結婚を申し込むのは初めてのことで、自分の想いをそのまま伝えれば良いだけだと言っても、緊張を覚えてしまう。
   私と結婚してくれないか――この短い言葉で充分なのに、何故こんなにも緊張するのか。どういう風に話を切り出したら良いのか、ヴァロワ卿に話を聞いておいた方が良かっただろうか。……とはいえ、ヴァロワ卿のことだ。そのまま率直に想いを伝えたのだろう。


   彼女へのクリスマスプレゼントに、指輪を贈ることにした。指輪を渡しながら、彼女にプロポーズしようと思いついたのだが、それはあまりに早計だっただろうか。
「ユリア」
   窓の外の光景を眺めていた彼女に呼び掛ける。静かに息を吸い込み、意を決した。
「クリスマスプレゼントを受け取って貰えるだろうか?」
   そう言って、指輪の箱を差し出す。小さな箱に、ユリアも察した様子で私を見つめた。
「出会ってまだ半年で……、それでも私は君を少しは理解したと思う。本来ならもっと時間をかけるべきなのかもしれないが……」

   何をうだうだと言い訳のようなことを言っているのだろう。おまけに言葉が上手く繋がらない。上手く纏められない。

「つまり……纏めて言うと、私と……、結婚してほしい」
   言った――。
   言えた。
   ほっと安堵する。まだ返事も聞いていないのに――。

「……没落した旧領主家の人間でも構わないの?」
「身分など関係無い。そんな考えを持って、君と付き合っていた訳ではない」
   ユリアは微笑を浮かべた。嬉しい――と言って、指輪の箱をそっと手に取る。
「……ルディは誠実だけど、私と住む世界の違う人だから……。もしかしたら私は一時的な遊びなのかもしれないってずっと思ってたの」
「私は君をそのような眼で見ていたか……?」
   ユリアは首を横に振り、いいえと私を見て言った。
「ありがとう。ルディ……」
   うっすらと涙を浮かべて、私を見つめる。彼女の手をそっと握り、何度となく言ってきた言葉を告げる。愛している――と。
   ユリアはゆっくり頷いて、私もよと応えてくれた。そして――。
「結婚、お受けします」
   私が何よりも欲しがっていたその言葉を、ユリアは与えてくれた。





   その夜は、別邸には戻らず、街にある眺望の良いホテルで過ごした。彼女を抱くのはこれが初めてではないが、この夜はそれが初めてであるかのように感じられた。喜びに溢れ、新鮮で――。
   互いの温もりを感じあった後、ユリアの身体を抱き寄せる。ユリアは唇の端に口付けると微笑んで、私に身体を寄せてくる。
「来年の出来るだけ早い時期に挙式を……と考えているが、色々面倒なこともある。邸も新しく構えようと思っているが、仕事はどうする?」
「仕事は続けたいけど……、でも私、何よりも子供が欲しいの」
   ユリアは気恥ずかしそうに私を見て言った。
「貴方と私の子をね。暖かい家庭を築きたいの。でも医者も続けたい。……欲張りでしょう?」
   笑うユリアの頬に手を添えて、口付ける。柔らかな感触が甘くさえ感じられる。
「私もユリアとの子供が欲しいな」
   そう応えると、ユリアは嬉しそうな顔をした。


   子供――か。
   それまであまり現実的に考えたことがなかったが――。
   私の子か――。

   考えると不思議な気分になる。もしかしたら、もしかしたら――、来年か再来年にでも子供が授かったとしたら、私は父親ということになる。それはとても不思議な感じで――。
   悪くは無い――それどころか、嬉しい。


   翌日、ユリアを送っていき、そして別邸へと戻った。ミクラス夫人はにこにことこのうえなく機嫌が良かった。私が帰って来るなり、恋人とのクリスマスは如何でした――と興味津々の態で問う。おそらく、私がプロポーズしたのではないかと推測しているのだろう。
   まずはロイに話そうと思っていたが――。
「ユリアと結婚の約束をした。正式な婚約は年が明けてからと考えているよ」
「おめでとうございます、フェルディナント様」
   本当に良かった――と、ミクラス夫人はまるで自分のことのように喜んで、涙さえも浮かべていた。
「ロイに報告するまで、フリッツ達には黙っておいてくれ」
「解りました。でも本当におめでとうございます」
   その晩、ロイと連絡を取り、プロポーズをしたことを告げた。色好い返事を貰ったことを伝えると、ロイも祝福してくれた。


   結婚が現実味を帯びてくる。
   年が明けたら彼女の両親の許にも挨拶に行かなければならない。彼女両親は優しいが、御祖父は厳しいと言っていた。先天性虚弱のひ弱な男に任せられないと言われないだろうか――。


   そう言えば――。
   これまで考えたこともなかったが――。

   私の身体は子供を為せる身体なのだろうか。
   幼い頃から何度も高熱を出して、様々な薬を使ってきた。筋萎縮の病気にかかったこともあるし、心臓と肺も移植している。
   男としての機能には疑問を感じたことはなかったが――。


   いや、まさか――。
   トーレス医師からそのような忠告を受けたこともない。生殖に異常があると言われたことは一度も無い。
   心配することはない。大丈夫だ――。


[2010.9.18]
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