今回の会議では、各国の武器の保有数を確認し合い、条約に違反していないか確かめるものだった。
   戦闘目的で保有している小銃や地雷などがこれに当たる。拳銃や剣は規制の対象にはなっていない。国によっては民間での銃剣の所持が禁止されているところもある。帝国でも軍務省に所属する者以外、原則として所持は認められていない。
   しかし、製造元は国が把握していても密造や密売も横行しているから、拳銃や剣の数は把握しきれていないのが現状だった。また、帝国としても一斉に密造・密売の摘発が出来ないのは、そうした水面下での武器製造によって、万が一の事態――つまり他国からの侵略――に備えるという考えを持っているからでもある。

   確かに備えが必要だと言われればそうだが、他国に侵攻するには宣戦布告が必要となり、またその兆候というものが必ず現れる。兆候が現れた時に、外交で片付けることも可能なのだから、必要以上の戦闘力は必要無いと私は考えていた。そもそも拳銃や剣を増やしても、それを操作する人員がいなければ無用の物となる。
   既に帝国には軍人の数に足るだけの拳銃と剣がある。もしそうした武器を最大限に生かして戦争をするとなれば、民間から徴兵しなくてはならなくなる。そうした事態は何としても避けたいものだった。自分から志望して軍人になる者はまだしも、そうでない人々を戦闘に巻き込みたくない。そうした犠牲はやがて国にとって負の面をもたらす。


「ルディ?どうかしたのか?」
「いや……。戦争という事態をなるべく避けたいものだと考えていただけだ」
「まあ軍人はお飾りでいた方が、世の中は平穏だよな」
「お飾りという言葉は言いすぎだ。今のように国境警備や災害救助で活躍してほしいと考えている」
「軍人というのは名ばかりだ。実際、俺もその方が平穏で良いと思っている」
「そうかもしれんが……。亡き父上が聞いたら叱り飛ばされそうな言葉だな」
「俺らしいといって天国で笑っているだろうよ。元々俺は軍人志望ではなかったしな。ルディのように普通に高校に通って大学に行って、道を選びたかった」
「そういうお前が今や長官だ。世も末だと思うよ」
   そう告げるとロイは肩を少し引き上げて言った。
「別に今の立場に不満を持っている訳じゃないさ。功績は自分で手に入れたものだし、この仕事が自分には合っているのだろう。しかし偶に考えるんだ。軍人を選ばなければ俺は何をしていたかなと」
   私にとってロイは羨ましい存在だった。いつでも充分に父親の期待に応えることが出来る。私は父親の前では常に疎外感を味わっていたようなものだった。その証拠に、父は何も期待していなかった。
   だがロイにしてみれば、確かに軍人となる以外の道を選ぶことは出来なかった。ロートリンゲンという家名と父親の強い期待が、ロイを縛り付けた。
「誰とて考えることだ。私も機会があったからこそ今こうして宰相となっているが、もし前宰相が健在ならば外交官のままだろう」
「どうだろうな。少なくとも外務省の長官ぐらいにはなってそうだぞ、お前は。官吏の試験でも難関と言われている外交官の試験を、トップで通過したのだからな」
「試験の点数が良くても、あの頃は外務省も色々と内情があったからな。そう簡単にはいかなかっただろう」
   選ぶ道が違っていたらどうなっていたか――などと考えたところで、時間が戻ることはないのだから無意味なことだと思う。尤もそうと知りながら、考えずにいられないこともあるが――。



   ロイと他愛の無い話を交わして、そろそろ到着するかと思われた時だった。突然、がたんと機体が大きく揺れた。
「何だ……?」
   ロイは窓の外を見遣った。しかし先程から機体は雲に覆われていて何も見えない。すぐに副機長がやって来て、突然発生した嵐に巻き込まれた旨を告げた。惑星の衝突から、環境が激変し、予測不可能な嵐が発生することがある。まさか空の上でそうしたことに見舞われることになるとは思わなかった。
「目的地まであと僅かですが、安全のためこのまま着陸します。申し訳御座いません、宰相閣下」
「構わない。安全を最優先させてくれ」
   副機長が去っていく。機体はまだ大きく上下に揺れていた。シートベルトを装着していても、がくんと身体が大きく揺れ動く。
「大丈夫か?」
   気遣わしげにロイは此方を見て言った。このような状況下にあってロイは慌てることもなかった。私はといえば、あまりに揺れるものだから気分が悪くなりつつあるというのに。
「大丈夫だ」
「酔いそうなら、眼を閉じていた方が良いぞ」
「……お前は何とも無いのか」
「これぐらいの揺れは軍の訓練で慣れている。どうやら後ろの者達も騒いでいるようだな」
   ロイの言う通りだった。後方が騒がしく、機体の大きく揺れるたび、女性が悲鳴を挙げていた。ロイはシートベルトを外すと立ち上がった。
「ロイ?」
「少し様子を見て来る」
   ロイはまるで何事も無いかのように歩いて、扉の方に向かう。がくんがくんと二度大きな揺れが襲ってきたが、扉に掴まるだけでロイはよろめきもしない。
「……まったくあの体力を三分の一でも分けてほしいものだ……」
   身体の中身が入れ替わってしまうような揺れによる気持ち悪さに耐えながら、ロイに言われた通り、眼を閉じた。
   大丈夫だから落ち着け――と乗員を窘めるロイの声が聞こえて来た。こんな上官だからこそ、軍務省で好かれているのだろう。それにロイはたとえ士官学校に行かなかったとしても、結局は軍に入ることを選んでいたのではないかと思う。生来の軍人とでもいうべきか。そんな気質と才力がある。


[2009.9.4]