9.学校編【1】〜ルディの切望



「よくお似合いですよ、フェルディナント様」
   ネクタイをぴしりと締めて、真新しいブレザーを羽織る。鏡に映る自分の姿がまるで自分ではないように思えた。ミクラス夫人の褒め言葉に少し照れてしまう。母も私を見てにっこり微笑した。
   今日、高校の制服が届いた。黒いブレザーにスラックス、白いストライプのシャツ、黒を基調として灰色のストライプの入ったネクタイ、ブレザーとシャツの胸元にはグリューン高校の校章がつけられていた。

   生まれて初めて、制服を着た。
   何だか気恥ずかしい。

「アガタ、裾が少し長めだから直してもらえる?」
「ええ、解りました。内側に折って縫っておきますよ。フェルディナント様はちょうど伸び盛りの時期ですから、切ってしまわない方が良いでしょう」
「そうね。去年から随分伸びているし……。今はロイより少し高いんじゃない?」
「2pだけ。まだ伸びるかな?」
   先日、計測してもらった時に、私が178cmでロイが176cmだった。これまではロイの方が高かったから、私に追い越された――と、ロイは嘆いた。しかし多分、一過性のことでまたすぐにロイに抜かれるだろう。
「お父様が高いから、あと10cmぐらいは伸びるでしょう」
   確かに父上の身長は190cm近くある。子供の頃は見上げるのが大変だった。今でも見上げなければならないが――。
「でも……、本当に大きくなったわね」
   母上は眼を細めて私を見る。

   母上の身長を追い越したのは一昨年のことだった。その頃からぐんぐん背が伸びてきて、まだ止まっていない。
   それに――。
   成長と共に、身体が丈夫になってきた。母上はきっとそのことを喜んでいるのだろう。

「その姿、今日お父様がお帰りになったら、見せてさしあげなさいね」
   頷き応えると、母上はそれから、と付け加えて言った。
「体調が悪い時は無理をせず休むこと。そして必ず月に一度、病院で検診を受けること。お父様との約束をきちんと守るのよ」
「うん、解ってる。月末になったら、学校帰りに病院に寄って来るよ」
   高校の入学試験に合格してから、父上と約束をした。その二つの約束を破ったら、学校を辞めさせる――とも言われた。どちらとも無理難題ではない。私がきちんとその約束を守れば良いことだ。
   再来週から、私は学校に行く。子供の頃からの願いだった。
   それが漸く叶った――。



   ロイは学校に通えるのに私は通わせて貰えなかった。
   身体が良くなったら学校に行かせてくれる――と、両親は言った。だから、毎年、新学期が始まる時期になると、今年から通うことが出来るかもしれないとずっと胸を高鳴らせていた。
   ジュニアスクールに入学出来る年齢になってから、毎年毎年、両親に頼み込んだ。だが、許して貰えなかった。両親だけでなく、侍医のトーレス医師にも反対されていた。確かに私は寝込むことが多かったが、短い距離なら走ることも出来たから、許してもらえないのが納得出来なかった。
   5年前まではこの時期が近付くと学校に行きたいと頼み込んでいたが、4年前からは一切それを口に出来なくなった。

   4年前には絶望していた。
   学校に行くことは、無理だと自分でも解った。

   4年前――。
   私は突然、ある病気を発症し、自力で呼吸さえ出来ない状態にまで陥った。
   絶望の淵に立たされた。死が日に日に眼の前に迫ってくるようで、それが怖くて、逃げ出したくとも逃げられなくて――。
   病気による苦痛以上に、元気なロイが羨ましくて――。
   口惜しくて、妬ましくて――。
   今でもあの頃のことを、鮮明に思い出すことが出来る。


[2010.4.15]