来ないなんて本当に……?」
「……無精子症だ。侍医にそう言われた」
「そんな……」
   ユリアは言葉を失って俯いた。

   沈黙の時間が流れた。
「……養子では駄目か……?」
   ユリアは黙ったままだった。頷きもしなかった。
   認められない――ということだろう。


   この日、ユリアは落ち込んだまま、自宅へと帰っていった。私は彼女を見送ってから別邸へ戻った。



   ユリアから連絡が来たのは、翌々日のことだった。もう一度二人きりで話がしたいとのことで、次の日の夜、この別邸に招いて話をすることにした。

   待ちあわせ場所へ迎えに行くと、ユリアは先日はごめんなさい――と申し訳無さそうな顔をして言った。
   何となくその言い方や仕草から、彼女が今日、何を話に来たのか解ったような気がした。
   何よりも、彼女の指に指輪がなかったことがそれを物語っていた。

   別邸に到着すると、ミクラス夫人が嬉しそうにユリアを出迎える。ミクラス夫人には子供のことについては、まだ何も話していなかった。それについて少し問題が生じていることも。
   ユリアはいつも通りの挨拶をした。
   それから二人で部屋に入る。いつもソファではユリアの隣に腰掛けるが、今日は向かい側に腰掛けた。

「ルディ」
   顔を上げる。出来るだけ、彼女を悲しませないように努めようと思った。
   ユリアはバックから指輪の箱を取り出す。それをテーブルの上に置いた。
「……ごめんなさい」
「いや……。私に原因があるんだ。君は気にすることは無い」
「ごめんなさい……! でも私、どうしても子供が欲しいの。私と夫となる人の子供が……!」
「解っている。だから、気にしなくて良い。……君の願いは誰でも望むものだ」
   ごめんなさい――と泣きながら謝るユリアにそっと手を伸ばす。頬に触れて、そして口元を引き上げて笑んでみせる。
「私には叶わぬことだ。だから君にはその望みを叶えてほしいと思っている」
「ルディ……」
   本当にごめんなさい――と、ユリアは涙を流し続けた。
   彼女は悲しむ必要は無いのに。彼女が悲しんでいるのは、私を気遣ってのことだ。その必要は無いと言っているのに――。

「ユリア」
   その名を呼ぶ。ユリアは私の眼を正視することが出来ないかのように、眼を伏せたままだった。
「私は君のことを大切に想っている。だから、君には誰よりも幸せになってほしい」

   強がりではない。
   これは本当の私の気持だった。
   ユリアのことを愛している――。
   愛しているからこそ、この手を放すことを決めた。彼女の望みを叶えるために、そうした。
   後悔は――無い。


   否――。正直なところ、彼女を失ったことを後悔していない訳ではないだろう。彼女のような女性を自ら手放したことを惜しんでいる。
   だが、そうした私自身の思いよりも、彼女の望みを優先してやりたかった。
   それが私なりの愛情の示し方だと思ったから――。


[2010.9.20]
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