視界にふとフェルディナントとハインリヒの姿が映る。本を読んでいるフェルディナントにハインリヒが語りかけている。天気が良いから庭に出ているようだった。

「アントン中将、息子達を紹介します。少々、お待ち下さい」
   扉を開け、フリッツを呼んで二人を部屋に連れて来るよう告げる。一礼してフリッツは外へと出て行った。
「以前、此方にお邪魔した時にはまだお二人とも小さい砌でしたが、もう随分大きくなられたでしょう」
「フェルディナントは17歳、ハインリヒは16歳になりました。フェルディナントはグリューン高校に、ハインリヒは士官学校に通わせています」
「16歳……。では幼年コースに?」
「ええ。実はそのことでご相談したかったのです」
   その時、扉を叩いてフェルディナントとハインリヒが姿を現した。アントン中将を紹介し、挨拶をするように告げる。アントン中将は表情を緩ませて、これは立派に成長された――と言った。

   アントン中将が前にロートリンゲン家を訪れたのはフェルディナントが9歳、ハインリヒが8歳の頃で、確かあの時はハインリヒがジュニアスクールに行っている時だった。
   挨拶だけさせて二人を下がらせると、御長男は身体が良くなったのですな――と中将は言った。以前、アントン中将が来訪した時にフェルディナントには挨拶をさせておいたから、フェルディナントのことを憶えていたのだろう。

「今もよく風邪をひいては学校を休んでいますが、幼い頃と比べれば格段に良くなりました」
「それは幸いでした。……しかし、御次男が幼年コースに入学なさっていたとは……。16歳というと二年目ですか」
「ええ。そのハインリヒが、恥ずかしながら、このたび士官学校で問題を起こしてしまいまして……。上級生と喧嘩をして怪我をさせてしまったのです。今は休暇期間ですが、一週間の自宅謹慎中でもあります」
「上級生と喧嘩ですか。元気が良くて結構なことだ」
   アントン中将はくすりと笑う。笑い事ではないのですよ――と告げると、彼は失礼と言いながら、笑みを収めた。

「上級生と喧嘩をしたということを問い詰めて話を聞きましたが、何となく要領が掴めずにいたところ、兄のフェルディナントが私の許にやって来まして……」
   フェルディナントから聞いた話をアントン中将に話すと、アントン中将は渋面をして考え込んだ。

「士官学校は軍の縮図でもありますから。……それに幼年コースとなると親の期待のかかった子供も多い。私も本務の傍ら、戦術の講義を受け持っておりますが、昨今では子供の親が挨拶に来る始末です」
「……まさか、昇級を頼みに?」
「昇級もありますが、配属先を良いところにしてほしい、と。賄賂も日常的に横行しています。先日、私の所にやって来た学生とその親が金を渡そうとしたので、断ったところです。悲しいことに、一年に一度二度はそういうことがありますよ」
「そんなことが……。軍のなかでもそうした話は聞きますが、まさか士官学校でもそうだとは……」
「ええ。親達にも困ったものですが、私が何よりも憤りを感じるのはそれを許してしまっている教官達に対してです。御子息に事前にテスト内容を教えたその教官も、教官として恥ずべき行為を行っている。幼年コースの数学教官でしたな。それでしたら調べはつきますし、それに……、私も見当が付きます」
「中将は幼年コースにも戦術を?」
「いや、幼年コースの戦術は別の教官が担当していますが、以前、幼年コースの数学担当教官が私の許に来て、昇級したいと言っていたことがあるのですよ」
「……まさか同一人物と……」
「まだ解りませんが、その可能性は充分に高いかと。彼以外にも昇級の推薦をしてほしいと言い寄ってきた教官が何人もいます。カルナップ大将にも教官と学生の質が落ちていると進言したことがあるのですが、カルナップ大将は変化を望まない方だからなかなか難しいこともあります」
「私の時代とは随分変わってしまったようですな」
「同じ制度が長く続くと、間隙を狙って得をしようとする者が必ず出て来ます。士官学校も同じですよ」
「私自身、軍に所属している身ですから、子供のことでは出来るだけ表に出たくはなかったのですが……。アントン中将が進言しても改善されないのなら、カルナップ大将と少し話をする必要がありそうですな」
「そうして下さると私も助かります」

   その後もアントン中将と談話し、夕食も共にした。話は多岐に亘り、尽きなかった。アントン中将は、フェルディナントやハインリヒにも興味を持ったようだった。
「お二人とも行く末が楽しみだ」
   そう言って、眼を細めて二人を眺めていた。


[2010.3.24]