「フェルディナント。怪我は無いか」
   邸に侵入した暴漢を全て取り押さえてから、フェルディナントに問い掛けた。フェルディナントは頷いて、大丈夫です、と応える。
「父上こそ御怪我は」
「掠り傷ひとつ負っておらん。……ああ、漸く警官が来たな」

   轟くような爆破音が聞こえたと思ったら、塀が壊されていた。ユリアとリビングルームで寛いでいた時のことで、すぐにユリアを避難させ、部屋に置いてあった二本の剣のうち、一本を取り、窓を開けた。
   その時、二階に居たフェルディナントが降りて来た。
『父上』
『お前はユリアと共に地下へ避難しろ』
   外へ出ようとしたところへ、銃弾が数発降り注ぐ。身を伏せて、鞘から剣を抜いたその時、フェルディナントが外へ飛び出してきた。
『フェルディナント!』
『前方の7人を倒します。残り4人をお願いします』
   言うが早いか、フェルディナントは剣を抜いて、男達に飛びかかる。拳銃を薙ぎ払い、弾丸を巧みに避けながら一人一人を倒していく。
   見事な戦いぶりだった。
   フェルディナントに襲いかかろうとする一人を斬りつけ、残り三人を相手に立ち回っている間に、フェルディナントは7人を完全に制圧する。

   惜しいものだった。これだけの腕を持つ者はそうそうに居ない。身体さえ丈夫ならば――いつも思うその言葉を、また今日も思わずにいられない。

「くそ……っ。出掛けたのは兄の方だったのか」
   警官に捕縛されていた一人が此方を睨み付けて言った。どういうことかと判じかねたが、どうやらフェルディナントとハインリヒを間違えているらしい。それを聞きつけた警官が無礼な、と男をきつく締め上げる。
「ロイに連絡をいれます。もしかしたらロイの方にも……」
   フェルディナントはポケットから携帯電話を取り出し、ハインリヒに連絡をいれた。しかし連絡がつかないようだった。フェルディナントは心配そうな顔をして、外を見回ってくる旨を告げる。その時、警官の一人がやって来て、私とフェルディナントの前で敬礼した。

「元帥閣下、そして大佐。到着が遅れまして申し訳御座いません」
   大佐?それはハインリヒへの敬称ではないか。
   ああ、そうか――。
   暴漢達を取り押さえたから、警官達もフェルディナントが軍に所属するハインリヒだと間違えているのか。
「軍に所属しているのは弟の方だ。弟は今、留守にしている」
「で……では、兄君……の方でらっしゃいますか?」
   警官は意味が解らぬといった風で、フェルディナントを見つめた。私はフェルディナント・ルディ・ロートリンゲンだ、とフェルディナントは彼に向かって言った。
「フェルディナントは外交官だ。軍とは関係無い」
「そ、そうでありましたか。失礼致しました」
   私が言い添えると、警官は再度敬礼して非礼を詫びる。フェルディナントが状況を説明し終えた時、フェルディナントの携帯電話が鳴った。ハインリヒからか。
「ロイ。無事か」
   フェルディナントは電話をしながらほっとしたような表情を浮かべた。すぐに電話を切って、私に向き直る。
「邸を出てからずっと後をつけられていたそうです。襲われたようですが、捕縛したと」
「そうか。無事なら良い」
   10分と経たず、ハインリヒが邸に戻ってくる。ハインリヒは5人の男に襲われたのだと言った。

「やれやれ……。何年かに一度はこういうことがあるな」
   先に部屋に入っているぞ――二人にそう告げて、剣を鞘に収めて部屋へと向かう。リビングルームではユリアが待っていた。
「もう若くは無いからあれだけ動くと身体に堪える」
   苦笑して告げると、ユリアは笑みを浮かべて言った。
「ルディの勇姿は若い頃の貴方にそっくりです」
「……まさか避難せずに見ていたのか?」
「はい。ずっと此方に」
「こういう事態には避難するよう常に言っているではないか」
   ユリアはすみません、と肩を少し持ち上げた。
「ルディが外に飛び出していったので気になって……。でも私が心配する必要も無かったようですね」
「惜しいが、仕方が無い。……いや、私は諦めがついていないのだろうな。フェルディナントを見ると惜しい惜しいと思ってしまう」
   フェルディナントとハインリヒはまだ外で何やら話していた。この二人が揃えば、この家を守ることぐらい容易いようにも思える。それほど心強い。

   私も年を取る筈だ。あの二人があんなにも成長していたのだから――。

   ソファに腰を下ろすと、ユリアも隣に腰を下ろした。ユリアは眩しげな眼差しで、外で話をする二人の姿を見つめていた。

【End】


[2010.3.12]