暗殺未遂事件簿〜フランツ回想



   終わった――。
   敷地内に入り込んだ賊が全員倒れたのを見届けて、窓辺に腰を下ろす。窓枠に背を預けていなければ、身体を起こし続けていられない。
   銃弾を三発浴びた。失態だ。動くのが遅かった。思い返してみれば、反省点が多い――。

「フリッツ、すぐに医師を!それから何か布を!」
   パトリックがフリッツに呼び掛けながら、ソファにかけてあった薄掛を引っ張ってきて肩の傷口に押し当てる。傷口を押さえられると苦しくて、顔を歪めた。
「すぐに医師が参ります。どうか横になって下さい」
   パトリックに支えられながら、ゆっくりと身体を倒す。ほんの少し動いただけなのに、肩と足が痛みを発した。
「……パトリック。軍本部に連絡を取って伝えてくれ。あれは……、国家転覆を企てた過激派の一派だ」
   声を発するたび、脈打つような痛みを感じる。だが痛みを感じるということは、生きているという証拠だ。
「フランツ……!」
   ユリアの声が聞こえた。顔を動かしたいが、動かせない。目線だけ動かすと、駆け寄るユリアの姿が見えた。
「……私は大丈夫だ。心配するな」
   フリッツがいつのまにか私の側にやって来て、パトリックの代わりにタオルで傷口を押さえる。一方、パトリックは弾の通過した足の傷を強く押さえていた。
「怪我は無いな……。良かった……」
   ユリアは頭の傷にタオルを押し当ててから、フリッツと共に肩の傷口を押さえた。ハインリヒもフェルディナントも無事です――とユリアは泣きそうな声で言った。
「何故……、何故、避難しなかったのですか……!貴方だって逃げられた筈です……!」
「家のなかに逃げたら追って来る……。家の中まで侵入されたら、どんな手段を使われるか解らん……っ」
   ずくんずくんと傷が痛んで歯を食い縛って耐える。少し痛みが治まってから、ゆっくりと息を吸い込むと、何かに咽せて咳き込んだ。生温かいものが喉元にこみ上げてきて、堪らずそれを吐き出す。
「フランツ……!」
   ユリアが動揺した声をあげる。血だった。血を吐いたということは、肺を傷付けているのだろう。
「ユリア、大丈夫だ」
「そのような状態で何が大丈夫ですか!」
「これだけ意識もある。お前の美しい顔もはっきり見えるからな」
   そう応えると、ユリアは怒った顔でそんなことを言っている場合ではないでしょう、と怒鳴った。普段は穏やかなユリアが、こんなに怒ることも珍しい。本当に大丈夫だ――と笑って応えていたところ、医師がやって来た。

   一発の銃弾は、手榴弾の爆発によって傷付けられた右肩に入り込んでいた。それが肺を傷付けているようだと医師は言った。頭の傷は出血が多いが掠り傷のようなもので、銃弾が掠めて通っていっただけだった。右足は弾丸が貫通し、右肩と同様、夥しい血を流していた。

   その場で止血の応急処置を受け、病院へ直行した。その間、ユリアは怒り出しそうな、泣き出すような表情で、確りと私の手を握っていた。大丈夫だ――と私は何度ユリアに告げただろう。弾丸を取り出す手術を受け、当分の間は絶対安静を告げられたが、出血多量だ重傷だと周囲が騒ぐ割には、私は平然としていた。



「閣下のご指摘通りでした。あの後すぐに彼等のアジトに突入したら、宮殿への爆破計画を示唆するメモが見つかりまして……」
   手術を受けた当日だけ入院し、翌日には邸に戻ってきて、身体を休めていた。見舞いに来た少将の報告によれば、この家を襲った一団は明日、宮殿も襲うつもりだったらしい。派を同じくする他の一団がいるかもしれないと思い、すぐに軍本部に連絡を取ったのは幸いだった。首謀者は捕らえられ、別の実行部隊も全て逮捕されるに至った。
「そうか……。大事に至らず幸いだった」
「陛下も長官もご心配なさってらっしゃいました。……私もまさか閣下が大怪我を負われたとは思わず……」
「何、来週には復職する。また改めて報告に伺うつもりだが、陛下と長官にはご心配をおかけしましたと伝えてくれ」
「伝言は確りと承ります。ですが、どうかごゆっくり休んで下さい。此方の御屋敷にも暫く軍を配備して警備させますので」
「……そうだな。済まないが、警備は頼む。まあそう立て続けに襲ってくることはあるまいが……。万一の事態が生じても、この身体では満足に動けない」
   まだベッドから動けない状態だった。不便でならないが、少しでも早く傷を塞がなければならないから、医師の指示通り、暫くは安静に努めることにした。
「手榴弾については何か報告はあがったか?何処から仕入れたものか解ったか?」
「まだ断定は出来ませんが、手製ではないかとの推測が立っております。……その場に御子様もいらっしゃったと伺いました。ショックを受けられたことでしょう」
   少将は気遣わしげに言った。私はそれを一笑に付した。

「立ち直れないほどのショックを受けたとしたら、私が性根を叩き直すまでだ。このロートリンゲン家に生まれた以上、危険と隣り合わせとなることはいつも言い聞かせている」
「閣下……」
「ショックどころか、二人ともけろりとしている。今頃二階で遊んでいるのではないか」

   ロートリンゲン家に生まれるとはそういうことだと、私自身、父から言い聞かされ育ってきた。自分の身は自分で守れ――という家訓のもと、幼い頃から武術を教え込まれ、鍛えられた。私自身、護衛が居ても、誘拐されかけたこともある。
   人より恵まれている分、仕方が無い。自分の運命のようなものだ――私はそう考えていた。フェルディナントやハインリヒも、この家に生を受けた以上、そうした意識を持ってもらわなくては困る。



「フランツ。傷の具合はどう?」
   少将が帰って暫くするとユリアがやって来た。ベッド脇に歩み寄って、心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だ。立ち上がろうと思えば、今でも立ち上がれる」
「馬鹿なことを言わないで下さいな。あのときもどれだけ心配したか……」
「お前達を危険に晒す訳にはいかなかったのでな。フェルディナントとハインリヒは?」
「二階で暢気に遊んでいます。ロイは外に出ようとするものだから、止めたところよ」
   立派にロートリンゲンの血を引いているではないか――。
   そう考えると面白くて笑ってしまった。しかし、笑うと右肩の傷が痛む。
「親子揃って困ったものです」
   私の身体を横にさせながら、ユリアは憤慨していた。しかし、将来ロートリンゲンを担う立場であることを考えれば、それぐらいの元気があって良いのだろうと私は思う。


[2010.3.11]