「なあ、学校長と一緒に大将閣下が学校を見回っているらしいぞ」
   休憩時間となった時、廊下がやけに騒がしいと思ったら、誰かがそんなことを言った。軍務省の関係者が学校を視察に来たのか――、俺にもそして学生達にも直接には関係の無いことだろうに、皆は意気揚々と窓の外を眺める。
「誰だろう。階級章は確かに大将だよな。それに勲章も多い……。学校長より遙かに多いぞ」
「長官と同じぐらいじゃないか? 大物には違いないんだろうけど、一体……」
「あ、上級生も見送りに出るみたいだ。俺達も行くか?」
   ぞろぞろと皆が教室から出て行く。皆、熱心なことだった。教官から見送りに出るよう指示が出た訳でもないから、教室に残っていても問題は無いだろう。興味は無かった。

   そんな俺とは対称的に、外はざわめいていた。窓の外を何気なく見遣ると、教官までも居並んでいる。
   学生の頃から、こんなにも昇級のことを考えなくてはならないのだろうか。俺が間違っているのだろうか――。
   ぼんやりと窓の外を眺めていると、学校長の姿が見えた。その学校長の隣には――。

「え……?」
   あの後ろ姿は――。
   いや、まさか。でも――。

「ロートリンゲン大将だってさ。そうそう、二年に息子がいるだろう」
   外から声が聞こえてくる。間違いない。父上だ――。

   もしかして父上は改めて謝罪に来たのだろうか。何故――?
   俺は何も聞いていない――。


   慌てて外に出て、父の許に駆け寄る。シミュレーションの部屋の前に居た父は此方に気付いて振り返った。
   周囲の学生達がざわめていた。あれが息子だ――と。
「父上……。何故、学校に……」
   父上だって、やっぱり俺達とは違うよな――と声が聞こえてくる。こういう場では不適当だっただろうか――口を噤むと、父は此方に近付いてハインリヒ、といつもの調子で呼びかけた。

   良いよな、父親が将官なら昇級試験もお手の物だから。
   息子って確か首席入学したって噂だよな。あれもやっぱり父親が大将だからなのかな。
   頑張らずとももう出世へのレールは敷かれてるんだから良いよな。
   俺達とは何から何まで違うよ――。

   そうした言葉ばかりではないだろうに、その言葉ばかりが耳につく。父の耳にもそれは聞こえているだろうに、父は鷹揚に構えていた。
「カルナップ大将に話があってな。校舎が懐かしくて少し見学させてもらった」
「そう……。じゃあまだこっちに?」
「いや、これから戻って出勤だ」
   少しがっかりしてしまった。このまま父と共に家に戻りたい――と思ってしまう。
「ハインリヒ。胸を張りなさい」
「え?」
「お前はお前だ。私はいつもそう言っているだろう」
   父は微笑んで言って、俺の背を叩いた。
   胸を張れ――。
   ……気にするなということだろう。
「はい」
「では教室に戻りなさい。もうじきベルが鳴る頃だろう?」
   頷いて、父に応え、学校長のカルナップ大将に一礼してから、その場を去る。少しだけ父に元気を貰ったような気がした。

   俺は俺――。
   解っていても、つい忘れてしまうことだった。
   廊下を歩いていたところへ、ベルが鳴る。学生達はまだ廊下に出て騒いでいたが、俺は一人教室に戻った。
   俺はこれで良い――。

   俺には俺のやり方がある。きっとそれで良い。


[2010.3.26]